お悩み竜 姉妹を争う不毛な戦い
《生体情報開示。規定値に到達していることを確認。十分な休養、また以後の睡眠は過剰であり逆に悪影響と判断。起床を推奨》
誰かの声が聞こえてきたと思ったら、急に目の前が眩しくなった。
シュナはもぞもぞ自分の上に被せられていた布を探すが、いくら探っても感触がない。
あれ、おかしいぞ? とようやく頭が回ってくると、シュナに被せられていたはずの掛け布団を頭から被った状態の白い竜が、彼女の事を見下ろしていた。
どうやらシュナを起こすつもりらしい。
《起床を推奨》
《まだもう少し……》
しかし彼女は久しぶりの休養に浸っていた。
シーツは奪われたが、丸まってそのまままた二度寝しようとする。
白い竜は首を傾げた後、ぶるぶる頭を振って掛け布団をはね除けた。
それからシュナにゆっくりと近づき――。
《起床推奨。起床推奨。起床推奨。起床、起床、起床、起床――》
《やーめーてー! おーきーるーかーらー!》
ぺちぺちぺちぺち彼女の頬を叩きながら、耳に繰り返し同じ言葉を吹き込み続けた。
これではさすがに惰眠を貪るというわけにいかない。
慌てて飛び起きたシュナは、直後あれっと周囲を見回す。
《お母様は? エゼレクスは?》
若干まだ眠気を引きずってはいるが、確か母と寝てその後エゼレクスが隣にやってきたような、そんな記憶は残っている。
しかし今彼女がいるところは竜の待機所にある自分の寝室で、青い竜の姿も緑の竜の姿も、ついでに黒い竜の姿も見当たらない。
場所も周囲の人選も変わって困惑している彼女に、白い竜は控えめに口を開けた。
《女神起床時、入眠中のシュナを移動。エゼレクス、先に起床。メモリーにメッセージの記録あり。は? 何この子まだ寝てんの? しゃーないねーでもオニーサンは暇だからちょっと岩石落としの練習してくる》
《そう……岩石落とし?》
《不要な情報と判断。詳細は省略》
この新たな保護の竜は、ネドヴィクスよりは流暢だが、エゼレクスに比べると随分と簡潔なしゃべり方をするようだった。シュナをたたき起こした事といい、ネドヴィクスより強い自我の主張も感じる。
メッセージがどうのの辺りは、伝言を置いていったらしい本人の声と口調がそのまま再生されたので、非常にシュールな光景だ。
《お母様、もう少し一緒にいたかったのにな……》
《補足事項と判断。女神は状態が不安定。故に、長時間あなたと一緒にいると自らがあなたを害する危険性を憂慮》
《……そう》
母に対する甘えが強くなっているらしい娘が思わず零した言葉にも、白い竜は律儀に返答した。シュナはしょんぼりと身体を縮こまらせる。
(そうね……お母様とずっと一緒にいてもいいってわたくしが言うってことは、外の世界を諦めるってことと同じ意味なのだもの……)
両方は選べない。
選ぶのなら、自分が助けられることはない。
それが母が娘に与えた彼女の答えだ。
自分の事は自分で考えないといけないのだわ……としんみりしていた娘はふとあることに気がついた。
《ええと――ティルティフィクス。わたくしはどれぐらい眠っていたの? 外の世界が今いつか……暦はわかる?》
《外部環境との同期。照合。計算。……シュナが迷宮に来てから、七十八時間ほど経過。日数に換算。約三日》
《そう――そう!? 三日!?》
《驚嘆に疑問。シュナを取り巻く情報は量と質が膨大。共有と整理には時間経過が必要》
《でもそんなに寝ていたなんて……帰ってきたのが夜のはずだから、今は三日後の朝――》
人間としては三日も寝こけているのは大分ねぼすけなのだが、竜としては別にそれほど驚くことではない、という感覚らしい。
慌てた彼女が思い出しているのは手帳の日程だ。
確かトゥラとして成さなければいけない次回の重要な予定が茶会で、そのための準備とか考えたときの妥当な帰還日が大体帰還予定日の六日目で……とうんうん唸った末、一応まだ遅刻の時間ではない、むしろ余裕はありそうだとひとまずほっとした。
そしてそこで、また別の問題が発生したことに気がつく。
(……どうしよう。これから何をすればいいかしら)
今回竜になりたかったのはデュランのことを相談したかったからというのが最大の理由である。竜達に情報は共有したし(ついでに共有情報の選別方法も習得できたし)、母にも伝えることはできた。
さてその次に何をしよう、という段階になって、特に切羽詰まった用事がないことに気がついたのだ。
たとえるなら、人間の手帳には予定が記載されているが、竜の手帳は真っ白の状態、というような。
今までなんだかんだ人の時も竜の時も誰かがああしろこうしろとガイドをしてきたものだが……おそるおそるシュナは目の前の竜に問いかけた。
《わたくし、今日はどうすればいいの? ここでエゼレクスを待っていればいいの?》
《自由時間。自由な活動を推奨。待機は非推奨。混沌は気まぐれ、気分が向かない行動は取らない個体》
《あなたは何かその……わたくしにしてほしいこととか、ないの?》
《身は保護の個体。安全に関する出来事以外、シュナの決定が優先される》
白い竜の淡々とした答えに、うーん?と首を捻る。
《つまり……わたくし、今から好きに迷宮を冒険してもいいってこと?》
《肯定》
シュナはきょとんと目を丸くした。
しばらく唖然としていたが、徐々に喜びがこみ上げてくると尻尾が揺れ出す。
突然自由にしていいと言われて戸惑いもあるが、好奇心旺盛な性格は探検を好むものだ。
転移のやり方を学んで行ける場所もやれることも増えている。
どこから行こう、と考えながら歩き出すと、その後ろに白い竜が従った。
シュナは一度立ち止まり、じっとティルティフィクスを見つめる。
《あなたはついてくるの?》
《肯定。身は保護の竜》
《そういえばあなた、生まれたばかりよね……ならまだ赤ちゃんで、わたくしはお姉様なのだわ!》
姉になるのは初めて! ときらきら目を輝かせるシュナに、保護の竜は首を捻ってみせた。
《疑問。竜という個体は完成形で誕生。ティルティフィクスは人間変換で二十代前半程度の精神状態で固定。一方、シュナは未だ未熟個体。精神年齢は十代前半と推測。すなわち姉はティルティフィクスの方》
《まあっ――わたくし十八歳よ、大人よ!? 不本意だけど寝ている間に百年経ったのだもの、その分も合わせれば百十八歳よ!》
《否定。その計算方法は妥当性が欠如。赤ん坊はシュナ》
先輩風を吹かせたいばかりに日頃は積極的に排除する百年まで持ち出したシュナだったが、あちらも譲る気はないようだった。
《まああっ……あなた、知ってる? そういうの、生意気って言うの!》
《否定。跳ねっ返りはシュナ》
《だって……でも、年はわたくしの方がお姉様だもの! 大体竜って性別がないのでしょう、あなた、弟なのか妹なのかどっちなの?》
《否定。ティルティフィクスは姉であると主張》
《あら。エゼレクスはお兄様を自称していた気がするけれど、あなたは違うの?》
《固定の性格の差。および、素体となったメモリーの差ではないかと推測。呼称が不便なので便宜上男女を設定》
《素体? メモリー?》
《提案。やはりシュナは知識不足。姉はティルティフィクス。確定的に明確》
《知識の差で決めるなんてずるいわよ――!》
そういうしている間に寝室から出て、噴水で身体を清めつつ喉を潤す。
周りを飛び回っている竜達が、次々やってきて挨拶をするのに答える。
けれど彼らもシュナにどうしろこうしろとは言わず、くりくりした目を瞬かせながらじっと見つめているだけだ。
《この間乗せた竜騎士、性格はなかなかいいけど乗り方がまだ下手。背中が痛い》
《有望な冒険者を発見。支援する》
《鱗渡すの?》
《ヤダ》
《そー》
《第三階層エリアCの魔物が減少気味。補填まで待たれたし》
《第四階層エリアAでは魔物の過剰増加傾向。冒険者、竜騎士の討伐が間に合っていない。積極的な排除を推奨》
《受諾。ちょっと一狩り行ってくるー》
《行ってらー》
《第二階層で資源が枯渇気味。入場の制限?》
《否。第二階層は構造上入場制限不可。提案。
《提案受理。承認決議待機》
《第五階層の迷宮神水うまい》
《第一階層の水まずい》
《わかる》
《わからない》
《シュナかわいい》
《かわいい》
……思えばこんな時間も今まではありそうでなかった。
あちこちからかしましく交わされる彼らのやりとりを聞いているだけでも楽しい。時折自分の話題を出されるとこそばゆいが、シュナはしばらく腰を下ろしてピンと耳を立てていた。
その横にはティルティフィクスが陣取り、時折欠伸をしたり耳を掻いたりしているのだった。
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