竜姫 交戦する
《
場慣れの差だろうか、騎士の切り替えは素早かった。
瞬時に完全武装し、部屋を飛び出していく。
一方シュナは出遅れた。ちまちま皿を片付けていて、残るは一番楽しみにしていた好物のみ……というときに、さっと横から手を出されて片付けられてしまったような……とにかくなんとも消化不良かつ勢いを削がれた形だ。
しばし頭が真っ白になって硬直していたシュナだったが、くあ、と視界の端で大口の欠伸が見えたのをきっかけにはっとする。
待機を命じられたのはシュナだけのはずだが、二匹の竜も微動だにしなかった。
あれ? 今確かに助けを求める音聞こえてきたよね? と不安になるほど暇そうな顔をしている。
《あの……えっと……救命笛、だったかしら。音が聞こえた気がしたのだけど……》
《鳴ってたね》
《同意。可聴》
念のため恐る恐る確認してみたら、こともなげに二竜は返す。
シュナは一瞬黙り込みそうになったが、気合いを奮い立たせた。
《あなたたちは? 行かなくていいの?》
《あー。まあ応じてもいいのでありますが、階層が階層ゆえ。こんな所でコケてる奴に先はないのであります。それに此方の任務は姫様の護衛、その他は優先度が落ちるのであります》
翼の端で頭をかきながら、いかにもつまらなそうな様子でウィザルティクスが答えた。ネドヴィクスは黙ったままだが、特に異論を唱える様子はない。
……彼らが繰り返し言葉にしてきたことではあるが、本当にこういう場面でも何とも思わないんだ、と少なからずショックを受ける。
(エゼレクスなんて特に、色々言うけれどちゃんと最後にはきっちり助けてくれるから……その印象が強かったけど。むしろこちらの方が彼らの通常状態なのかもしれない。思えばわたくしのことだって、様子を見ている段階では危機に陥っても手を出そうとしてこなかった竜達がほとんどなのだわ)
頼りにはなるけれど、甘えてはいけない。ごくりと喉を鳴らしたシュナは、ふと思いついたことに眉の辺りに力を入れる。
《でも……待ってほしいの。だからこそ、おかしいのではないかしら》
《何が、でありますか?》
《浅い層、楽な所……それでも笛を吹かないといけない事態になったということは、よっぽどのことがあったのではないのかしら。思いもよらない強敵が現れてしまった、とか、大怪我をして動けない、とか……本当に困って、やむを得ないから吹いているのではないかしら》
《可能性はあり得るのでありますね。ま、不運も実力の一つであります》
あくまで無関心を貫こうとする態度に、シュナは呆気にとられるのを通り越すとだんだん腹が立ってきた。
デュランが飛び出して行ってから笛の音は聞こえなくなったが、彼が戻ってくる様子もない。無音の通路を睨みつけ、シュナは腰を上げた。
《やっぱり放っておけない。行くわ》
《それはどうなのでありましょうか。デュランなら不測の事態であっても、大体一人で対処できるのでありますよ? 経験の多い彼が、判断した上で待機を命じているのであります。余計なお世話という奴なのでは?》
《わかっているわ、邪魔をしなければいいんでしょう! お節介と言われてもわたくしは行く。誰も応えてくれないのが、一番辛いんだから……!》
シャー! とシュナの口から威嚇の音が漏れた。飛び出して行った彼女の背を見送って、ピンクの竜が立ち上がりながら銀色の竜に流し目を送る。
《怠惰。敵。仕事》
《はー……仕方ないのであります。
お目付役は顔を見合わせると駆け出す。
先行するシュナは、小さい身体を生かして通路を素早く進んでいく。アグアリクスとの飛行訓練の成果か、何度かあったカーブも危なげなくこなし、障害物も避けた後飛び出した先は解放感溢れる大部屋だった。
縮めていた翼を思いっきり広げた彼女は、けれど部屋の中央にそびえ立つものをみて思わずあんぐり口を開ける。
《――お化け花!》
思わず彼女がそう口にしたのも無理はない。端的だが的確だった。
竜のシュナよりずっとずっと大きな花。毒々しく咲き誇るそれは、すすり泣くように花びらを震わせ、いかにも身体に悪そうな粉をまき散らしている。花の中央から伸びているものは舌、涎をまき散らしながらゆっくり左右に揺れている。
前にデュランと遭遇した植物の魔物、マンドレイク。あれを嫌という程巨大化させて、更に醜悪にした姿、とでも言おうか。
こみ上げる嫌悪感を堪え、花の部分から茎、それから根に相当する場所まで目を移してシュナははっとした。
《デュラン!》
《――シュナ! 来たのか》
蠢く植物の根の、中と言おうか、間と言おうか、その辺りに彼は陣取っていた。
すぐにでも側に行きたかったシュナだが、飛び込むのは躊躇した。
巨大な花は根をまるで自分の腕のように振り回し、デュランに襲いかかっている。
彼は大きな剣で応戦していた。どうやら誰か抱えていて、そのせいで防戦気味、移動が難しく突破口を開けずにいるらしい。
《わたくしはどうすればいいの? この人、焼き払う!?》
とりあえず空中にいる分には比較的安全そうだが、根の攻撃をかいくぐる、あるいは全て撃ち落とすのは厳しいかもしれないと思ったシュナは、高度を保ちながら叫んだ。
《えっと……できるなら願ったり叶ったりだけど、ちょっと厳しいんじゃないかな! あと全部巻き込まれるのはちょっと――俺はともかく、怪我人が厳しい!》
竜騎士の返事に、シュナはきゅう、と呻く。
それなら一体どうしたら――と考えようとしたのとほぼ同時、ぐらっと頭を揺さぶられるような感覚があった。危うく空中でよろめいた彼女の脳内に、無機質な音声が響き渡る。
【――警告。強制接続は神経にエラーを起こします。慎重な同調を行って下さい――】
《接続成功。支援開始。
聞き慣れた声が耳に入ると、シュナの意思とは無関係に勝手に身体が動き、飛行姿勢を保って高度を戻した。目を丸くしているシュナの視界に、ピンク色の身体が広がる。更にもう一体、びゅんと空を裂いて上昇する影があった。
《ははあ。第四階層エリアDの奴でありますか。こんな所に出てくるとは、また変な所に
シュナが自然とその後ろ姿を追いかけて顔を上げると、銀色の翼を大きく広げ、花弁の広がる場所よりもさらに上、遙か上方まで一気に上り詰めた竜が、くるりと身体を反転させて巨大な魔物を見下ろし、鼻を鳴らす。
《……オーケー、ネドヴィクス。そっちの準備が終わったら合図を送るのであります》
《了承》
ピンクの竜は短く応答すると、シュナの背後に回り込んできた。
なんだかやけに距離が近いような、と背後の気配を感じていると、ガシッ、と両手で掴まれる感触がある。「ん?」とシュナは首を捻った。彼女の身体は相変わらず、どこか他人の物のようであまり自由に動かない。首を動かして見たい方向に顔を動かすぐらいならできるのだが、手足と翼がどうも重たいというか、誰かに動かされているような感じがするというか……。
《警告。姫。口。閉鎖》
《……え?》
《急速落下》
予告があっただけ有情と思うべきか、言わんとしていることはギリギリ理解できるがもっと優しさを見せてと苦情を申し立てた方がいいのか。
ともかく、この色々足りない言葉を連ねるが嘘は吐かない竜は、いつも通り宣言のままの行動に出た。
シュナを抱えたまま、いきなり急下降――というか自由落下を開始したのである。
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