竜騎士 痣を追う

「お、君もようやくちょっとはこの領域に興味が出てきたかい? そうとも、伝承を単なるお伽噺と考えるのは早計だ。噂には元になった話があり、変容することにも理由や規則がある。伝承の人物は実在していたのか? 私は可能な限りそういう説を推していきたい。ロマンがあるからね」


「ここからは完全に私個人の推測――というよりはまあ妄想の域になってしまうかもしれないのだけれど。聞きたいかい? よーしよしよし! 座りたまえ! 聞いてくれたまえ! ほんっと、この領はむちゃくちゃなこと言ってもある程度目をつぶってもらえるから最高だよ。生まれの階級によって露骨に態度分ける我が故郷こと王国様にも見習ってほしいもんだ、オッホン!」


「……さて。痣を持つ男の伝承は散見されるが、そのどれもが迷宮と密接に関連している。一番有名なのは、彼が迷宮に罪人として送られたという話。素性、罪の内容、実際に悪人だったのかという解釈、それから迷宮への具体的な送られ方――多少のパターンの差異はあれど、時の国王の怒りを買い、当時の災厄の責任を負わされて迷宮に投げ込まれたという流れは皆一致している」


「しかしいくつかの話では、この後少しだけ続きがあって、痣が国王に移ったとでも言うような描写がされているんだよね。ところでこの痣についてはどう考える? 呪い? 感染性の病気? はてさて」


「……で、今日は自由に勝手に私の論を述べさせてもらっても良いんだよね? 思うまま喋っていいんだよね? 私はね、これ、風土病か一族特有の病気だったんじゃないかと考えているんだ」


「病気の詳しいメカニズムや治療法はさすがに専門外だけど。でもほら、ある地方とか、ある一族にだけ出る特有の症状や特徴って、あるだろう? 白い髪の一族がいて、代々皆身体が弱いとか。とある貴族の男性のみ、成人後急に身体を壊す、とか」


「うーんそうだな……例えば猫。迷宮領でも港地域で大人気の彼らに、毛並みは白、左右の目の色が金と銀って非常に綺麗な見た目をした子が稀に産まれてくることはご存知? まあ知ってるよね、高級品扱いされてるし。じゃあ、そういう色の特徴を持つ子って、皆耳が聞こえにくい特徴を持ってるってことは? ふむふむ、さすが。そうなんだよ、ある種の見た目ってのは、ある種の特徴、病気、障害と関連する――可能性がある、ぐらいにしておこうか」


「あとはほら、成長の過程で色合いが変わることってあるでしょ? 馬種の一つシャフリエールなんかすごくわかりやすいよね。君の愛馬でもあるから知ってるだろう? 子どもの頃は真っ黒だけど、成長するにつれて毛色が変わり、大人になると真っ白になる。人間でも、子どもの頃は茶髪っぽかったのに、大人になったら色が薄くなって金髪っぽくなったりとかさ。逆に子どもの頃は白い肌だったけど、大人になったら色が定着する、なんてこともあるでしょ?」


「……で。例えばの話だよ? 黒髪黒目の子には必ず痣ができる。その痣は、子どもの頃は目立たないけど、大人になるとくっきりしてくる。だからこの、王に後で痣が出てきたってトリックは、そういうからくりだったんじゃないかなあ……なーんて、個人的には思うわけですよ。痣の男は追放された元王家の人間、国王とは兄弟だったって説が最も有力なわけだしね」


「じゃあどうして痣のある人間が排除対象になったのかって言うと、単に見た目がグロテスクだから嫌がられたのかもしれないし、あるいは痣は表層的特徴、金目銀目の白猫の聴覚みたいに、痣持ちは皆心臓が弱いから長生きできない、だから指導者には不足とか、そういう理由が裏にあったのかもね」


「いやいや、顔しかめてるけど見た目って大事だよ? 実際、君は人の好調不調をどこで見る? 見た目でしょ? 恥じることはない。生き物の生存戦略、健康体の方がよくて病気はなるべく避けたい、これは当たり前の思考かつ嗜好なんだ。本人だって生き残りやすいし子孫だって残しやすい。だから我々は皆、健康体に好意を持つように、自然と若い美男美女に惹かれ――」


「あれ? 話逸れてる? なんだっけ? あ、そうそう、痣の男の伝承が聞きたいんだったよね。ええと何だっけ、今話したのが痣のせいで迷宮に追放されたって話? じゃあ次だ」


「とある男が迷宮で竜と旅をしたという話。これは君たち竜騎士の方が詳しいかもしれないね。最初の竜騎士の話、で伝わっているんだっけ」


「概要はこうだ。ある日、迷宮に死にかけの男がやってきた。珍しい特徴を持っていたので、興味を抱いた竜が連れ帰り、献身的に面倒を見た。彼はやがて奇跡的に回復し、竜と一緒に迷宮を冒険した。そしてその際、竜から顎の鱗――逆鱗をもらった。特別な相手と逆鱗を交換するという風習や、鱗を加工して笛として使用することを最初に始めたのはこの人だって話だっけ」


「ただこっちの話は、バージョン違いがいくつか存在するというか、竜に気に入られて一緒に冒険したって所は同じだけど、身体の特徴や本人の素性は諸説あるんだったっけ? 痣のあるなしも、著者や語り手の方針によって変わると」


「ま、この話に関しちゃ、痣があることより、竜と人が鱗を介して交流できて、気に入られたらもっとすごいことができるって話の方が大事だからね。人間の身体特徴なんかそんな気にしなくて良かったんだろう、乗れさえすればいいんだから」


「ああごめん、ちょっと乱暴過ぎたかな? ともかく、私が言いたいのは、飛行適性や嗜好適性と見た目にそこまで関連はないだろうってこと。赤髪だから選ばれるとか、別にないんでしょ? 竜がどうやって我々を選別しているか……これが解明できればまた面白いんだろうけどね。聞いても答えてくれないんだから推測するしかない。というか人の好みみたいに、彼ら自身よくわからないまま、雰囲気とか気分とかノリで選んでる可能性も大ありだしね」


「……また逸れてる? ええとなんだっけ。痣。痣。そういえばもう一つあったね、重要な伝承が」


「とある男が迷宮の至宝を地上に持ち出し――そして地上は女神の怒りを買って滅びたという――そう、皆様ご存知、迷宮の至宝伝説!」


「前の伝承の最後と繋がってることもあるよね。竜と初めて心を交わした男は迷宮の最奥に至り、女神に許しを得て至宝を手にした。だけどここまで有名、冒険者達の潜る大きな理由の一つであるにもかかわらず、至宝とは一体具体的には何なのか、その辺りが曖昧だ」


「それは宝器の一つとされている。手にした者は世界を手に入れられるとも、望むことを何でも叶えられるとも伝わっている。聖杯? 鏡? 剣? あるいは指輪や首飾りのような装飾品? どうもイメージがバラバラで、ちっとも固定されてない。至宝ってなんだ? 最も尊い宝って何なんだ? ちなみに至宝に最も近いって言われてる元最高の竜騎士様、現割とすごい冒険者たる孤高の覇者様的には、一体どんな考察を――」


「……え、何また逸れてる? 痣の話をしろ? えーと、だから……そうそう、だから、えーと。私はね、あの痣は風土病、というかとある一族特有に表出する特徴の一種なんじゃないかと思ってるんだ。目が青いとか髪が茶色いとか背が高いとか、そういうのと大差ないよ。触っても何ら移るもんじゃない。ちょっと見た目ビックリするけどね」


「ただ、彼女にかかってる呪いが痣と関連している説は、現時点ではやっぱり捨てきれないかな。というか大いにあると思う。呪いがあるから痣が出たのか、痣があるから呪いをかけられたのか。興味深いね。はは、まるで伝承その通りじゃないか。君はどっちが先だと思う?」


「悪かったって、知的好奇心がつい。そうねえ……確かに似ている。偶然と呼ぶにはちょっと一致要素が多すぎる。私は、さっきも言った気がするけど、伝承の人物は実在する――特にこの痣の男の場合、これだけ何度も出てくるからね、そういう特徴を持つ人が過去にいたってことぐらいは、事実なんじゃないかなあって思ってるよ。だからその人の子孫とか血縁者って可能性は十分あり得る。なんだかロマンティックだね」


「でも彼女、何も覚えていないらしいし、そもそも喋れないんだものね。残念だなあ、話せたら色々面白い話が聞けたかもしれないのに――」


「――おや。呼び出しかい? 残念。いい所だったのに。ははん、その顔は件の美女の事でまた何か一悶着あったな? 大丈夫、だーいじょうぶ。言っただろう。人間が美しい物に惹かれるのは当然のこと。私は美男美女が好きだからね。どうぞ目の保養にさせてくれたまえ」


「ムキになる方がそれっぽいって知ってるかい、若人や。まあいい、行った行った。心ここにあらずな生徒は日頃の講義で十分間に合ってるんだよ」


「――ああ。古書? 別に持っていってもいいけど。ほほー、なるほど深窓の令嬢は本マニアか。これがギャップ萌えって奴なのかね」


「やめたまえ。もうからかわないから、予算のことを持ち出すのはやめたまえ。研究には必要なんだよ! 一見無駄に見えるあれこれも! そういう所を効率化するのって文化の発展によくないと思うな!」


「……まあ、またいつでも来たまえ。持論を展開するだけで君の助けになるならお互いきっとWin-Winって奴さ。ははは」

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