竜姫 尋問される
お供の竜達は少し離れた所でぼーっとしている。シュナの様子が少々おかしいことぐらいには気がついているかもしれないが、たとえ状況を把握したところで、では後を任せたらこの場を上手に収められるかと言われれると甚だ疑問だ。先ほどの前科、もとい前例がある。ウィザルティクスはあまり駆け引きの類が上手なようには見えなかったし、ネドヴィクスもあの喋り方だ、期待できない。アグアリクスやエゼレクス辺りならすぐに助けを求めても良かったのかもしれないが……。
というか、デュランだってわざわざシュナを選んで聞いてきたようではないか。一体何を根拠にしているのか、それともただの勘なのかは知らないが、とにかく彼は質問の時点で地上の謎の娘と迷宮の竜の関連性を疑っているような気がする。
(……ああ、だめだわ。根拠ならそれなりにある気がする。だって地上のわたくし、怪しすぎるもの……!)
我がことながら頭が痛い。ここで彼女以外がふんわり答えても、彼は納得せず、下手をすれば鋭い追求をしてくるような予感がある。一体どうすればこの場を切り抜けられるのだろうか。
《……知らないわ》
考え込んだ末、シュナはそう口にした。というか結局そう答えるしかないではないかという結論に至った。ここで「はい知ってます、だって本人ですから」と答えられるならそれこそさっさと明かしているし、何なら人間の時にだってもっとアピールしている。
(迷宮の中の生物が外に出られる上、竜が人になる……そんなこと、とても信じてもらえるとは思えない。お父様とお母様のことだって話せない。何より……全部教えてしまったら、わたくしが百年前生まれだってこともわかってしまうじゃない!)
デュランはシュナのことを幼児だと思っている節がある。それは自分の言動のせいなのだろうと思うしもう少し大人扱いしてほしいとは常々思っているのだが、「ごめんなさい実はあなたより大分年上です」とカミングアウトするのはかなりの抵抗があった。それに竜達だって百年はノーカウントだと言っていた。シュナもそう思い込もうとしている。だがそれをそのまま目の前の男に主張できるかというと話は全く別の問題になるのである。
シュナの返答に、彼は(恐らく背後のお目付役達へのポーズなのだろう)空の宝箱の底を撫でていた手を止める。
《……そう》
(こ、これは……!)
出会って間もない気もするが、うっかりほぼ事故とは言え逆鱗の仲なのだ。優しいが、いや見た目優しいからこそ、常に同じような態度だからこそ、微細な変化を嗅ぎ分けることができる。
デュランの微笑みはこう言っている。
(シュナ。俺にはわかるんだよ。それ、嘘だよね)
と。
思えばシュナの対人経験は、最近になって急速に関わる相手が増えたとは言え、基本的にほとんどがファリオンを相手にしていた過去に依存し、お世辞にも豊富とは言えない。生来の気質に加えて経験がないのだ。ならば結果は自ずとわかるではないか。
彼女の嘘はド下手くそなのである。
一方、デュラン=ドルシア=エド=ファフニルカは、城や町での様子をちょっと見ただけでも交友関係の広さを窺わせた。本人がお喋りを嫌っていないのもそうだろうし、何より彼は迷宮領という三国の中心に位置する魔境の次期領主である。ゆるふわ系当主にしてもそうだ。交渉技能必須、腹黒い話も日常茶飯事、作り笑顔もいつものこと。どこか抜けている姿だって嘘ではないのだろうが、けしてそれだけではなく、むしろそういう面をあえて表に出していることで油断を誘う、高度な情報戦の一つ。
つまりどういうことか。
シュナがちょっと頑張ってごまかそうとしたところで到底敵う相手ではないのである。
彼はとっくの昔に物色し終えた宝箱をゆっくりと閉じて、じっとシュナを見つめる。
(別に強要はしないけど何か他に言いたいことがあるんじゃないかな)
とその顔には書いてある。
無言もコミュニケーション能力の一つ、加えて己の顔面の威力を知っている男に、箱入り娘はあっさり決意を挫かれ屈した。
《知らない…………と、思う》
《思う?》
彼は笑っている。あくまで顔は笑っている。だが引かない。そちらが折れるまで粘り続けるぞ覚悟はできているんだという鋼の意思を感じる。
《……………………》
シュナは目を逸らした。そのまま無言を貫き通した。精一杯の抵抗である。彼女のあれこれを考えれば大健闘であるとすら讃えていい根性である。
しかしそれで十分、竜騎士は自分の知りたい答えを得られたらしい。ふっと息を吐き、彼は呟く。
「やっぱり知ってるんだね。君は彼女と繋がりがあるんだ」
きゅううう! とシュナの喉から悲しみの声が漏れた。もうこの辺で許してほしい。そろそろ泣きが入りそうだ。わざわざこの大地の間を探索場に指定したのも、低難易度で危険が低いというのもあるのだろうが、竜にとって逃げにくい、また邪魔をしにくい場所でもあるゆえに――むしろそちらの方が大きい理由で選ばれたのではなかろうか。
侮りがたし領主子息。質問が始まる前から勝敗は決していたのである。そう考えると、最初に見せられたお疲れモードの様子すら、実はこの状況に持っていくための布石だったのではないかとすら思えてくる。……いや、あれは素だったというか、疲れていること自体は嘘ではないのだろうが、それすら利用したのではないか説が浮上してきたというか。
《……む? なんでありますか、なにやら不穏な空気が――》
《邪魔しないでくれ、ウィザル。大事な話なんだ》
シュナが小刻みに震えている様子にようやく気がついたらしいウィザルティクスだったが、気圧されるように黙り込んだ。
相方のピンクの竜に、《えっこんな状況想定してない、此方どうすればいいのでありますか!?》と縋り付くような目を向けたが、中立と観察の名を持つ竜の方は静観する構えのようだった。
ピリッと緊張を帯びた空気の中、デュランはシュナにきちんと向き直り、大きく息を吐き出してから話し始める。
《別に君をいじめたいわけじゃないんだ。俺に言えないって事は、言いたくない理由があるか、言いたくても言えない理由――迷宮の禁忌に触れるとか、そういうことなんだろう? だから俺も、無理矢理聞き出そうとは思わない。ただ……人の命がかかっている可能性がある。だからそのことだけでも協力してほしい》
閉じた宝箱の上に置いた拳をぎゅっと握りしめ、騎士は真剣な目で逆鱗を見つめている。
《その子に、俺はトゥラと名前をつけた。謎だらけで、危なっかしくて、何か迷宮に関わる秘密を抱えていて……でもとってもいい子だ。力になってあげたい。だけど……昨日から姿が見えないんだ。見張りもつけていたのに消えてしまった。転移術か何かが使われたんだと思う。外のめぼしい所はあらかた探した。後は俺達も簡単には立ち入れない、王国、法国、領の人間達が集まっているエリアのどこかにいるという可能性もあるし、もちろんこの国にはもういないのかもしれない。ただ、俺は彼女が向かう先があるとすれば、
すっかり縮こまってうなだれているシュナの顎にそっと手を添え、顔を上げさせてからデュランは続けた。
《シュナ、頼むよ。君が彼女を知っているなら……今、無事なのか、困っていることはないか、それだけでもわからないか》
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