竜姫 逆鱗について聞く
《提案。自分。許容》
《ネドヴィクス》
意外にもこういう場で一番大人しく、大体見守り係、というかほぼ我関せずな態度を貫くピンクの竜から提案は申し出られた。デュランは驚いたような声を上げたし、シュナもびっくりして彼をまじまじと見つめてしまう。
《いいの?》
《可》
表情の読めない竜だが、ボキャブラリーがやや乏しいなりに言うときは言う性格だ。しかしどういう吹き回しだろう、と思ったのはシュナだけではなかったらしい。
《一応
隣の銀色の竜が小突いて尋ねると、ネドヴィクスはぱちぱち目を瞬かせた。
《逆鱗関係。優先権。故。否定。独占。付加。自分。逆鱗。理解》
《ふーん。考えてみれば確かに、
《自分。観察。性質。準拠》
《そんなものでありますかねえ。ま、面白いビフォーアフターではありましたが》
え、何それ全然聞いたことない、と思ったシュナはくるっと振り返って早速デュランに聞いてみる。
《リーデレットって、昔は臆病な女の子だったの?》
《え? そんな話してるの? あー、まあ……確かに大分内気だったかも。仲がいい奴とは、今と大差なく普通に喋れたんだけどさ。知らない人とか、怖い人相手だと萎縮しちゃうところがあって。ネドヴィクスが逆鱗として選んだのは……そうだな、確かリーデレットが今のニルヴァとちょうど同じ年の時の事だったから、六年前だ。うん、確かにそれくらいからかも。今のリーデレットっぽくなっていったのは》
彼女は容姿端麗で、黙って心細そうな顔でもしていればそれこそぴったりな見た目をしている。が、明るく逞しい彼女が元はニルヴァのような女の子だったと言われると、少々信じがたい部分もある。
「……ていうかウィザルティクス、さっきから度々俺だけ伝達先から省いているな……?」
とブツブツ言っているデュランから今度は竜の方にくるっとまた向き直り、シュナは恒例の質問攻めに忙しい。
《ねえ。ネドヴィクスはどうしてリーデレットを逆鱗に選んだの?》
《興味》
《……それだけ?》
《関係性とは何事も興味から始まるのでありますよ。頭は賢いのであります、無関心の事柄については積極的に認識と記憶から排除するのであります。しかし関心を向ければ、どんどんと強化される。なんとなく気になる、が、放っておけない、に変わったのを自覚した――それが鱗の渡し時、なんだそうでありますよ。此方は経験ないので、逆鱗渡したことのある竜達の受け売りでありますが。興味ある人間ならいるでありますが、別にそんないなくて切なくなるとか見えると嬉しいなんてことは感じたことがないでありますからなあ》
そっと、口下手をフォローするように銀色の竜が声を上げた。シュナにとってはなかなか興味深い話題だ。というか、結構な重大事項のはずなのに全く知らないまま実践だけしてしまったから今更知識を追いつかせているところ、というか。
しかしこの事柄については、知れば知るほどシュナは神妙な思いにならざるを得ない。
《わたくし、やっぱりデュランに鱗を渡したの、大分早まったのでは……?》
興味があるかないかで言えば間違いなくあると答えられるし、放っておけないと言えばそうだが……なんだかこう、自分の今デュランに抱いている気持ちと竜達が通常逆鱗と認識する相手に向ける気持ちの間には、温度差を感じる気がする、というか。
銀色の竜はふっと鼻を鳴らした。
《まあ此方としては大いに不本意でありますが……姫様は間違っていないのでありますよ。ただ、まだわかっていないだけで》
《え?》
《大体、今からなんか違うからその鱗返して下さいなんて言ったら、この男立ち直れなそうな気がするであります。見るのであります。あれ、自作加工であります。めっちゃ凝ってるのであります。此方にはわかるのであります》
ウィザルティクスはシュナの疑問の声をさらりと流してデュランの胸元に下がる笛に注意を促した。彼女が改めてじっと見つめてみると……そういえば自然に彼の一部と化していたから、今まであまり深く考えていなかったが、そこにあるのは前に使っていたものではなくシュナの鱗の色のものだ。道理で耳にも心地いいと思った。
《デュラン。その笛、自分で作ったの?》
本来再会直後に突っ込んでおくべき話題、今更感もあるが、だって今気がついたのだから仕方ない。それに再会直後は……なんかこう、そういう穏やかな話題を話す雰囲気ではなかったのだし。
デュランは今それを言うの? という態度にはならず、むしろよくぞ聞いてくれました! とでも言うように表情を明るくした。
《そうだよ、シュナ。君の笛だ》
《そんなことまでできるの? デュランって本当に器用なのね》
《まあね! 君の鱗を他の誰にも渡したくないからね! 自分でやるに決まっているよ!》
シュナは一瞬間を開けた後、「ぴう」と小さく返事した。
(男は乗せちゃ駄目発言といい、度々出てくるこの他人との関わりを積極的に断たせようとする様子は一体何なのかしら……?)
好意は嬉しい。けど、もうちょっと他の人と交流することも許してほしい。とちょっと複雑な気持ちの姫の横では、イライラした様子で銀竜が首を振り、翼を広げる。
《あー。やってらんねーであります。ネド、さっさと行くのであります。なんかたぶん、ここにとどまればとどまるほどこれをずーっと見せつけられることになるのであります。さっさと任務を果たしてこいつを帰らせるのであります》
《同意。推奨。乗竜》
《デュラン。ニルヴァはネドヴィクスが乗せてくれるから、皆で待機所まで戻りましょうって》
時折彼らはデュランを爪弾きにして会話しているようだったから、念のためシュナが口にすると、彼は「え、もう行くの?」なんてちょっと残念そうに言ったが、ごねるようなことはしなかった。
ネドヴィクスにニルヴァが乗る手伝いを――しようとして、自分がいると近づけないことを思い出し、仕方ないので離れた所から指示を出すにとどまる。
ネドが身をかがめても、ニルヴァが小さく、また非力なせいだろうか、なかなか背によじ登ることができなくて四苦八苦していた。デュランが持ち上げてやれば早いのだろうが、彼が近づくとネドヴィクスは逃げてしまう。
折衷案として、シュナがニルヴァの乗竜を手伝うことで最終的に成功した。
《姫様にそんなことをさせるなど……!》
と横で銀竜がギリィと歯軋りする音が聞こえてきたが、そう言うわりに彼は徹底して少女に近づこうとしない辺りが、彼らには当たり前なのかもしれないが、シュナにはなんとも奇妙だ。
(竜にとってはこれが普通で……だからわたくしが普通ではないのね。わたくしからすると、頑固でちょっと窮屈な感じもあるけれど、彼らからすればわたくしがだらしないのかしら。それとも彼らも、規範に沿った行動しか取ることのできない自分に苛立ちを覚えたり、不自由を感じたりすることもあるのかしら?)
同じ所。違う所。似ていてもけして同一ではない。
人と自分。竜と自分。
――母と自分。
そんなことをぼんやり考えていた彼女は、ニルヴァがなんとか安定した姿勢に落ち着いたのを確認してからすんなりシュナにまたがったデュランの合図にはっとなると、地面を蹴って迷宮の中に舞い上がった。
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