姫 見送り、絡まれる
シュナ(竜)へのお土産にリボンを選んでいたデュランだったが、リボン選びにも随分と時間を費やした。
無地か柄物かから始まり、レースや宝石などの飾りの有無についてもリーデレットと議論しながら考え込んでいる。
「可愛くて美人で賢くてたくましいけど守ってあげたい子に似合うリボンってありますか」
最終的にそんなことを店員に言って困惑されていた。後ろで聞かされている本人はただただ身を縮めて大人しく時が過ぎ去るのを待つしかない。
(いないところで悪口を言われるのは、もちろん嫌だけど……いないと思われて目一杯褒められるのも、恥ずかしいわ!)
色んな意味で迷宮に帰りたい気持ちが募る一方である。
ちなみに余談だが、竜は基本的に全てが女神に従属している。そのため人間からのプレゼントを受け取っても、自分個人に与えられたものという意識が低く、迷宮のどこかに落としてきてしまったり、女神に進呈してしまったりするのだそうだ。彼らの基本意識は、「自分は女神の一部」というものであるらしいので。
逆鱗を与えるほど興味を抱く相手からの贈り物なら素直に受け取るし、身につけることも受け入れるが、何らかの原因――一番多いのは人間側が加齢によって迷宮に潜れなくなった場合だ――関係が解消されると、契約終了とばかりに普通の竜に戻ってしまう。
人としては少し寂しい気持ちにもなるが、元々迷宮自体「女神の場に勝手にこちらがお邪魔している」のであり、竜に至っては「あちらの好意に甘えてお借りしている」立場であり、どれほど仲が深まろうとそれを忘れてはいけない。
人である限り、加齢からは逃れられないのだから。そう、特に関わりの深い竜騎士は厳しく何度も言い聞かされるらしい。
もちろん、それがわかった上でこちらからの気持ちを示すという選択も存在する。
竜は迷宮から出られない。人は迷宮の中だけでは生きていけない。
この壁が越えられないのなら、必要以上に深く関わり合わないのが人と竜の関係。
……という、大前提があるので。
逆鱗をもらえるというのは人にとってとても光栄なことだし、憧れのあの子へのプレゼント解禁状態であり、まあ根っからの竜好きで数年間お触り禁止状態だった男にある日自分だけの竜が現れたらそれはまあベタ惚れにもなるしああなって仕方ない。
感情的には度しがたいが理屈は割と単純である。
そのようなことを、生温かくデュランが悩む様子を見つめながら、リーデレットがシュナに解説してくれた。シュナは顔から火が出そうだ。竜になったらデュランのことをどついてやろうかとちょっと思っている。
(でも。わたくしはそんな竜のルール、知らなかった。きっと竜になっても、プレゼントがもらえたら人間同様嬉しい。それはわたくしが、竜として半端物だから? ……人としても?)
しょんぼり考え込んでいると、放っておかれて寂しいのだと思われたらしい。
リーデレットはデュランを急かした。彼は慌てた様子で、ようやく一つのリボン(ピンク色でレースの飾りがついており、結び目の部分が飾りで彩られている)を選び、二人に合流しようとしてふと足を止めた。
いぶかしげに視線を追ったリーデレットが納得したような顔になる。シュナは二人の顔を見比べ、同じように探そうとしたが、人がたくさんいて彼らが何に注目しているのかまではわからなかった。
「リーデレット。トゥラを頼んでいいか?」
「仕方ないわね、目についちゃったものは。あたしが行くのとどっちがよさそう?」
「君が出て行ったら全員伸しちゃうでしょ。なるべく穏便にすませてくるよ」
「だって馬鹿にはそれが一番手っ取り早いんだもの。通報は?」
「んー……近くに巡回の騎士がいるなら任せたいところだけど。まあ、なんとかするよ」
「リボンは? 預かる?」
「や、たぶんポケット入ると思う……うん、大丈夫」
聞こえてくるやりとりから察するに、どうやら揉め事が起こっているか起きかけているかしている様子を見つけてしまい、非番ではあるが騎士という立場上――また本人達の性格上、発見してしまったら見過ごすこともできない、という状況、といったところか。
それにしてもシュナにはひたすら人が行き来しているようにしか見えないが、二人がすらっとした身長のため物理的にシュナに見えない物が見えているのか、それとも彼女が未だ外に慣れていないせいでどこに目を向けていいのかわかっていないことが原因か。
なんとなく、同じ物が見られないことにむう、と頬を膨らませていると、デュランが身をかがめ、視線を合わせてきた。
「トゥラ、ちょっとだけ待っててくれるかな?」
……そういえば彼はよく、このようにシュナに合わせてくれる。竜の時も同じ態度だ。さりげなく、シュナが届いていないことに気がついて下りてきてくれる。
それがなんだか、嬉しいはずだけど……悔しい、のだろうか。リーデレットとは言葉少なに情報を共有し、全てを語らずとも互いのやるべきことがわかっているようなやりとりを交わしているのに、自分はいつまでも身をかがめさせる立場なのが、なんともモヤモヤする。
(わたくしはあなたの
首に飛びつくようにぎゅっと抱きつくと、最初は驚いていたデュランだが、今ではもう慣れたように背中に腕を回してぽんぽんとなだめるように叩く。
彼が身体を起こしてしまうと、置いてきぼりにされるしかなくて。
けれど駄々をこねるのは駄目だ。ただでさえお荷物なのだ、これ以上迷惑をかけてはいけない。
下唇をきゅっと噛みしめると、赤髪の騎士は微笑んだ。
「いい子だ。さっさと片付けてくるよ、心配しないで」
彼はそう言うと、人混みの中を進んでいき、あっという間に見えなくなってしまった。
(待つだけは、嫌。でも、竜ではないわたくしに。素性が知れず、物を知らず、顔には大きな痣を持ち、身体は丈夫とは言えず、さらには言葉すら話せない――そんなないない尽くしの小娘に、一体どうしたらあの人の背を追うことが許されるのだろう)
シュナは人になっていくつものことを自覚した。
デュランがすごい人間であるということ。
そんな人を逆鱗として選んだ意味、責任について。
……それから、そういったことを考えても、なお。あの人と一緒にいたいと感じる、自分の心。
(不思議。どうして? 一緒にいると落ち着く。離れると不安。これは一体何? お父様の時だって、もっといい子で待てたのに……)
「……さ、トゥラちゃん! まだ日が暮れるまで時間があるわ、次はどうしましょうか」
リーデレットに声をかけられると、シュナは寂しげにぎこちない笑みを浮かべて見せた。
「揚げ菓子!」
シュナの手を引いて、なるべく人の少ない所をゆっくりと歩いていたリーデレットが嬉しそうな声を上げた。シュナにもすぐいい香りを漂わせ、行列を作っている屋台が見つかる。
「あたし、あれ大好きなの。どっしりしてて、甘くて、さくさくで、とっても美味しいのよ。買いに行ってもいいかしら? もちろん、トゥラちゃんの分もちゃんと用意するから。甘い物を食べると、疲れた気持ちもすっと軽くなるのよ」
小食のシュナだが、昼からはそれなりに時間が経っており、一つぐらいなら参加できそうだと感じた。
こっくり頷いて見せると、リーデレットは嬉しそうに彼女を引っ張っていこうとしたが、ふと人混みと行列に目を止めてから更に周りを見渡し、それからシュナに向き直る。
「お昼ご飯の後、またたくさん歩いたものね。足、疲れてない? そこに座って待っててくれる?」
シュナはちょっとだけほっとした。
実はその通り、先ほどから歩いていて少し足が痛みを訴えるようになってきていたのだ。
デュランを見送った後から興奮が鎮静されてどっと疲れを認識してしまったというか……リーデレットは自分よりたくさん動いているのに全くそんな様子は見せず、こういう所でも自分は未熟だし不甲斐ないと恥じ入る。
「慣れないことをするとたくさん疲れるから。ちょっと休んで、それからまた考えましょ。せっかく楽しい休日なんだから」
リーデレットの気遣いが、嬉しくも少し切ない。ちょうどよく、近くにはベンチがあって、たった今人が立ち上がり、スペースが空いた所だった。リーデレットはそこにシュナを導くと、自分一人で行列に加わりに行く。人通りがあるとは言えそれほど遠くない場所なので、時折顔を上げるとお互いが確認できる。
少し遠くから様子を見ることで、また屋台だとか人の動きの全体像が見えてきて、これはこれで観察しがいがある。
足を休ませがてら、熱心にリーデレットが注文を取っている姿を追っていたシュナは、背後から近づく気配に全く気がつかなかった。
どさっと身体に感じる衝撃と重みに、最初驚くが、すぐにデュランが戻ってきて驚かせたのかと思い直しかけて――。
「やあ。やっと見つけたよ――可愛い可愛いお姫様?」
見知らぬ男の声が耳に吹きかけられると、今度こそぞわっと全身が粟立つのを感じた。
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