姫 待機所に行く 前編
形態変化とやらに慣れてきたシュナが取り組むことになったのは、
が、ヒイヒイ言いながらも鬼教官達の期待に応え続けたこれまでと異なり、成果は無残なもの、思わぬ大苦戦を強いられることになる。
エゼレクスが言葉で説明してくれたり、
《なんでだ……?
力んだままぷるぷる震えるのみの青い竜を前に、緑色の竜は右に左に首を捻っている。問いかけられて、ぷはっ! と息を吐き出してからシュナは答えた。
《確かに、戻ってくるときは、お城のお部屋に道を開いたの。どうすればお母様の所にたどり着けるか、わかっていたし、簡単だったわ。息をするのと同じように、自然とできることだって思えたの。……今は全然、同じ感覚が思い出せないけれど……》
《うーん……アンカーの問題なのかな》
エゼレクスはブツブツと、原因について己の推測を展開していた。
まず、外から帰ってくる時のシュナが地上のどの場所からも迷宮に戻ってくることができるのは、ざっくり言えば母のおかげらしい。強力で安定した存在が目印になっているほど、転移は成功する。つまり普通に移動するのと何ら変わりはないことで、目的地と行き方を正確に知っていればたどり着くことができても、その両方を知らなければ迷うのは当たり前である、そんな理屈らしい。
《でも、今のゴール地点だって、エゼレクスがここだよって教えてくれているのに》
課題はシュナの現在地点から、ちょっとだけ離れた所に位置取っているエゼレクスの所に出現すること、である。ゴール地点云々なら、それこそ現在の方がよっぽど目の前に見えているではないか、とシュナは眉をひそめたが、そういうことではないのだ、と教官は首を振る。
《見た目のゴールじゃなくて……もっとこう、空間認知と存在理解の問題でね》
《…………》
《わかった、それなら逆に高速移動ならできるのかもしれない。ちょっとやってみよう》
何か妙案を思いついたらしい教官は練習メニューを変更することにしたようだ。「瞬間移動する訓練」から「ものすごく早く動いた結果瞬間移動したように見える訓練」に切り替えたのである。
これはさほど間を置かず習得することができた。ものすごく溜めてから一気に力を解放する、それだけで実行できたからである。
ただ難点として、一直線にしか移動ができない上、障害物にぶつかると強制的に移動が中止される、という点はあったが、そこはまあ飛行訓練同様徐々にできるようになっていけばいいだろう――ぶつけた頭を押さえてピイピイ鳴いているシュナをなだめながら、教官はまたも唸っている。
《本当赤ん坊の時とこういう所は変わんないね、お前さんは。念のため防御陣装備してたんだから痛くなかったでしょ? びっくりするとみーみーびーびー大騒ぎするんだから全く、昔は釣られてシュリまでわんわん泣いて帰ってきたファリオンが困惑するところまでワンセットだったよ……しかし、ふむ。単純な高速移動はできるってことは、やっぱ権限のロックが根本理由なのかね……。こればかりは僕だけじゃどうにもならない、シュナの意識改革を待たないと》
……そう言われても。小刻みに痙攣しつつ身体を縮こまらせる彼女を鼻面でこつんと押しやり、エゼレクスはため息を吐いた。
《ま、しゃーない。健やかにお育ち、シュナ。考えてみればこんな贅沢が許されるのも今だけさ、甘えるのも悪かないだろうよ》
転移訓練をしてから少ししてからのことだった。
《ネドヴィクスが
竜達の待機所で目覚めたシュナは、代わりばんこにやってくるおしゃべり好きの世話係達から早速情報を仕入れ、今日も訓練のお迎えにやってきたエゼレクスにうきうきそう切り出した。
ちなみに待機所で寝るようになってから、日に日に朝起きるとしれっとベッドに潜り込んでいる竜の数が増えている。寝入りには姿を見せないのは彼らなりの気遣いなのか他に事情があるのか、まあどっちにしろ不快を覚える訳ではないし、いいか……とのほほんと流すのがのんびり屋のシュナである。
どうやらシュナと一緒に寝られる権利を勝ち取った者が、翌日起こして世話を焼く係も担当できるらしく、シュナの見えないところで熾烈なポジション争いが繰り広げられているようだった。彼らがそれなりに個性的なのはもう今まで十分味わった気がするが、起こし方の千差万別ぶりに改めてその辺感じ入ることになったシュナである。
今日は最高記録の十匹、皆器用にシュナを潰さないように回りを取り囲んでぎゅっと折り重なり合っていたが、混沌の竜に《この数は暑苦しいわ、帰れ!》と一喝されるとわーわー逃げていった。ふん! と鼻息を鳴らしてから、
《ああ、ネドちん? うん、今日から復帰するみたい。
とあっさり返した彼に、シュナはおずおずもじもじ続けて聞いてみる。
《ウィザルティクスの方は、どう? 全然姿を見かけないけれど……》
《あいつはしばらく出禁だから心配しなくてもいいんだよ、おシュナ》
《もうあんな怖いことをしなければ、わたくしは怒っていないけれど……》
案の定、笑顔に圧を浮かべて答えたエゼレクスに、身体を縮めたまま小さくシュナは言ってみる。
正直印象がいいかと聞かれるとちょっと答えに窮する銀色の竜だったが、かといって彼なりに頑張ってくれていたのは重々伝わってきていたし、何より亜人の冒険者と遭遇した際、犠牲を出さずに済んだのは彼が速やかにアグアリクスを呼んでくれたからなのだろう。
もう一度一緒に冒険した時、また攻撃に巻き込まれるようなことはごめんだが、あれだけ騒がしい姿をずっと待機所で見かけないとなると、さすがに「どれだけ怒られているの、そこまでしなくても……!?」と心配になってくる。
エゼレクスはシュナの不安を感じ取ったのか、パチパチ瞬きしてからふっと表情をほころばせた。
《まあ、竜の間でも君の存在について認識を統一できていないところがあったから。その辺いいヒヤリハットだったというか、調整しているところもあって。……要するに、ただ閉じ込められて暇してるんじゃなくて、見えない時は見えない場所で別の仕事をしているだけだから、そこまで大げさに考えることはないんだよってこと。そのうちまた戻ってくるさ。君がお望みなら特にね》
そのままそんなことより今日の訓練は、と続けようとした彼は、しかし何か思いついたように言葉を切ってまた口を開いた。
《ああ、そうだ。今日、リーデレットが来るから、ネド、会いに行くんだってさ。シュナも行く?》
《……いいの?》
《ここんとこ訓練ばっかで飽きてきたでしょ。ネドだって嫌とは言わないよ》
《行きたいわ!》
シュナが元気よく返事をすると、緑の竜はうむうむ、と頷き、ブフッと大きな鼻音を立てた。
《では、このスーパー有能お兄さんがよちよちの可愛い子を引率してあげようじゃないか。安心したまえ、ぼくはその辺の有象無象とは違う、イカレ頭が来てもなんとかなることを保証しよう》
《いつもありがとう、エゼレクス! 本当に助かるわ》
正直、少し前の出来事で、人間達の待機所はけして安全とは言えないイメージが染みついてしまった所もあるが、エゼレクスがついてきてくれるのなら、実際に困った相手と遭遇してもなんとかしてくれるだろうという安心感があって心強い。
そう思ったシュナが素直にお礼を言うと、彼は目を丸くし、なんだか罰が悪そうに頭を翼の端っこでひっかいていた。
《……これはこれで居心地が悪いな。やっぱり僕はぞんざいに扱われてるぐらいがちょうどいいや》
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