自由な竜 レイドボス戦

 竜達の待機所を拠点にフラフラとあちらこちら思うまま探検していたシュナは、さて次はどうしようと考えつつうとうとしている最中、竜達が盛んに交わしている話題にふと興味を覚えた。


急襲強敵レイドボス?》


 耳慣れぬ単語に首を傾げて呟くと、ティルティフィクスが緩やかに尾っぽを振りながら答える。


《標準より強力かつ巨大な魔物が出現。単独での撃破は難しく、冒険者達は集団で交代に参戦し、少しずつ体力を削って討伐。ドロップ品が豪華》

《へえ……大変だけど、その分報酬も大きいのね。それが今、砂の間にいるの?》

《肯定》


 大分慣れてきたと思っても、まだまだ知らないことも多い。好奇心が疼き始めた彼女は、うずうずもぞもぞ身じろぎを始める。


《あのね、ティルティフィクス……それ、見に行ってもいい?》

《遠距離ならば視認許可》


 白い竜の返答はあっさりしていた。

 所々を省略するぶっきらぼうな物言いは乱暴にも聞こえるが、回りくどい言い回しをされて結局何がなんだかわからないよりシンプルに答えてもらえる方が理解はしやすい。


 シュナは喜び、パタパタと翼を動かせると、善は急げとばかりに早速移動した。


 竜の待機所から飛び立つと、毎度一斉に《いってらっしゃい》の合唱に送られることになる。


 帰ってくる時は《お帰りなさい》の合唱で出迎えられるから、こそばゆくも温かい気持ちにもなる。


 ここは確かに自分の故郷と言える場所なのだ、と心にも体にもしみ通っていくような。



 回数を重ねて危なげなくこなせるようになってきた転移を済ませると、相変わらずほとんど茶色一色、乾いた大地の光景が目の前に広がった。


 果てしない砂の海と、所々埋もれるように点在する崩れた昔の建物。年月を経た遺跡のような風情を漂わせるこの場は第二階層――またの名を砂の間と言う。


 取れる素材も大したことはないが、魔物も弱く出現率も他階層に比べれば極めて低い。一人前なら素通りして次の階層に移る場所、一方で冒険者の見習達が訓練をする場所だ。


 そんな姿が普段の砂の間だったのだが、今日は全く別の顔を見せていた。


《あれね》


 ぐるりと見回したシュナは、一目でわかる異変の方に首を向け飛んでいく。

 背後に悠々とティルティフィクスが従う気配をぼんやり感じた。


 今まで先輩竜達は常にシュナの前を行って、何かとお騒がせの娘がちゃんとついてこられているのか時折首を曲げて確認していたものだった。

 つい先日生まれたばかりのティルティは、保護対象の後ろを平常の定位置と決めているらしい。


 魔物と遭遇したり、炎が噴き出したりと危うげな状況になればさっと前に出てくるのだが、それ以外はじっとシュナの後ろに、影のように居座っている。


《遠距離ってどのぐらい?》

《該当位置まで来たら警告》

《わかったわ》


 だんだんと砂煙を上げている物の姿が見えてきたところでシュナが首を回して尋ねてみれば、白い竜は正面に顔を向けたまま短く答えた。


 自分もティルティフィクスの見据えている先に視線を戻し、シュナは思わずほうと口を開ける。


(本当に大きい……)


 砂漠の中に塔のようにそびえ立つ。

 それは遠目から見れば、第一階層、人間達の待機所に繋がる鐘楼塔にも似ているかもしれない。


 近づけば、天に向かって大きく伸びる鋏のような顎の形が見て取れた。


 土埃漂う中、巨大な全体像の輪郭をなんとか捉えたシュナはうえっと思わず顔をしかめた。


《おっきい虫!?》

《警告。これより先は戦闘範囲に抵触。ここで待機を推奨》


 ちょうどこれ以上近づくのは嫌だと思う理由ができたところでティルティフィクスから待ったがかかり、これ幸いとばかりに急ブレーキしその場でとどまる。


 特徴的な外骨格はやはり骨のない生き物のそれだ。果たして迷宮の生物を通常の生物に当てはめていいのか疑問の余地は残るが、端的にそれは何か表そうとするなら、二つの顎をギチギチ動かしている巨大な虫である。


 しかもシュナの知っている普通の虫より、大分縦長のようだった。顔や身体周りを覆う装甲は虫なのだが、細長くうねるそれはもはや蛇……というか百足の類いなのだろうか。


 興味本位で飛んできたが早速Uターンして布団の中に直帰したくなっているシュナだが、それをとどまらせたのは建物のような大きさのこの虫の周りを動く影が見えたからである。


 足下に集まっているのは冒険者達だった。

 どうやらチームを組んで、相手の攻撃を守る係、攻撃する係、様子を見て臨機応変に補助する係……と役割分担してこの強敵を相手取っているらしい。


 しかもそのチームがいくつも散らばって、思い思いの場所からちくちく攻撃を重ねているようだった。


 前線から少し離れた所には、なんと砂場に布を広げ、そこに腰を下ろして談笑している人の姿さえ見える。

 かと思えば今さっきまで術を唱えて火の玉を投げていた男が、額の汗を拭って下がり、談笑している人の群れの中にどっかり腰を下ろして自分も加わる。


 すると座っていたうちの一人が立ち上がり、腕を回しながら巨大な虫に向かっていく。


《あれはやっぱり、交代しているのかしら……?》

《肯定。レイドボスは体力がある。団体で挑み、数日かけて交代で倒すのが基本》

《でもこんなに大きかったらいるだけでも邪魔だし、大変よね……》

《レイドボスは位置が不動。加えてドロップ品が平常時より希少性レアリティ増加》

《あら、それならどこに出るか情報を共有していれば、敵わないような技量の人は避けられるし、腕に自信のある人なら安定して稼げるから……かえって歓迎ってことになるのかしら?》

《肯定。今回の出現場所は第二階層。アクセスも復帰も容易、他の魔物の心配もなし》


 ティルティフィクスとやりとりを交わしながら、シュナは安全圏から魔物と人々を見守る。


 遠距離から攻撃する人もいるが、意外と接近戦を挑む冒険者もいるものだ。

 虫は時折ぶるぶる身体を震わせ、無数の手足を叩き付けるように振り下ろす。

 それを盾で受け、あるいは避けてから剣やら槍やら振り下ろすのだ。

 器用なものだと感心する。


 上を見れば、虫の周りを優雅に旋回する物の姿が目に入った。


 竜――竜騎士達だ!

 思えば存在は知っていても、デュランとリーデレット以外の竜騎士にまともに遭遇するのはこれが初めてである。


 じっと見守っていると、やはり彼らも個別で動いているのではなく連携を取っているらしく、ある竜が攻撃のために口に炎を集めている最中、別の竜が周囲を飛び回って虫からの攻撃を防ぐとか、そういうようなことをしているようだった。


 ピイイ、ピイイと時折響く甲高い音は、竜騎士が吹き鳴らしている物、竜が鳴いている物、双方混ざっているらしい。


 虫は時折頭を振り、巨大な鋏で竜達の群れに襲いかかる。

 あんなものが当たったらいくら竜でもひとたまりもないだろうし、大きな口は何匹も丸呑みにできてしまえそうだ。


 けれど悠々と空中を支配する彼らは危なげなくひらりひらりと顎から逃れ、仲間の無事を確かめるようにまた高い音を上げている。


 じっとその様子を見守っていたシュナは、次第にこみ上げてくる衝動にうずうず身体を震わせ、まもなくガバッと勢いよく横にいたティルティフィクスに顔を向ける。


《わたくしもあの中に混ざっちゃだめ?》

《非推奨》

《でも……あんなに大勢いるし。それにわたくし、前より強くなったはずなの。それにそれに、あなただって守ってくれるのでしょう?》


 ぶんぶん尻尾を振り回して言いつのる青い竜に、白い竜は半眼を向けたが、ぶふっとため息らしい鼻息を大きく吐き出すとすっと目を細めた。


《――高速共有。伝達。参戦。戦闘領域展開》


 シュナの頭にびびっと衝撃が走り、身体の感覚が研ぎ澄まされる。

 どうやらティルティフィクスが素早く戦闘の準備を整えたらしい。


 歓声を上げてばさりと翼をはためかせ前進した彼女を、ピイピイと竜達が歓迎するように鳴いて迎え、背の竜騎士達が皆驚きに目を見張る。


《防護壁展開》

《支援要請――》

《既遂》

《能力補助》

《能力向上――》

《指揮、発動》

《全個体、能力向上――》


 今までにない速度で、竜達の無機質なやりとりが頭の中に流れ込んでくる。

 メッセージが訪れる度に、自分がより守られ、強くなっていくことを自覚する。

 身体の中に集まり、渦巻く力を感じるままシュナは大きく口を開いた。


 魔物がこちらに気がつき、鋏を振り下ろそうと構えたのが見える。


 カッ! と光が走った。

 シュナが放った光線は、顎に見事命中し、魔物が身をのけぞらせる。


《やったわ!》

《――油断禁物》


 歓声を上げる彼女の前にティルティフィクスの白い身体が割り込んだ。

 のたうち、地面の中に急速に逃げていく魔物は、去り際の断末魔と同時にいくつも口から弾を吐き出している。


 それら全てを起こした風でなぎ払った白い竜は、「だから調子に乗るなと言った」と言わんばかりにシュナを睨み付けた。

 高揚感がちょっぴり萎んだシュナがつと目をそらせば、どうやら地上の冒険者達の注目も集めたらしい。

 突如突っ込んできた青い竜の姿は目立ったらしく、皆空を指さして何か言い合っているのが目に見えた。


《ど――どうしよう、ティルティフィクス!》


 一杯集まっているからちょっとぐらい自分が参加しても埋もれるだろう。

 前に町に行って人混みに流されかけたのと同じように。


 そんな風に想定、楽観視していたのだが、予想外に目立ったことにシュナは顔を青くしている。


《しかもわたくし、トドメまで――》

《否定。ブレイクタイム。討伐には未達》


 皆の獲物を横からかっさらってしまったのか、ならばこれから待っているのはきっとお説教の嵐だと更に顔色をなくしていた彼女に、ピイピイ周りからお声がけがかかる。


《シュナ》

《おはよう、シュナ》

《ちょうどいい》

《レイドボス、ブレイクタイム》

《休憩の時間》


 魔物が砂の中に巨大な穴と円形のへこみを残して姿を消したのを見届けた後、彼女の周りに集まってきた竜達が愛想良く挨拶をしてくる。


 なるほど言われてみれば、冒険者達ものびをしたり武器をしまったり、敷布の上に寝っ転がったりと緊張していた空気が和らいだ気配を感じる。


 しばらくシュナを取り囲んで飛ぶ竜の上で大人しくしていた竜騎士達は、見慣れぬ白い竜と青い竜に興味深そうな目を向けていたが、互いに目配せしあう。笛を口に含み、一斉にピイピイと吹き鳴らし始めた。


《……ついておいでよって、言ってるみたい》

《非推奨》

《ついておいでって! 言われているの!》


 俺以外の誰かを乗せちゃダメとは相棒に言い含められているが、お話しちゃ駄目とは聞いてない。それに竜騎士ならきっといい人達のはずだ。というか単純に自分が彼らとお喋りがしたくてたまらない。


 尻尾をちぎれんばかりに振って主張すれば、ティルティフィクスはいかにも気乗りしなそうな態度ではあるもの、それ以上強引に止めるつもりもないらしい。


 結果、きらきらと好奇心に顔を輝かせながら、シュナは竜の群れの後に続いて鐘楼塔をくぐることになった。


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