ヒトの娘 お茶会に臨む 前編

 時折絵本の挿絵で、女性の華やかさを際だてるためなのだろうか、背景に花が描かれている演出を見たことがある。


 が、まさかそれを現実で実行する人間がいるとは思っていなかった。

 しかも滑稽な失笑を買うでもなく、きちんと絵として成立している。芸術品の完成度にたどり着いている。怖い。現実に大輪の百合の群れを背負って歩いてくるご令嬢がいる。やっぱり怖い。どうあがいても怖い。


 前情報通り、令嬢のドレスは群青色だった。銀色と金色の装飾が至る所になされていて、まさに星空だ。目がチカチカする。


 シュナは自分に与えられた薔薇色のドレスというのになかなか気後れしていた部分もあったのだが、比較すれば断言できる。全然、こちらの方が控えめだ。そうか青ってこんなに派手な色だったんだ、知らなかった、と新鮮な気持ちでいっぱいである。


 あれだ。そう、これが孔雀という生き物だ。図鑑知識だけど知ってる。まさにそう、極彩色の背景を背負って歩いてくる、あれ。


 実際には左右で顔のよい男達が一斉に(そう、一寸の乱れもなく、完璧に一斉に)花吹雪を手動で散らしたり、それが終わったらせっせとちまちま片付けたりしているのだが、そちらに目が行かない。目をやろうとすると、本日の主役に色んな意味で引き戻される。


「ようこそいらっしゃいました、トゥラ様。今日この日を迎えられたこと、とても嬉しく思います」

(かえらせて)


 サフィーリア=ユリア=エド=プルセントラは、今日もばっちりかっちり、貴族の見本を体現していた。

 意外にも彼女は薄化粧である。元が派手な顔立ちなので、逆にその分飾り付けられないのもあるのだろうが。


 品よく自信に溢れた挨拶を受けて、真っ先に小娘が抱いてしまった感想は素直だった。


 たたき込まれた色んなお作法だとか注意事項だとか今日のTODOなんかが全部吹き飛び、たぶんシュナは真顔になっていたと思う。


 大体驚いても目を丸くしているか、引きつった笑みを浮かべている事が多い娘だから、完全な虚無顔というのも珍しい。


「そうね、いささか気合いを入れすぎてしまったから。お気に召さなかった?」


 我に返ったのは、建物の入り口入ってすぐ花吹雪と背中の謎の羽と更に謎の周りの嬌声(気のせいでなければ華やかな音楽に混じって「イヤーゥサフィーリア様!」「麗しの君!」なんてほぼ絶叫に近いキンキン声が響いていた)を越え、本日のお茶会の舞台である庭園の緑の中に足を踏み入れてからだった。


 ようやく自分が何者でこの場が何をする所だったか思い出した彼女が必死になって首を横に振れば、やっぱりゴージャスに羽毛モリモリの贅沢センスを揺らしてサフィーリアは笑う。


「そう固くならなくてもいいのよ、今日は私がただあなたをよんでみたかっただけだから」

(お、お構いなく……!)

「上品なドレスもよく似合っていて素敵ね。前のはデュラン様が頼んだものでしょう?」

(本当に構わないで!)


 結構切実に念じている。


 なぜ自分はちょっとの好奇心で「あなたのお茶会にお邪魔してもいいわ」なんて答えてしまったのか。あんなに侯爵夫人が散々口を酸っぱく繰り返していたではないか。


「茶会は女の戦場」


 確かに現実体験してみれば納得というか、茶会が始まるはるか前、エントランスの時点で勝敗が決しているというか。


 何しろシュナ側はメインゲストもその引率者も、割とほぼ全員白目を剥きっぱなしである。卒倒する人間が現れないだけ皆偉いと思う。


 そして逆に言えば、侯爵一家がつけてくれた心強い皆さんとて一瞬息を詰まらせるほど、今日の会場のあれこれは凝っているということも想像できる。


(そこまでするようなこと、ある……!?)


 シュナ――この場合はトゥラだが――は、極めて平凡な娘である。むしろ素性の事を言い出したら怪しすぎて、我が身を振り返ってもこんな扱いをされる理由にあまり思い当たらない。


 これがデュラン相手なら、まあサフィーリアの気合いの入れようもわからないでもないのだが……。


「殿方相手にこんなことしないわ。引くでしょ。私が男でも、なんだこの女って思うわ」

「ピッ!?」

「あなた、お顔がわかりやすいから」


 思わず、「えっ今考えている事が口に出ていた!? 馬鹿な、トゥラ状態なのに!」と焦った小娘だったが、さらりと心境を当てた令嬢は同じように自然な調子だ。


「女同士は陰湿でもあるけれど、やっぱり同性ですもの、気軽でもあるわ。男がいるとね、どうしても手柄は全部あちらのものにされてしまうの。女性が美しいのは素敵な男性に恋をしたから! 馬鹿よね。私達が着飾るのは、私達がそうしたいから、なのにね」


 確か前に会ったときも、この令嬢は結構ズバズバ物を言うと思った。侯爵夫人に似ている、と。その印象は上塗りされ、補強されている。


 なんとなく泳いだ視線が、壁から下がるタペストリーに移った。

 風景画――見たことのない場所だが、もしかすると王国のどこかだろうか。青く瑞々しい草原に、花が咲き乱れている晴れの日の美しい光景である。


 ちなみにシュナが普段過ごしている迷宮領の王城は、機能美重視でどちらかといえば殺風景な方だ。というのは、比較対象を持って今実感した事なのだが。


 たとえば通ってきた空間に使われていた色の数が違う、飾られている物の種類の豊富さが違う、像の細やかさなんかも段違いだ。


 それでいて、一つの空間事にまとまりがあり、続く空間には関連があり、うるさすぎるということもない。


(落ち着いている時の迷宮に、ちょっと似ているかも)


 なんて感想を、ちらりと娘は抱いた。

 案内人は好奇心を浮かべている客人の様子に、ご満悦そうに頷いて笑う。


「そう、しっかり感動して帰って下さりませね? ああ、気に入った装飾品があったら遠慮なく仰って。お持ち帰りいただいても結構ですから。お代? お気になさらず、私は損をするだけの取引はしないの。ちゃんとこちらにもメリットを予想しての話ですので、躊躇は結構よ、どぶに捨ててしまって」


 相変わらずよく喋るご令嬢である。

 自分の口がきけないことに感謝した方がいいのか、この色んな意味で強いお嬢様を相手に何も言えないことを嘆いた方がいいのか。


 いや、よしんば本来の自分の状態だとしても、口を挟める相手じゃないし、余計な失言をしない今の状態こそやはり最適なのだ……とこっそり心の中で噛みしめながら、客人はようやく思い出してきたお作法の類いを必死に行動に起こしている。


(それにしても、本当に明るい場所)


 ようやく本日の会場、庭園にたどり着いた。

 一瞬屋外かと思ったが、どうやらガラスの天井によってふだんに採光を取り入れているらしい。ということは広義の意味で屋内である。


(でも、東屋がある……)


 剪定された緑の中には白い石の道が敷かれ、同じく白い石でできた、こじんまりとしたテーブルセットへと続いている。


 勧められる席について、主が口をつけたのを確認してからまずは飲み物をいただく。

 招待先ではもてなす側が先に行動すると決まっているが、これは主催を立てる意味と、主催に相手を害する意図がないことを示す意味が含まれているらしい。


「初めて行った所では出された物を胃に入れない。そういう用心さも、時には必要です。薬物を一番得手とするのは亜人達ですが、王国も迷宮領や法国に比べれば愛用者がいる国ですからね。ま、参考までに」


 なんて言っていた、そういえばかの侯爵夫人の出身も確か王国だったはずだ。

 あれ、もしかして実体験含むアドバイスだったのかな……花の都とか文化の国とか聞いていたのに、なぜだろう、直近王国のイメージは攻撃的になっていく一方である。


「ああ、でも先ほどの入り口のあれはね。正直、あなたの度肝を抜きたかったのもあるの。お供の皆が気でも触れたのかって顔をしていたから私は満足したわ」


 手の中で優雅にカップを弄びながら、年上の女性はコロコロと笑った。


「どうしてそんなことをするのか、ですって? そうね……一つには好意。私、これでもあなたみたいな可愛い子、好きなのよ?」


 少し離れた場所で、会話がギリギリ聞こえているらしいシュナの付き人が何とも言えない表情になっている。


「一つには、営業。この家の贅沢は全て、私の実家、プルセントラ公爵家の資産。我が領は豊かな所なの。表の全てはプルセントラにあり、と言われているほどよ」


 そこでサフィーリアはピタリと手を止めて、口角の弧を深めた。令嬢の目がひたりと小娘を射貫く。


「それと、わずなかお節介。あなた、デュラン様の妻になる方なのでしょう? あの程度で悟られるほど驚いては駄目よ」


 ぽーっとしていたところにビンタを食らったような気持ちである。

 小娘は慌てて、椅子の上で居住まいを正し直した。

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