竜姫 更に震撼させる

《とりあえずおシュナや。あれだ。そういうことが知りたかったら、外で女の子のお友達を作りなさい。……というか確認忘れてたけど、今後も外に行くご予定、あるんですよね?》


 プルプル震えていた竜達だったが、しばらくすると立ち直ったのか、エゼレクスが代表して口を開いた。

 シュナはちょっと考え込んでから答える。


《そう、ね……あなたたちともお話したいし、迷宮をもっと冒険してみたいけれど、お外の世界も行ってみたい。行っては駄目と言われるのは、嫌よ》


 竜達がそれぞれため息のようなものを漏らし、《そうだよねえ……》とエゼレクスが遠い目になる。シュナはもう少し考えたからまた疑問を覚えた。


《ね、お友達って何? 女の子じゃないといけないの?》

《んー。仲良くしてくれて、一緒に居て楽しい? みたいな? 女性でもいいけど……年上過ぎるのもなあ。どうなんだろうね? 経験者の方がいいの? いやそもそも経験者ってどうやって見分けんの? 匂い?》

《我に振るなと言っておろう》

《あ、そっか子どもいる人に話振れば必然的に経験者に――》

《そうであるな、どちらでも良いのではないか……我々のみでは人間の常識を伝授するには限界がある》


 ぴしゃんとエゼレクスの言葉をはたき落とすアグアリクスだが、いまいち覇気がないというか、げっそりやつれているように見える。


 トモダチ、トモダチ、と口の中で嬉しそうに繰り返していたシュナは、ふと困ってきゅうと鳴いた。


《でも、お友達ってどう作ればいいの? わたくし、人の姿の時は言葉が話せないのよ。身振り手振りや文字で伝えることもできないの》

《あー。それはあれだよ、たぶん人間化しても君の中に残留している迷宮の因子が、外部に機密漏洩するのを嫌がってるんだね》

《不便でもあろうが、我々からすれば安心もしている》

《突然死や正体ばれに比べればね。口封じぐらい安いものだよね》


 む、とシュナは彼らがシュナの外の在り方にさほど問題意識を抱いていない様子を若干不満に思う。一方でやはり推測通り、自分が喋れないのは迷宮のせいであり、竜達も外でシュナの正体がバレることには否定的なことを理解した。エゼレクスは何度も首を捻り、尻尾をゆらゆら揺らしている。


《しかし友達、友達かあ……まああれだ、とりあえずこう、ニコニコ笑っておけばいいんじゃないの?》

《……それだけでいいの?》

《社会性を持つ生き物は相互作用する。その基本法則の一つに返報性というものがある。ギブアンドテイク。人は与えられた物に、同等の物を与えるようにできてるのだ》

《好意には好意を。敵意には敵意を。シンプルかつ合理的でしょ? それを繰り返したら、自分を大事にしてくれる人とは仲良くなれるし、相容れない人とは離れられる》

《……わたくしが笑顔で居れば、周りの人も笑顔になって、わたくしが仲良くしようと思って行動していれば、周りの人もそうしてくれるってこと?》


 そんなに簡単なものだろうか、人間の社会ってもっと複雑にできているように見えたけど。

 口に出さないシュナの続きの言葉を顔色から読み取ったのだろうか、エゼレクスはばさばさ翼を動かして首をすくめる動作をする。


《基本的には。何事も例外と応用が存在する。好意を向けても返されないこともあるし、誰にも彼にも敵意を素直に向けていたらひとりぼっちになっちゃう。……とは言え。君はファリオンとシュリの子だから、たぶん結構勘はいい方だと思うんだ。さっきも言ったけど、いいなって思う人にはニコニコしてくっついて回って、嫌だなって思う人とはなるべく一緒にならない。それが基本だよ。でまあ、自分と似たような境遇の人――君の場合、十代後半から二十代前半の女性ね――とかと友達だとさ。話を合わせやすいし、困ったとき、何かと助けになってくれることが多いから、だから女の子の友達を作りなさいって話に戻ってくるんだな》


 そこでずっと黙り込んでいたネドヴィクスがすっと声を上げた。丸く縮こまっていた身体をすっと伸ばすと、挙手をする動きにも似ている。


《提案。友人。自分。逆鱗》

《そうだねえ、確かにリーデレットは割とよいお友達になってくれそう――》


 リーデレットなら既に知っている人だしいい人そうだし自分にもやれそう! と思っているシュナから少し離れた所では、緑の竜がピンクの竜をじっと見つめ、優しい声を上げる。


《ところでネドちん? 今ほら、異性とのお付き合いについて相談できる相手という文脈でのお友達作りという話の流れになっていてですね? つかぬことお伺いしますが……君の逆鱗って、彼氏いたことあるの?》


 ……なんとなくシュナにもわかってきた。彼が猫を撫でるようなことさら甘い声を出すのは、こう、彼なりの威嚇というか、よくないことの兆しへの構えというか、そういうものなのかなと。

 ネドヴィクスは相変わらず、人間より表情の読みにくい竜の中でもさらに動かない鉄壁の無表情を保ったまま、かぱっと口を開いた。


《皆無。処女。保証》


 ずるっと音を立てて黒い竜と緑の竜が両方体勢を崩した。復活したエゼレクスの口元がわなないている。


《うん、非常に簡潔でわかりやすいし、求めていた情報ではあるんだけど、お前はやっぱりもうちょっと会話機能を充実させた方がいいと思う》

《貴様のように余計な事ばかり言うのも考えものだがな》


 アグアリクスがボソッと刺すが、混沌と異端の竜は聞かなかったことにしたようだ。


《オーケー、リーデレットはいい人だけどシュナが伴侶捜しについて相談する相手としては割と不適当なことまで把握した。……でも、あのさあ、真面目な話、仮にも逆鱗に対してこの仕打ちはちょっと酷くないか、ネドちんや。いや聞いたのぼくだけど。ぶっちゃけ言う前から答え察してたけど。でもさあ、やっぱり物事には言い方ってものがね……》

《ねえエゼレクス、処女って――》

《ほらなそんな予感がしてたんだよ、こうやって二次災害がぼくに回ってくるんだってね! ちなみに恋愛経験の少ない人って意味だよおシュナ、それ以上深く聞いてくれるな! 大人になったら教えてあげるからね! あっ大人になった後だともう遅――いや知らんわ、混沌と異端の竜にも守備範囲外は存在するんだよ!》


 カッと目を見開いて早口でエゼレクスが言ったので、シュナも釣られて目を丸くする。アグアリクスは「我、関係ありませんよ」とでも言いたげに明後日の方向を向いており、ネドヴィクスは騒動の渦中にあって一人だけ静かである。


(……でもそれならわたくしだってそうなのではないの? 同じ境遇の人は話を合わせやすいってさっき言っていたばかりなのに……エゼレクスのこだわりってわからないわ)


《あのね。女の子のお友達が必要なのはなんとなくわかったし、リーデレット様とはわたくしも仲良くしたいと思ってるけれど。男の人と仲良くするのは絶対に駄目なの?》


 シュナにとっては当然の質問だし、補足が出るのかなと思って待っていたらなかったので一応確認してみただけのことなのだが、その瞬間枝が大きく揺れた。三竜が一斉に飛び立ってシュナを取り囲み、鬼の形相で食ってかかったからだ。


《駄目に決まってるでしょ馬鹿か。いや違う、無知だ。だとしても駄目だからね!》

《許容できぬぞ、シュナ。我は貴方の自由を尊重したいと思うが、秩序の頂点として、そのような危険を許すわけにはいかぬ!》

《不可!》


 さすがに怖くてきゅーきゅー声を上げると、圧は弱まり、皆はっとしたように二歩ほど後退する。……ちょっと落ち着くと、特にアグアリクスが「お父さんそんなこと絶対に許しませんよ」と笑顔で言っていた時のファリオンと勢いやら雰囲気やらが似ていた気がするが、気のせいだろうか。

 なんでこの子そんなこと言い出したんだろう、という顔をしている面々を見回して、シュナはおずおず言った。


《だって……デュランは男の人でしょう? デュランと仲良くするのはいけないことなの?》

《ねえキューティープリンセス、なんでそう、答えにくい所ばっかりピンポイントで来るの!?》

《つい最近、全竜評議会で激論の末結局結論を出せずにいた議題を、まさかここで問われることになろうとはな……いや本来予想できないでもなかったからこその評議会だったのだがな……!》

《深刻……!》


 再び三竜はぴったりと(シュナに比べれば)大きな身体を寄せ合ってブルブル震え出す。


 デュランのことってそんなに大問題だったのか、と驚いているシュナの前で、彼らは先ほどにも増して深刻な面持ちで相談を初めた。




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