竜姫 議論する

「さて。君をこのままにもしておけないし、待機所まで送っていこう。エスケーパーを使ってもいいけど、今日はシュナがいるからね」


 竜騎士の言葉に、二人分の声が上がった。


「え? そんな、まさか……」

《乗せてもいいの?》


 ニルヴァは恐縮し、シュナは純粋な疑問で首を傾げる。

 何しろ前に、「俺以外の人間は乗せては駄目だからね」なんて言われた記憶がある。

 デュランはああ、と自分も過去の発言を思い出したような感じになってから、柔らかな笑顔を作った。


《いいよ。ポーションで治療したとは言えニルヴァは怪我人だし、女の子だから》

《怪我人はともかく、女の子だとどうして乗せていいの?》

《えっ?》

《男の人は駄目で、女の子ならいいの?》


 前に乗せようかと提案して拒絶されたのは、ジャグ=ラングリース――今デュランが乗せて良いと言っているニルヴァの父親だったはずだ。一体何が違うのか、と彼女の疑問は尽きない。

 竜騎士は虚を突かれたように素っ頓狂な声を上げてから、大きく目を泳がせつつ、しどろもどろに答えようとする。


《……いや、だって、別にほら、女の子なら危険がないし……》

《危険? 何が危険なの?》

《えー、あー……こう、アレが嫌だと言うか……》

《アレって何?》

《……そうだ! 重さでシュナが潰れちゃうといけないから。男は重たいからね! 健康によくないよ》

《わたくし、あなただって乗せられるのよ。他の人ってそんなにあなたより重たいの?》

《……逆鱗はね、軽く感じるように補正がかかるんだよ》

《そうなの!?》

《少なくとも俺の気分は軽くなっているから……》


 日々学習し成長しつつあるシュナは、半眼になると口を閉じてじっと彼を見つめた。

 最初の頃なら彼の言うことをそういうものだと全面的に受け止めただろうが、今ならわかる。


 これは、思いつきをそのまま喋っている時の悪いデュランだ。


 彼は目を逸らしたまま合わせようとしない。しばしお互い無言の時間が続く。

 とうとう根負けしたように――いや違う、開き直った顔で男は真っ直ぐシュナを見ると、一点の曇りもない目で叫んだ。


《だってシュナに俺以外の男を乗せたくないんだもん、だから男は駄目!》

《どういう理屈なの!?》

《理屈じゃない、感情の問題だ!》

《ますますわからないわ!》


 二人の様子に、ニルヴァがびくっと肩を跳ねさせてから後ずさる。

 竜笛を持たない彼女にしてみれば、会話内容まではわからず、目の前で急にピーピー高音の応酬が始まったのだ。しかもデュランが人間の言葉で喋っていた時の内容から推測するに、自分を乗せるかそうでないかということについて揉めているのではなかろうか、というところまでは予測できる。


「あの……大丈夫です、歩いて帰ります……閣下……!?」


 元々か細い声は、かき消されてまったく届いていないようだ。おろおろあわあわ見守るしかない様子はいかにも哀れだった。


《異議ありー。此方、超異議ありでありますー。この娘を乗せることはともかく、姫様に二人乗りさせる気でありますかー、この不敬者ー!》


 しかも外野からさらに大声が参戦して、ニルヴァはすっかりきゅっと縮こまった。

 結局、ほとぼりが冷めるまで大人しくしている方がいい――というか自分にはたぶんそれしかできない、という結論が出ると、小さくなってしまう。


 誰なら乗せていいか談義を繰り広げていた二人は、揃って乱入してきたウィザルティクスの方に顔を向けた。デュランは深いため息を吐く。


《君がニルヴァを乗せてくれるって言うなら、その必要もなくなるけど……それはどうせ、駄目なんだろう?》

《第三エリアで詰まっている程度の冒険者になぜ此方が応じなければならないのでありますか》

《不測の事故だったじゃないか》

《格上の魔物と遭遇したのは不運でありますな。しかしそもそもの話、自分の身の丈以上の階層に挑んだこと自体愚の極みでありましょう。当然の報いであります》

《ウィザルティクス、その言い方は酷いわ》

《――ひ、酷くても駄目なものは駄目なのでありますっ……》


 相変わらず銀色の竜は新米冒険者に対して手厳しい態度を示し続けるようだった。シュナが抗議すると、若干怯んだような気配があったが、それでもやはり自分の主張を曲げるつもりはないようだった。


(――いいえ。めげているばかりでは何も進まないわ。竜達は……きっと、けして意地悪をしているのではない。彼らのルールに従って、行動している、ただそれだけのこと)


 シュナからすれば、ちょっと親切にするだけでいいのに何を渋っているのだろう、と思うが、逆の立場ならシュナが人間に対してフランクすぎるのかもしれない。……というか、そう言われた気がする。


 けれど彼らは、頭ごなしに否定するだけではない。できないならきっちり「できない」と言うが、可能性があるなら「可能性は低い」と返す。そういう生き物なのだ。。感覚的にシュナは彼らの性質の一つを理解しつつあった。


《わたくしはニルヴァとデュランを二人乗せていきたいのだけど……無理なことなのかしら?》

《やめといた方がいいのでありますよ。おすすめしないのであります》

《不可能だから?》

《できるできないで言ったらできるのでありますが、元々此方達のデザインが複数を乗せることをメインとして対応してないのでありますし、姫様身体小っちゃいし……》

《でもウィザルティクスは、この子を乗せたくないのでしょう?》


 銀色の竜は不意に、それまで渋さ一辺倒だった表情を改める。真面目になると、何とも言えない静かな雰囲気が漂い、風格が出てきた……ような気がする。


《姫様がどうしてもと仰るなら、その命令オーダーは此方達の意思や判断より優先されるのであります。しかし、基本的に此方達われわれの規範では、その少女は助けるに値しない、という裁定が出ていることは、一つお心に留めていただきますよう。姫様のお心が優しく尊く、我々と異なる判断軸を持つ――それを良いこと、受け入れるべきことと、秩序の頂点は最終的に結論を下した。ならば劣位の秩序が準じぬ訳に行きますまい。そも女神われらがあるじがあなたを愛し、肯定している。しかし、此方達われわれの選択が全く無意味なものと断じられるなら――それは明らかな浅慮であり愚行というものでありましょう。御身が唯一の存在であることをお忘れなきよう》


 すらすら述べられる言葉に、シュナは気圧されるように黙り込んだ。口調が独特なことに加え、色々と疑問に思うような行動ばかり思い出してしまうが、部屋一つを余裕な顔で吹き飛ばしていたような竜でもあるのだ。いつも雰囲気のあるアグアリクスに言い聞かされるのとはまた何か違う重みを感じる。


《……ウィザルティクス、今なんて言ってるの?》

《ええと……わたくしに二人乗せるのも、自分が代わりにニルヴァを乗せるのも、できるできないで言ったらできるのだけど、どちらもやりたくない……というか、勧めたくない……?》

《うーん。不可能と言われるより逆に困るパターンだな。絶対無理ですって言われたら諦めて代替案を探すんだが……でもこういう時のできますをそのままに鵜呑みすると、後々不満が溜まってある日急にブツンとくるからなあ》


 二人とも唸って黙り込んだ。ニルヴァはお腹の辺りを押さえながら、二人を見守っている。


「あの……私……」

「ニルヴァ、君が自力で帰るのは無理だし、途中で放り投げるなんてあり得ない。俺の分のエスケーパーを使用してもいいけど……エスケーパーは竜には使えない。つまり、エスケーパーを使用する選択をした場合、俺は今ここでシュナと別れなければいけないことになる。今、この場で、次にまた迷宮に潜るまで、シュナと長い別れをしなければいけないことになる」


 竜騎士はきりりとした顔で皆まで言わなかったが――いや、思いっきり大事なことだとでも言いたげに二回繰り返して強調したから、その場の者は全員彼の言わんとしていることを察した。


(わたくし、ここで別れてもいいけれど)


 と一瞬言おうとしたシュナだったが、なんとなく騎士がこの世の終わりな顔になりそうな予感がしたので黙って心の中で思い浮かべるにとどまった。


 ニルヴァが「申し訳ございません……」とまたまた引っ込んでしまうと、場には沈黙が戻ってくる。


 停滞する空気の中、次に声が上がったのは意外な所からだった。


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