竜騎士 迷宮行く(理由ができた)
強引に会話に加わってこようとしている人物は、サフィーリアとはまた別の意味で会場で目立っていた。悪い意味で浮いているのだ。
この会場の女性達は皆、胸部の膨らみと腰のくびれを強調するような華やかなドレスに身を包んでいる。デュランや侯爵、王国からの使者を含めた男性達は、通常手首までをしっかりとカバーした裾の長い上着にベスト、それからズボンを着用している。
一方、男はどちらの服装でも本来露出しないはずの腹部をさらけ出していた。胸部を覆う布の面積も極端に小さく、腰周りを覆う布は膝上までの丈で、提げられている幾多の装飾品が身じろぎするとじゃらじゃらと音を立てる。
身体を覆う基本の服がそのように涼しげな格好をしているわりに、肩と腕周り、足下を金属製のようなごつい装飾が覆う。
しかし服装よりもなおこの場で浮いているのは、本人の身体的特徴だ。埃でも被ったかのようなぼさぼさで灰色の頭の上では二つの耳が揺れ、腰巻きから飛び出している尻尾は時々揺れて存在を主張している。瞳の色は金――デュランと同じ色なのに随分印象が違って見えるのは、瞳孔が竜のように鋭く縦に細長いせいかもしれない。
未来のファフニルカ侯爵は、十九年間鍛えてきた社交用の微笑みを貼り付けて場をかき乱す問題児に向き直った。
「……ワズーリ殿。来ていたのですか」
「やだもー、デュランちゃんったら堅苦しい。ザシャでいいって、僕たちの仲だろぉ、な?」
ゆらゆら身体を揺らしながらニパっと笑うと鋭い犬歯が光る。向こうはせいぜい愛想良くしているつもりなのだろうが、威嚇にも見えるのだから不思議なものだ。
ザシャ=アグリパ=ワズーリ。
端的に言うなら冒険者であり、迷宮に潜ることを生業としているような人種だ。
さらに付け加えるなら見た目の通りギルディア出身の亜人である。頭部と尻尾の形状が明らかに人間と異なるから見分けやすい。
闖入者の邪魔を受け、苦笑いを浮かべつつ無難な挨拶を口にしようとしたデュランより先にサフィーリアが動いた。
「……そう? わかりました。デュラン様、お名残惜しいですがこちらで失礼させていただきます。また今度、ゆっくりお話しさせてくださいませ」
彼女のお付きであろう人間が寄ってきて何事か耳打ちしたのをきっかけに、デュランに礼をし微笑んで立ち去る。ザシャの方には挨拶どころか目もよこさない。周囲の人間達もさりげなく、あるいは露骨に移動を始め、ザシャから距離を取る。
サフィーリア本人の不機嫌を察知して素早く彼女の取り巻きが気を利かせたのか、それとも使者辺りが配下に耳打ちしたのかはともかく、王国の人間達は粗野で無礼な亜人とお話しなんてしたくもないらしい。いざこざを起こされて面倒になるぐらいならと思うべきか、明らかにロックオンされている我が身の不幸を嘆くべきか。
「おっと、高貴な御方はその辺の馬の骨とはお話しできませんってか。お高いねえ、慢心だねえ、かわいいねえ」
亜人はヒュウッとはやすように口笛を吹き、ニヤニヤと後ろ姿を見送る。特にそれ以上絡みに行こうとする様子は見せない。デュランの方は、一緒にサフィーリアを見送りつつついでにこっそり侯爵夫妻の方をうかがい見ている。
……父は息子が堪えた「うわあ」の形に口を開き、母は完全に感情を殺した顔になっている。「なるほど任された、特に助けは来ないな!」と騎士は腹をくくることにした。
ザシャの方に改めて顔を向けると、あちらも同じようなタイミングでこちらに向き直ったらしく、偶然だがしっかりと目が合ってしまう。先に目をそらすのもなんだか相手に負けるような気がして、デュランはぐっと堪えた。じろじろデュランの顔を覗き込んでいた亜人は、少しするとまた犬歯をむき出して見せる。
「なんでお前がここにいるんだって顔してるねえ。やだなあ侯爵子息閣下、優れた冒険者の特権を忘れたのかい? あと一応ではあるけど、僕だってギルディア最大の部族出身で、しかも部族長の三男坊なんだよ。お血筋とやらでも結構いい線行ってるんじゃないの? あ、それとも妾腹はお貴族様の世界ではノーカンだったっけ? まあ別にどっちでもいいけどさぁ、あははは!」
大げさなほどの下品な笑い声を立てている男を前に、そうなんだよなあ、とデュランはこっそり心中でため息を吐く。
この素行不良男は、会場の人間達が眉をひそめつつ、ギリギリ叩き出すことができないような肩書き持ちだから始末に負えないのだ。
迷宮領はその名の通り迷宮のために存在し、そして迷宮によって存在している場所だ。迷宮から貴重な宝器や資源をたくさん見つけてくる、迷宮の魔物を撃退できる、迷宮の深部まで潜っていって内部の様子に詳しい……そんな冒険者達の功績は相応に評価される。
――例えば本来身分の高い人間しか入れない場所に堂々と入れる権利を得る、だとか。
大抵の冒険者は複数でチームを組んで迷宮に潜る事を基本とするが、中には一人で探索のできる規格外も存在する。
デュランがそうだ。ザシャもその部類の人間。さらに補足するなら鎧一つしか持たないデュランと違い、ザシャは高位の宝器を複数所持している。涼しげな基本の服装の上に仰々しく乗っている腕と脚の装備は両方とも宝器だった。
性格には大いに難があるが、間違いなくたぐいまれな冒険者であり、なおかつ場合によってはギルディア最大の部族の長となる可能性のある男――好き勝手にできる実力と立場がザシャにはあり、最大限悪用しているというわけだ。
「んで、そんなことはどうでもいーのよ。僕はあんたからさ、念願とっておきの逆鱗ちゃんの話がいーっぱい、聞きたいわけ。シュナちゃん、って言うんでしょ? そんなもったいぶって隠してないでさあ、もっと色々教えてくださいよぉ。綺麗な空色の鱗とか、くりくりのお目々とか、ちっちゃい身体とかさあ? ねえほら、すっごくすっごくかわいいんでしょ? 自慢しちゃってもいいんだよ、ほらほら」
デュランの顔にさっとよぎった厳しい表情をめざとく見つけたのか、ザシャはより一層笑みを深くした。微笑めば微笑むほど、この亜人の顔は凶悪になる。
(俺以外にそこまで詳しくシュナの様子を知っているのは、二人だけのはず……リーデレットは逆鱗の竜騎士だ、ワズーリに勝るとまでは行かずともけして劣らないし、そう簡単には屈しない。となると……ラングリースめ。あっさり保身に走ったか、無理矢理吐かされたかはともかく……)
全くあいつめ、と思いつつ、一介の冒険者がザシャに執拗に絡まれたら抵抗なんてあってないようなものだろうという現実も理解できる。
「やだねー、それ、勝者の余裕って奴? 意味深に笑っちゃって、もー、いやらしーなー」
(お前が言うか、それを)
特に答えようとせず、微笑みを盾にそのまま立っているデュランに、ザシャは不満そうな声を上げた。
それにしてもわざわざ外部の人間達の大勢いるこの場にやってきて大声で言うなんて……この男の事だ、どうせデュランへの嫌がらせを兼ねているのだろう。現に、騎士が嫌そうな顔をしたのを、これ以上楽しいことはないとばかりに、実に嬉しそうに見守っているではないか。
「悲しいなあ。いつまでも竜にフラれ続ける者同士、親近感あったのに。あっさり一抜けるなんて、裏切りだよねえ。これは僕も本腰入れて探そうかな、僕専用の乗り物ちゃん」
「……逆鱗はそう簡単に手に入るものではありません。最終的には、竜が決めることです。それに乗り物扱いするようでは、彼らに嫌われる」
さすがに元筆頭竜騎士が言うと、ザシャは肩をすくめて金色の目をすっと細めた。
「そうなんだよねえ。僕、嫌われ者だから。人にも、竜にも。あーあー、でもうらやましいなあ、妬ましいなあ。かわいい竜、僕もほしい。首にさ、輪っかつけてさ、お留守番中は杭に繋いでおくんだ。ああ、それとも翼を杭で打とうか。ほら、それならさ、嫌でも逃げられないでしょ? ははは、きっと、びくびくって身体が跳ねて、助けを呼ぶんだよ。ピイイ、ピイイって。それで駆けつけたお仲間の竜達とやり合うのも、すごく楽しそうだなあ……」
後半はデュランにだけ聞こえるような囁き声だ。もはや眉を寄せて睨みつけている竜騎士の様子をじっと見つめ、ザシャは左右に身体を揺らしていびつな笑い声を立てる。場にピリピリとした緊張が走り、自然とデュランはドラグノスの格をしまい込んでいる腰に手を伸ばす――。
と、その時、どこからか大きな音が響いてきた。
それをきっかけに、会場の静寂がざわめきに変わる。
「雷?」
「まあ、怖い……」
どうやらいつの間にか、外の天候が著しく荒れ出したらしい。
(昼は晴れていたのに、急に悪化したな。外に帰る人達はちょっと気の毒だな――ワズーリ以外。こいつは風邪でも引けばいい)
「さて、皆様。夜も更けて参りました。今夜はこのぐらいでお開きにしましょう」
見計らったように侯爵が声を上げると、あっさりと貴族達は引いていく。誰かさんのおかげで場がやや白けていたせいもあるだろう。
ふん、と鼻を鳴らしたデュランの前で、ザシャがまた口笛を吹く。
「おやおや。ま、仕方ないか。じゃあね、またお話聞かせてよ、デュランちゃん」
ザシャもすっと身を引いたかと思うと、ヒラヒラ手を振ってあっさり踵を返す。
嵐のおかげなのか、それとも彼なりの目的が果たされたから満足したのか。
(……何にしろ、厄介な相手に目をつけられた。ワズーリはただの考えなしじゃない。俺と争うような事態になったら、迷宮領から追い出されるのは自分の方だと理解はしているはず。だから今までだって一線は越えなかった。それでも、何をしでかすかわからない。シュナとは絶対に会わせないようにしないと。特徴を伝えて、見つけたら隠れているように言っておかなきゃ。リーデレットとネドヴィクスにも協力してもらって……ああ、シュナに会いたい! このいかんともしがたいモヤモヤを癒やされたい!)
なんてことを忙しく頭で考えつつ、客人達に愛想良く別れの挨拶をして少し侯爵夫妻とも話して、ようやく自由の身になったのは結局一日も終わりかけの深夜だった。
フラフラの足取りで自室に戻り、外行き用の服と靴を脱ぎ捨て、どさっとベッドに倒れ込む。
(なんか、すごく疲れた……)
もう少し寝る前にやることがあるはずなのだが、どっと重たい身体が沈み込んでいくのと一緒に意識も手放したくなる。
(こうなったら気合いでシュナに夢に出てきてもらうしかない……そうすれば多少実物に会えなくても我慢できる気が……いや逆にもっと辛くなるかな、どうだろう……シュナ……)
うとうとしながら滅茶苦茶なことを考え、そのまま眠りにつく。
はず、だったのだが。
「――っ!?」
微睡みと眠りの間で漂うに任せていたデュランは、弾かれるように飛び起き、思わず両耳を押さえた。
頭の奥、深い場所に痛みが走って思わず声を漏らす。ぎゅっと閉じた瞼の裏に、迷宮内部の待合所の場所が――そこに湧き出る影の手の群れが映り込んだ。
《デュラン、デュラン!》
胸に提げた笛が震え、そこから絶叫を放っている――。脳裏に浮かんでいた映像が消えるのと同時に頭の中の痛みも消える。騎士は瞬時に動いた。一瞬で身体を覆う鎧を持っていて良かった、と強く思う。部屋着同然の姿でも、鎧で包んでしまえば着替える時間を短縮して外に出て行くことができるからだ。
夜の当番だったのだろう使用人が、尋常でない物音を聞いて廊下に顔を出し、風のように横切っていった主人に驚いた表情になる。
「若様、一体――!?」
「シュナが呼んでる!」
怒鳴るように簡潔に答え、騎士は全力で駆け抜けた。
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