姫 お昼ご飯、後お土産

「あ、ごめん。俺、この後ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいかな」


 昼食の最中、デュランがそんなことを言った。

 シュナは必死に野菜と卵、それからお肉が挟まれたミックスサンドをもぐもぐと噛みしめながら彼を見る。


 目の前の皿には色とりどりのカラフルなサンドイッチが鎮座していた。五種類で一人前らしく、一つ一つはそれほど大きくはない。

 しかし、二つ目で既に大分腹が満たされているシュナには道のりが遠かった。騎士二人なんか、既に一周して二周目に取りかかっている。


 デュランが多く食べるのは知っていたが、リーデレットの食べっぷりもなかなかだった。三人いるとは言え、注文兼運搬係となったデュランがテーブルの上に乗り切らないほど確保してきたものだから、残してしまうのではなかろうかと心配していた。幸いにも、このペースなら全くの杞憂に終わりそうだ。


 彼らの胃袋はどうなっているのだろうと目を丸くしているシュナの前で、水をぐびっと飲み干してこくりと喉を鳴らしたリーデレットが一息ついてからデュランに答えた。


「何? 買い物?」

「そう。シュナにお土産持っていかないと」

「そんなこったろうと思ったわ」


 ビクッ、と横でつい反応しかけた話題の主は懸命に平常心を装っている。果たしてちゃんと取り繕えているのか、心臓はばくばくと内側から胸を叩いてうるさいが、慌ててサンドイッチにかぶりついてごまかそうとする。


(そうよ……! いつまでも地上にいたら、迷宮でデュランはわたくしのことを探すわ。心配をかけてしまうし、わたくしがシュナだってわかってしまうかもしれないし……)


 この点についても、デュランはある意味シュナの前に立ち塞がる高い壁だ。隠密行動を心がけてはいるが、正直者の自覚がある彼女がどこまで騙りきれるかは全く自信がない。

 人間状態なら問い詰められたところで口がきけないわけだが、竜の状態なら会話は可能だ、何かしら余計な事を言いそうで怖い。


 なるべく早くこの話題が終わってくれますように、と念じているシュナの想いに反して……今もういくつめだろう、二巡目どころか気のせいでなければ三巡目にさしかかろうという勢いでサンドイッチを片付けていたデュランが微笑みかけた。

 会話の合間に食べているというか、食べている間に会話しているというか、とにかく器用な物だと思う。


「あ、トゥラ、ごめんね。リーデレットはわかってるけど、君にはたぶん、まだ話してなかったよね。俺、迷宮に素敵な竜の相棒がいてさ。とびきりのお土産を持っていくって約束しているんだ。俺の考える最強の――」

(わたくしは普通でいいって言ったはずよ!? 普通の! 方が! いいわ!)

「そうだよな、ごめん。今日は君に町を案内する日だったのに、面白くなかったよな」

(違うのよ!?)


 また爽やかな顔でとんちんかんなことを言い出そうとしている男の考えをなんとか改めさせたいシュナだが、悲しいかな伝わらない。デュランには遅れるが、やっぱりたぶん七つ目ぐらいのサンドイッチを手に取ったリーデレットが口を開く。


「……デュラン。たぶんトゥラちゃんは、変な物を贈って事故を起こすより、無難な物で手堅く喜ばせた方がいいって、そういう主旨のことを伝えたがっているのだと思うの」

「そうなの?」

(そう! お願いだから普通にして!)


 シュナはぶんぶん首を縦に振り、リーデレットに感謝の目を向ける。食事中だから抱きついたり手を握ったりがちょっとできないが、


「……そうなのか。よくわかったな、リーデレット」

「あんたはもう少し、シュナのことについて語っているときの自分がどうしようもないボケ野郎なんだってことを自覚した方がいいと思うわ」

「そうかな……?」

「そうよ。重すぎる男は逃げられるわよ。いつもの吹けば飛びそうな程軽い蝶々みたいなあんたも、それはそれでどうかと思うけど」

「ねえ、あのさ、そりゃ確かに俺は色んな人とお付き合いしたことがありますよ? でもね? それだけでこう、軽いとかチャラいとか、イメージが先行してるんじゃないかなって」

「そうね、同時に複数相手はないし、付き合う相手には親切よね。でもすぐに相手が変わるし、切れたこともないわよね。長続きしないし引く手あまただから。今はちょっと、例外の時期だからなぜかフリーなわけだけど」

「――いや、あの、リーデレットさん? トゥラの前でそういうのは、やめてくれませんか……」

「幻滅しろとまでは思わないけど、現実は早めに知っておくのが女が傷つかないコツなの」

「いやいやいや……」


 リーデレットは肩をすくめ、サンドイッチを口の中に放り込んだ。

 デュランが怖々と言った様子でこちらを窺ってくるが、シュナは首を傾げている。


(ふたまた、って、何かしら)


 帰ったら辞書で調べられるだろうか、なんて考えている彼女だが、ひとまずねめつけるような視線を向けられずに済んだ男はほっとしたように息を吐いている。

 満足したのだろう、八つ目を平らげてからリーデレットは手を拭いた。

 シュナは慌てて自分の分に取りかかる。……正直三つ目を完食できるかも怪しいが、やれるところまで努力はしよう。


「そういえば、あんたのわりには今回、迷宮行きたい病の発作が随分軽いじゃないの。ちょっと前までは暴れて取り押さえられてたくせに」

「うーん……そりゃ、心配ではあるよ? 早く起きてきてほしいし。でも、なんでだろうな……アグアリクスと話したのと、後は逆鱗をもらったせいかな。シュナが遠くにいる気がしないんだ」


 むせはしなかったが、口が止まった。固まっているシュナの様子には全く気がつかず、デュランは言葉を続けている。


「なんかこう、心が一杯になるっていうか、すごく気分が落ち着くというか……そうだな、まるで迷宮がすぐ近くにあるみたいな、シュナが隣にいるみたいな感覚で、満たされているような――うん、やっぱ変だよな。戯言だ、忘れてくれ。あと気付けに殴ろうとしなくていいから、うん。大丈夫だから、フルスイングの構えはやめてくれないかな! 食後どころか一応俺まだギリギリ食中だよ!?」


 後半はリーデレットに向けての言葉だ。おかげで今度こそむせたシュナにそこまで注意が集まらなかったのが幸いだった。急いでコップを用意して、なんとか飲み下す。

 何といういたたまれなさ。


(だって隣にいるみたいなって、その通りだもの……! 錯覚でも何でもなくただの事実だもの……!)


 必死に目を合わせないようにしつつ、ぎゅっとスカートを握りしめ、だらだら垂れていきそうになる冷や汗を堪えている。


 騎士二人はそんな彼女の様子を見て不審そうな顔をした。シュナは震え上がったが、せいぜい引きつった微笑みを浮かべて精一杯知らんぷりをする努力をすることしかできない。


「ひょっとして……食べきれない?」


 ……それも事実ではあるので、シュナは無言でそっとサンドイッチを差し出し、頷いた。食べかけで申し訳ないが、やっぱり無理そうだ。よかった昼食中で、とこっそり思う。


「もういいの? 本当に? これ五個で一セット、一人分だよ?」

「小食よねえ……ちゃんと栄養足りてるのかしら。というかよくお腹減らないわね」


 騎士二人は口々に言っているが、あくまで心配しているだけ、無理強いはしてこようとしないのがありがたい。


 デュランが何気なく、ごくごく自然な動きでシュナが皿に置いたサンドイッチを手に取り、ぱくりと一口に食べた。


(…………!!!!!?????)


 一瞬何が起きたのか把握出来ずに出遅れたシュナが言葉にならない悲鳴を上げたときにはもう遅い。


 しかも彼は、


「え、トゥラ、どうしたの!?」


 となぜシュナが顔を真っ赤にしてテーブルを叩いているのか理解できていないらしい。


(残すのは、よくないけれど! 食べかけだったのよ! 酷いわ!)


 二人を見比べたリーデレットが何かを察した顔になった。あちゃー、と顔を手で覆い、ちょっと迷った風を見せてからシュナを慰めるように撫でる。


「ええと、その……ほら、たぶん好きな物を買ってくれるから、ね……?」


 シュナの気持ちを代弁してデュランを叱ってくれることもある彼女だが、今回の場合はなんだかもう言うのが面倒になったらしい。若干遠いところに視線を彷徨わせたまま、最終的にはそんな言葉で締めくくった。


 そしてデュランの方は、やっぱりなぜシュナを怒らせたのか、全くわかっていないようだった。




 その後、宣言通りシュナ(竜)への土産を買う、と宣言したデュランは、ああでもないこうでもないと唸りながら露店を歩いていた。


 今日は市場の日、とかで外にお店が出ているらしい。せっかくだから雰囲気を楽しむだけでも、とシュナも連れてきてもらっていたが、人が集中していて歩くとすぐ誰かにぶつかってしまう、ちょっと苦手な場所だった。


「何がいいかなあ……」

「子ども向けとか観光客向けのお土産、受けがいいわよ。ネドに前持っていったことがあるわ」

「んんん……」

「微妙?」

「ピンと来ない。喜ぶとは思うけど……」


 シュナを庇いながらしっかり陳列品を品定めしている二人のそんな会話が聞こえた。シュナも興味深い辺りを見回して、面白おかしな品物をじっくり眺めたいのだが、いかんせん人混みだと余裕がない。


「花は?」

「すぐ枯れちゃうよ。それに迷宮の中にだって花はある」

「んー。ぬいぐるみ」

「竜に竜の人形を渡してどうするんだ!?」

「じゃあいっそ、装飾品にする? どこかにつけてあげれば?」

「ああ……」


 人の群れをかき分けるように移動していた二人が立ち止まった。同時に飛びかけていたシュナの意識が戻る。


 彼らが見ているのは、どうやらアクセサリーを売っている店だ。


「いらっしゃい、旦那」

「やあ。ちょっと見せてもらっても?」

「ええ、ええ。どうぞごゆっくり」


 店主とやりとりを交わしつつ、デュランは顎に手を当てて考えるポーズになっていた。真剣な顔を見ていると、なんだかちょっとドキドキする。と同時に、(そこまで悩まなくても、適当でいいのに……)とこそばゆい気分にもなる。


 ふと、目が合った。ぴゃっと肩を跳ねさせたシュナに、彼は笑いかける。


「どれが好き?」

(……わたくしの意見を、シュナのお土産の参考にするつもりなのかしら)


 ある意味一番事故がないだろうが、正体を隠している以上何とも言えない気分だ。シュナはちょっと返答に迷った。


 どれが好きかと言われれば、シュナは綺麗なもの、きらきらしたもの、可愛いもの、全部好きだ。デュランが足を止めた露店に並んでいる物なら、どれも素敵だと思うが……自分用にと言われると、ちょっと考えてしまう。


(お父様が誕生日プレゼントをくれる、というようなことなら、それこそ自由に選んでしまうけれど……どうかしら)


 しばし悩んだ末、彼女は白いリボンのついた髪飾りを指差した。


「これ?」


 デュランは確認してからそれをすぐ買い上げると、これまたごくごく自然な手つきでシュナの頭に手を伸ばし、頭の後ろの髪をまとめている部分に飾り付けた。


「うん、似合ってる。可愛い。シュナのお土産もリボンにしようかな」


 満足げに言われて、シュナは思わず顔を押さえて俯いた。


(……どうしてわたくし、赤くなっているのかしら)


 横のリーデレットが咳払いをしてデュランを睨みつけていたが、彼はもうシュナに贈るためのリボン探しに忙しいらしく、次の店へと移動を始めようとしていた。

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