亜人 思いつく 後編

 特級冒険者と一級冒険者のつかず離れずな道行きの後には、魔物の屍、そして有り余るほどの素材が残される。最初にオルテハが好きなようにかき集め、残りを丹念にザシャが浚う。稼ぎが直結しているのだ、普通なら冒険者は素材回収に精を出すし、しばし揉め事の元にもなる。けれど特級冒険者がさほど執着する様子を見せないのは、いつでも取り返しが利く、と考えているからだろう。


 不満どころか殺意を隠しもしなかったオルテハは、いまいち近くをふらつくザシャを振り切れずにいる。本人がしつこいせいもあるが、一緒にいる方が安全かつ効率的に迷宮を回れるからという理由が最も大きい。


 何しろ基本的に敵が一撃で死ぬ。というか、一撃以上かけていたら特級冒険者様が遊んでいる証拠である。


「だってもう結果はやる前からわかってるわけじゃない? なら、過程を楽しむしかないからさぁ」


 ……なんて、本人が薄ら笑いを浮かべながら話していたことだったか。


 これで人格が破綻していなければ、せめてあと少しでもまともな人間の感性を持ち合わせていたら――とは一体何人の関係者が考えた事だろう。

 オルテハは逆の意見だ。何人もが束になって苦戦する相手にけろりと身一つで挑み、多量の土産を提げた手をぶらぶらとさせながら無傷で帰ってくる。その上顔立ちも体つきも整っている。勉学の経験については擁護できないが、知識は豊富だし頭も口も回る。血筋の事なら妾腹でもギルディアで最大規模を誇る部族の長の三男、亜人界では立派な有名人である。

 そこにもし、性格の良さなんて物が加わったら? 彼女の最も忌み嫌う種類の人間ができあがる――そう、ちょうど次代侯爵閣下のような、女の子達からの黄色い声を一身に浴びてデロデロしているクソ鼻持ちならない男になるではないか。


 それなら頭がイカれているぐらいでちょうどいい。ザシャだって女の子からモテていないわけではないし、それはもうとっかえひっかえしているが、相手を欲望処理の対象としてしか見ていないのがにじみ出ているのだ。そこがさっぱりしていて好印象……と生粋の同性愛者には映るらしい。


 似たもの同士、とか変態るい変態ともを呼ぶ、なんて事を心に浮かべてもけして本人に言ってはいけない。オルテハの投げナイフは本来とてつもなく正確に当たるし、ナイフ自体に術が仕込まれていてかすり傷だけで終わらないようになっているのだ。

 大概宝器使いは宝器に、術士は術に頼る者が多いから、彼女のように組み合わせ練り合わせるスタイルはかなり独特である。体中に入れ墨で魔法陣を作って自分自身を軽めの武器庫にしているのも、オルテハオリジナルだ。ザシャなんかちょっと羨ましがっていた事もあったが、彼は術とすこぶる相性が悪いらしいので自分への導入は諦めた。代わりに一際性能の優れた収納用宝器持たされてるじゃないか、と睨まれると、「実用とロマンは違うんだよなあ」なんて肩をすくめてみせたものだから、ますますオルテハの目は冷たくなった。



 さて雑に冒険を済ませた亜人達は、一度別の階層に移動し、腰を下ろしておのおの作業をしていた。炎の間から出た先は森の間だ。悪くない、とどちらともなく呟く。


 魔物避けの術を描き終わってゆっくりする場所を確保したオルテハは、早速拾い集めた石の選別を始めた。めぼしい物を選んでは、低く呪を唱えながら磨き、新たなナイフを作っている。一つできあがると、また呪を唱えながら、腕に、足に、肩に、太ももに……しまい込んでいく横では、ザシャが本日の戦利品の仕分けに勤しんでいた。


「ああ、そういえば」


 何か思い出したらしいオルテハが作業の手を止めて声を上げる。


「さっき、リボンの話をしたじゃないか。それで一つ、思い出したことがあるんだけどさ。あの子、足に巻いてたんだよ。服の裾めくり上げた時にさ、こう、太ももの辺りに、紐みたいな……うん、やっぱりリボンだったと思うのさ、あれ。何かのおまじないだったのかね? それとも御曹司の趣味か? 手を出してたようには見えなかったんだが。しかも随分雑な結び目だったような……」


 からん、と鳴ったのはザシャが積み上げていた魔石の小塔の一つを倒した音だろう。そちらにはさほど構わず、顔を上げたザシャは静かに低い声で問いかけた。


「色は?」

「え? 何?」

「その、足に巻いてたリボンの色。何色だったの」


 少し遅れてから、思い出したように口の端を上げてみせるザシャだが、目尻の方は動いていない。


「さあ、どうだったかねえ……何せ夜だから暗かったし、すぐにカルディに邪魔された。本当に一瞬のことだったんだよ、だからようやく今思い出せたぐらいだし」

「でも印象に残ってた。うん、いいね。さすがテハちゃん、素晴らしい」


 えーと、と唇に指を当てて上方を見つめ、思い出すために考え込むような素振りを見せながら話していたオルテハが、今度は面食らったような、それから露骨に気持ち悪がっている表情に顔を歪める。


 じりじりと座ったまま尻でいざって距離を取られても、ザシャの傍目にもわかる上機嫌な様子は揺るがなかった。今度はちゃんと目も笑っている。どこか見る者の気分を悪くさせる色を宿している所は変わらなかったが。


。それに結構な丈があった。細い太ももに巻くには余りすぎるぐらい。レースと、あとは花みたいな飾りがついていたでしょ? きらきら光る石と一緒に」

「そうだねえ……そうそう、長かったのは確かだ。それに白かったらもっと暗い中で目立ってたろうし……ああ、確かにそんなゴテゴテしたものがくっついてたよ」


 で、あんたはなんでそんなに気持ち悪いほど言い当てられるんだい。


 と口に出しかけた言葉がなんとなく引っ込んでいく。

 ただならぬ様子を感じ取って困惑から警戒を始めたオルテハだが、ぱん、と急にザシャが手を叩いたのでびくっと跳ね上がってしまった。


「ところでテハちゃん! シュナちゃんの方は、その後進捗いかが」

「はあ!? ……あ、あー。そういや気にしてたな、ええと」


 またも空に視線を彷徨わせたオルテハだが、さほど時を置かずにザシャに目を戻し、ゆるやかに首を振って見せた。


「やっぱり駄目だな。芳しくない。てんで情報が落ちてこないのさ。そもそも件の竜、御曹司がいないと待機所に出てきやしないんだって? 珍しくいる時も、他の奴がべったりくっついてて、よそ者をよせつけないらしい。それこそリーデレットぐらいみたいだね、まともに接触できたのは。他の竜騎士だって、話は聞いてても、本人と絡めた奴はいないみたいだよ」

「ふんふんふーん……相方の独占欲か、本人が内気か、護衛の警戒が強いのか……全部かな。ま、予想の範疇ではあるけどさ。そうだよねー、そっちにアプローチかけるのは難しいんだろうなーって気はしてたんだ。僕、一回ちょーっとテンション上がりすぎて早まっちゃったし? テハちゃんのこと笑えないね」

「……何考えてやがる? 顔がいつもの三割増しで気持ち悪い」

「え? ヤッダー、わかるぅ? 君たち流に言うと、ろくでもないこと、だったりして?」

「そればっかじゃねえか」

「そうだよ? 僕はいつも下らないことに頭を悩ませている。でもそれは、人類皆同じでしょ? 君たちはすぐ僕を仲間はずれにしたがるけど、何も違いはないんだよ。何もね」


 いや絶対に同じではない、と心の中だけで毒づいたオルテハは、ふんと思い切り鼻を鳴らした。


「ったく、クソ忌ま忌ましい……でもこのまま引っ込むって訳にもいかねえだろうが」

「ウィ。では今後とも引き続きヨロシク。僕は君に女の子を斡旋する。君は僕に情報を流す。世界は平和になる。オーケー?」

「うるせえ。あたいはもう上がるよ。なかなか収穫があったからね、あんたと長居してヤな気分に逆戻りはごめんだ」


 何気なくザシャの零した魔石をいくつかかすめ取って乱暴に荷袋に突っ込んだ後、オルテハは立ち上がった。特級冒険者の方は相変わらず穏やかに笑うのみ、手癖の悪さは見えているだろうに指摘すらしない。


 いや、いよいよ彼女が荷物を手に歩き出そうとした時になって、待ちなよ、と声をかけた。


「テハちゃん。もう一つ出血大サービスしてあげようか」

「あ?」

「彼はリボンを二つ買ったんだよ。片方はその場で女の子にあげた。色は白」


 オルテハが飽きる前に素早く終わらせようと言うことなのか、それとも興奮しているのか。多少早口になる男だが、まるで練習した台詞のようにすらすら聞き心地のよい音を流す。


「まあ正確には髪飾りだったんだけど、早速その場でつけて町を連れ回してさ。痺れるね! どんだけ惚れ込んでるんだろ。なのに一つ屋根の下で暮らしててまだ寝てないってんだから、高貴な人間って生き物の思考回路は支離滅裂だよ。まあよりによって白色を選んじゃう所とか、基本はこれでもかというほどわかりやすいのにね。たまにそうやって意味不明なところが本当に大好き。人生には意外性も必要だからね」

「……あたいには全く何の話をしてるんだかサッパリなんだが?」

「そう? 残念。じゃあ本題に入る。リボンはもう一つ購入されてたんだ。ピンク色で結構な丈。そっちは誰用? 常識的に考えればすぐ予想はつく。さっき話したばかりだもん。ほらほらねえねえ、すごくわかりやすいでしょ――?」

「ったく、喋るならわかるように喋れよな。聞いてたあたいが損した。あばよ、イカレ頭。またなんて言わねえぞ、どこぞで野垂れ死ね」


 どうやらオルテハは途中から興味をなくして聞き流していたらしい。会話の切れ目になると、しめたとばかりにさっさと打ち切り、止める隙を与えずさっさと撤退していった。


 ぽつりと残された男は、彼女のまき散らしていった魔石の屑をせっせと集めながらぼやいている。


「……本当に気が短いんだから。一番いいところを聞き逃すなんて間の悪い子だこと。ねえテハちゃん、簡単なことだよ? もし君が見たのがピンクのリボンだったんなら、とってもおかしいことが起きているんだ。だって白い方は女の子に、ピンクの方は竜に……常識で考えればそのはずなんだからね」


 聞き手を失ったことを拗ねてでもいるのだろうか。言葉には多少力がないが、独り言が止むこともない。


「まあ、僕はどっちでもいいんだけど。でもさあ、これだけ親切にしてあげたのに、やっぱりテハちゃんはちょっと役者不足なのかなあ。笑いには恵まれてるけど運がないのってマイナスだよね」


 ようやく一つ残らず鞄にしまい込み、丁寧な手つきで蓋を閉める。まだ座ったままの亜人は、歌うような抑揚で早口を続ける。


枢機卿カルディ。なるほど、それはちょっぴり驚き。意外性。いいね。偶然じゃない。迎えに来た? 抑えに来た? 何を? どうして? 何のために? 法王? そうだね。そうだろう。でも足りない。それだけじゃない。臭い。臭う。怨念渦巻く情の名残を感じるんだ。なら仕事だけじゃない。極めて私的な背景があるはずだね。それは一体何? カルディ。ユディス。レフォリア。ってことは育ちがレフォリエルか……」


 ぶつぶつと低く呟いていた男が、突如黙り込んだかと思えば、にんまりと口を三日月の形に開いた。


「それはさすがにできすぎじゃない? ああでも、もし、もし? そうだったら? ……最高の舞台になったちゃうじゃないか」


 声が上ずり、震える。湧き上がる興奮をなだめるように、彼はぺろりと舌で唇をなぞった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る