迷宮 最深層――貫き通して
《っしゃあ、効いたぜ!》
尾を引くような断末の悲鳴を上げた巨竜は、快哉を上げるエゼレクスの下、ゆっくりと体を傾け、高度を落としていく。
相棒が勝利の余韻に震える一方、咳き込んだデュランは荷の中を漁り、(良かった、まだある)と安堵しながら小瓶を取り出す。
《エゼ。
《うん? あらまだ残ってたの。物持ち良い冒険者ですこと》
ぽん、と空中に小瓶を投げると、エゼレクスは余裕でキャッチしてバリバリとかみ砕き、ぺっぺと器用にガラスの破片だけ吐き出す。
元々防御面はさほど考慮されていないデザインの竜だ。だからこそ真正面から避けずに飛び込む戦法は女神の意表を突いたのだろうが、こちらが負ったダメージも大きい。
正直なんて事はないようにふるまって飛べているのも全竜の中で一番飛ぶのがうまいと自負しているこの個体のプライドあってこそ、女神イシュリタスと一緒に落ちてもおかしくはない状態だった。
焼け石に水のような状態かもしれないが、やはり
デュランもまた、ポーションを飲み込んでいた。
おそらくエゼレクスが大分乗り手の負担は肩代わりしてくれていたのだろうが、それでも破壊光線を浴びて無傷というわけにはいかない。
全身の鈍い痛みとだるさが失せてほっとした彼は、ごそごそ大分身軽になった自分の装備を漁り、ため息を吐く。
《残り一瓶……しかも原液だけか》
《カッツカツだね。いやむしろちゃんとここまで持ってた事がすごいカモ?》
《カルディに感謝しないと。彼女がいてくれなければ、ここに来るまでに全部消費しないといけなかっただろうから。……さて、女神様。そろそろ認めてくれるといいんだが》
彼が言った瞬間、下方でまばゆい光が放たれる。
巨大な竜の姿がたわみ、圧縮し、それから弾けた。
爆発して四散したかに見える肉塊の一つ一つは意思を持って羽ばたく。
巨竜は竜の群れに変じていた。群という形の個に。
《もうちょっと頑張るってさ、シュリ。まあでも安心しなよ。ボクの勘だとこれが最後だ》
《目安程度に思っておくよ》
軽い口調で言葉を交わしながら、一人と一匹は構え直す。
シュナとそっくりな青い体の竜の群れは、皆が一斉に同じ向きで旋回を始める。
《……こういうときは、全頭殲滅ではなく、本物一匹を撃墜すればいい。その理解で合っているか?》
《さすがのボクでも今から全部落としてる力は残ってないよってことは、あらかじめお伝えしておこう。それにたぶん、シュリに全頭均等分割するリソースは残ってない。まあだから、頑張って見極めてね? 特級冒険者サマ》
《それまでお前が飛んでくれるならな》
群れの何匹かが旋回の輪を外れ、デュラン達に向かってくる。
エゼレクスはぐんと上昇した。当然攻撃の意思を示すイシュリタスの分身体達は後を追う。ある程度彼女達を引きつけたエゼレクスはぐんと体を返し、大きく一回転して背後を取る。
回転中に溜め込んだブレスを放ち、あっという間に半数を仕留めた。
残りの迎撃を軽やかに体を捻ってかわし、一頭、また一頭と落として行く。
その間、デュランは目の前の脅威への対処は彼の好きにさせ、旋回する群れ達にじっと目をこらしていた。
(本体がいて、その他の有象無象を操っているのなら……基本的に、司令塔は一番安全な場所にいるはずだ。全滅すればいずれは正解に当たる。だけどそこまでは俺もエゼも持たない)
次の小隊がやってきた。
今度は四方からエゼレクスを取り囲み、逃げられない状態にして狙い撃つつもりらしい。
ホバリングした彼はふん、と鼻を鳴らした。
《甘い。その程度じゃボクはつかまんないよ、シュリさんや》
横方向から放たれた攻撃を下にかわして避けたエゼレクスは、待ち構えていた数匹を次々にすれ違い様落として行き、最後の一匹には体当たりをかます。
乗っているデュランにも結構な衝撃が来た。
文句の一つも言おうとした彼だが、はっと目を見開く。
《エゼ、逆だ! 上昇するな、降下!》
《あいよぉ》
エゼレクスは指示通りぐんぐんと下がっていく。
青い竜の群れでできたゆるやかな竜巻の渦は上下に続いているが、下に向かうに従って緩やかに絞られていく。
その一点にじっとデュランは目を留めていた。
下部の渦から何匹もが威嚇しながら上がってくる。
一方で、上方からの追っ手の様子も変わっていた。
竜巻はいつの間にか壺のように上部を閉ざし、その蓋ごとデュランとエゼレクスを押しつぶさんと迫ってくる。
《――これはさすがに全避けも迎撃も無理そう。んで今のままだとたぶん目標に届ききらない。どうするよ?》
《
相棒からの分析結果をもとにあくまで冷静に判断したデュランが指示を下すと、エゼレクスの体が発光する。
手の中に注文通り、緑色の剣が現れた瞬間、彼は竜の背に足をかけた。
《接続解除》
《――え、マジ? いやそれ理屈ではできんわけでもないってぐらいの話だったけど、この土壇場の今やるとか正気かテメーいや元々ぶっ飛んでる坊ちゃんだったけどあのね――》
さすがの曲芸飛行士も、ようやく相方が何をするつもりなのか気がついたらしい。
わめく彼を置き去りに、竜騎士はその背を蹴って宙に躍り出た。
《迎えには来てほしい》
その言葉を最後に、デュランは落下する。
ただ落下するのではない。
向かってくる一匹一匹の竜の体を踏み台にして、器用に飛びながら落ちていく。
全ての竜に愛される男――と言われるからには、一度ぐらいは竜から竜に飛び乗ることもやってみたいではないか。こういう形での実現になるとは、本人も思っていなかったが。
幸いイシュリタスはデュランが何をしているのかわかっていないか、あるいはエゼレクスを落とすことを優先にしているらしく、進路妨害されることはない。
目の前に立てばもちろん牙をむき出され爪にひっかけられそうになったが、それすら時に利用して竜から竜を渡っていく。
そうして彼は、奇跡のような道を自分で切り開き、一匹の竜の前まで辿り着く。
「――貴方が本物の女神だ」
確信を持ち、群れの中の一匹に向かってそう告げて、彼は彼女の胸の中に一直線に飛び込んだ。
エゼレクスの体から作り上げた異端の短刀を、柄ごと通すほどの鋭さで。
今度は悲鳴は上がらない。
ただどん、という手応えと、何か空気が漏れるような音を聞いた気がした。
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