伝承 災厄の王子様

 昔、昔。

 永久に栄えていくことを誰もが疑わなかった、素晴らしい国がありました。

 ある時国に、黒い髪、黒い目の美しい王子様が生まれました。


 ところがいかなる神様の悪戯でしょう。

 王子様の顔には、生まれつき醜い痣がありました。


 国には以前、王様に下された予言がありました。

 やがてあなたには見るもおぞましい徴を持つ王子が生まれ、その子は国の滅亡を招く、というものでした。


 高名な占い師とやらの言葉に王様は大層お怒りになり、その時は追い払ってしまって相手にしませんでした。

 けれどいざ予言の通りの子が生まれてくると、彼自身も、そして周囲も、下らないと一蹴できなくなってしまいました。

 王様は痣を持つ王子様を殺そうとしました。自分と妻がいれば、また子どもを作ることができるのですから。

 お妃様の考えは違いました。とんでもないことだと反対しました。どうか自分の命に変えてでもどうかこの子を助けて下さいと、王様にお願いをしました。


 王様は困りました。お妃様のことは愛していましたから、王子様を殺して恨まれたくはありません。予言の内容も、王様の一人目の王子様の顔に痣があることも、国中の人達が知っていました。そのままにしておくわけにもいきません。

 王様はお妃様を離縁し、王子様と一緒にお城から追い出しました。

 そして新しいお妃様を迎え、間もなく生まれた二人目の王子様を跡継ぎにすることにしました。

 今度の王子様には痣がなかったので、国中の人が祝福し、王様も一安心した気分でした。


 時は過ぎ、国は穏やかに繁栄し、痣のない王子様はすくすくと育っていきました。

 彼はとてもよい王子様でしたが、気になるのは王様とお妃様の不仲。

 二人はいつも不機嫌そうな顔をしていて、できる限り一緒にいようとしません。

 父上と母上は何がご不満なのだろう? 王子様は心を痛めておりました。

 言われた通りに励めばお褒めの言葉はいただけますが、二人ともほとんど笑っている所を見なかったので。


 ある日彼は、王様がお妃様を怒鳴りつけている声を聞きました。

 ――第一王子に痣さえなければ、お前を娶る必要なぞなかったものを!

 とてもショックな出来事でしたが、彼は王様に以前別のお妃様がいたことを、そして自分にお兄様がいたことを知りました。


 そこでこっそり調べて、その人がまだ生きていることを知りました。

 更に後を追いかけて、その人がどういう人生を送ってきたか、今どうしているのかまで調べ尽くしました。


 捨てられた王子様は努力の末に騎士となり、ささやかで慎ましい生活の中、人々に感謝されて生きていました。

 彼が仮面の下に醜い痣を持っていようと、人々は彼に笑いかけ、彼もまた人々に笑顔を絶やしませんでした。


 ――弟の心には。

 兄のことを知れば知るほど、深く、大きく、憎悪の炎が燃え上がりました。


 自分の方が恵まれていて、正しくて、次の王様になるべき人間で、そう育てられてきたのに――ああそれなのに、どうして自分の方が惨めで、彼の方が満たされているように見えるのでしょう?

 醜い痣を持つ災厄の子のくせに。許しがたいことではありませんか。


 間もなく王様が、継いでお妃様が病に倒れ、数日高熱を出してから呆気なく亡くなってしまいました。

 冠を継いだ王子様は――新しい王様は、父の果たせなかった仕事にまず取りかかりました。


 そう。元はと言えば、国を滅ぼす徴を持つと告げられた男を、廃嫡したとは言え、ここまでのうのうと生き延びたことが間違っていたのです。

 だから、古い王様とお妃様も病に倒れるし、国のあちこちで飢饉が発生するし、乱が起こって落ち着かないのです。

 全部全部、あの男が。幸せに生きている。それが悪い。


 新たな王様は、兄の持ち物を全て奪い、あるいは自分のものにしました。苦しめて、後悔させて、彼自身の口からどうしても、彼が存在から間違っていることを認めさせたかったのです。

 それなのに、痣を持つあの男の顔は平らかに静かで、鏡に映る自分の顔は歪んでいく一方。なぜでしょう?


 わずかばかりの財産を没収し。

 苦労して手に入れた地位を剥奪し。

 ささやかに大切にされていた名を貶め。

 母親を、世話をしていた人間を、彼に関わっていた親しい者達をことごとく探し出して殺し。

 恋人を犯して孕ませても。

 許しがたい罪人は、自らが厄災の象徴であることを認めませんでした。


 ――自分にはそんな大層な力はない。ただ、少し姿が見苦しいだけの、一人の人間だ。


 痣を持つ彼はただ、ほんのわずかに口の端を下げ、眉を寄せ、黒い、黒い、どこまでも深い色の目でじっと王様を見つめて繰り返しそう言うのです。

 どうしてこんなことをするのかわからない、という困惑の色を、隠しもせずに。


 とうとう王様は我慢ならなくなり、彼を処刑することに決めました。

 本人が認めなくても周りは皆もう厄災の元が誰であるか、疑いもしません。


 国には無限の宝が眠る、けれど恐ろしい魔物達の住む、深い穴がありました。

 王様は罪人を、そこに身一つで送り出すことにしました。

 穴の中には残酷で慈悲深い、女神様がいらっしゃるという話でした。

 これほどの罪人なのですもの、きっと彼女が素晴らしい天罰を下すに違いない。そのように考えました。


 罪人の最期は呆気ないものでした。

 よろよろと彼が穴の中に歩き出すと、すぐに一匹の竜が飛んできて、深い穴蔵の底に攫っていきました。

 鋭い爪に掴まれる瞬間、まるで彼が安堵するかのような微笑を浮かべた気がしました。

 王様は忌々しく思いつつも、ようやく憂いが断たれたのだ、と息を漏らし、両手で顔を覆おうとして――そこで凍り付きました。


 なぜなら自らの両掌に、いつの間にかくっきりと、まるでべっとりと人の血が染みついたかのような、醜い痣が浮かんでおりましたので。



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