竜姫 飛行訓練をする
竜達がひそひそシュナを省いて談義を始めたので、しばらくは大人しく待っていたシュナだが、途中一度だけ声をかけた。自分が混ぜてもらえなくてちょっと寂しかったのもある。無視されたわけではなくてほっとした。まだかなまだかな、と見守っていると、シュナの声かけによって急いだのだろうか、比較的すぐに結論が出たようで、またエゼレクスがまとめた話をしてくれた。
デュランと仲良くしてもいいと言われ、シュナはほっとする。正直竜達の顔色を見ていると、もう会っちゃ駄目外出禁止というぐらいの勢いも垣間見えたような気がしたので、いつそう言われるかとハラハラしていた部分もあった。
しかし、たぶん自分の事を案じて心配してくれているのだということは理解できるし、最終的にはシュナの好きにしていいと言ってくれた。それがとても嬉しい。
《さて。気を取り直して、聞きたいことは他にない? できればデュラン関連以外。今ちょっと一時でもいいからあいつの顔を思い出したくな》
《私怨を露骨に出すでないわ》
《醜悪》
ニコニコ見た目は爽やかに喋っている竜に、横からため息が二つ分かけられるが、彼は笑顔で黙殺した。
どうもエゼレクスはデュランのことがあまり好きでないのかもしれない。直接やりとりを交わしていたときも妙に突っかかっていた気がする。が、その辺りをあえて口にするとまた新たな争いを生むような予感もあって、シュナは心にとどめたまま、素直に迷宮の外のことから迷宮の中のことを考え始める。
《まだまだたくさんあるわ。ありすぎてどれから聞いていいのかわからないぐらい。迷宮のことだって、竜の時のわたくしのことだって、知らないことだらけよ》
彼女の答えに、三竜はうんうんと頷き、再び活発な相談を始めた。
《そうだねえ。竜がどういう生き物か……もうちょっと色々慣れておいた方がいいかな。
《曲芸飛行士と一緒にするでないわ。ただ、飛び方の訓練は我も望むところ。迷宮の主要な場へ案内もしたいな。妙なエリアに迷い込まぬためにも。貴方も知っての通り、我らが主は現在弱っており、正気を失っている時間が長い。基本的には貴方を守ろうとするが、前のように深淵部に引きずり込もうとすることや、あるいは自分の娘と判断できず攻撃する可能性さえあり得る。我々も交代で見る予定ではあるが、自力対処法も身につけておいて損はあるまい》
《そだね、パニクって飛び出して行かれるのも心臓悪いし。まあぼくら竜は基本的に同族は攻撃しないし、シュナは傍観か保護って判断で統一されているから大丈夫だけど、他の魔物はもっと単調なプログラムでできてるし。シュナだから攻撃回避、とかそれぐらいの条件設定もできないんだろうなあ》
《助力。自分。逆鱗。推奨》
《あっテメーずりー。リーデレットに頼まれましたってのを理由にシュナにべたつこうとしやがって》
《謹慎処分を受けてすら構いに行った貴様の言える義理ではないな》
ピシャッとアグアリクスが言うとエゼレクスが黙り込む。その間に彼はくるりとシュナの方を向いて招くように尻尾をくいくい動かした。
《おいで、シュナ。迷宮を案内しよう。飛行の練習にもなる》
大きな黒い竜が穏やかな声を上げると、シュナの中で安心と共に、なんともこそばゆい感覚が生まれる。
(……やっぱり、少しお父様に似ている気がする)
見た目もだが、なんというかこの距離感というかが、アグアリクスは父によく似ている。エゼレクスやネドヴィクスはシンプルに好意を示してきて、それはそれで嬉しいのだが、時折勢いに翻弄されることもある。アグアリクスはもう少し落ち着いているというか、一歩離れた所から見守っている感じが強い。
《まずは飛び立つ練習からだな。飛んでいる最中より不慣れと見える。翼を動かして地面を蹴り、身体を浮かせる。基本的には我々の身体は羽ばたけば瞬時に飛行に移るように設計されている。このような高所からなら滑空することも可能だが、あれはもう少し飛ぶのに慣れてきてから挑戦しよう。慣れればあちらの方が楽なこともある、羽ばたき続けるよりは翼を広げて浮かんでいる方が力を使わない》
アグアリクスが言っている横で、ピンクの竜と緑の竜がこうだよとでも言うようにそれぞれ枝から飛び立っていった。前者は一度ぐぐっと身体をたわめてから、枝を切って上空へ。後者は身体を傾けたかと思うとふわりとそのまま宙に身を投げ出し、少し自然落下させた所でバサバサ羽ばたき、最終的には回転しつつ旋回して戻ってくる。確かにエゼレクスの飛び方はちょっと独特というか、華やかでありつつ無駄がなくすごいことはわかるが、今すぐ真似をしろと言われると尻込みしそうだ。
二竜に続き、アグアリクスも上方に向けて飛び立つ。ぐっと足に十分力を込めてから、ばさりと大きな翼を広げ、蹴るのと同時に翼を力強く動かす。綺麗な円を描いて戻ってくるとシュナを促した。
《さあ、おいで。やってごらん》
シュナはいそいそ足踏みしてから、アグアリクスを真似て飛び立つ。多少不格好ではあるがうまく行った。
《そう。慌てなくていい。ついておいで》
アグアリクスは後ろ向きに羽ばたいて進み、シュナを呼ぶ。パタパタ羽ばたいてついていくと、すぐ近くにある別の枝に誘導される。
《下りるときは足から。人間が跳んで着地するのと似たようなものだ。翼を大きく広げて――そう、最後に折りたたむ。広げたままではいささか邪魔だ、背中に沿わせるように》
アグアリクスはシュナを見ながらだから一連の動作を後ろ向きに行っているのだが、全く危なげなく綺麗なお手本を見せている。シュナも懸命に真似はしてみるのだが、やはり自分の方がぎこちなく不格好である。
《うむ。上手くできている。慣れるまで何度か続けようか》
《いいよ、シュナ。その調子》
《良》
(一杯褒めてもらえるのは心地よくて嬉しいけど、恥ずかしいわ……)
ちょっと照れも覚えるシュナだが、しかしアグアリクスの言葉はすっと身体に染み込んで温かくさせる。枝から枝に飛ぶ動きを何度か繰り返し、ある程度コツを掴んでより楽に動きできるようになると、アグアリクスがシュナの顔を労うように舐める。
――いい子だ、シュナ。
頭を優しく撫でられた感触にとてもよく似ていて、シュナは喉奥から甘え声を出していた。
《ねえ、あれ、ずるくない? アイツ美味しいところ持ってってない?》
《回答拒否》
少し離れた場所でエゼレクスが不満の声を上げていたが、ネドヴィクスはぷいとそっぽを向いて同意を避けた。
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