姫 巡回の騎士と会う

「わあ、マジギレなんて珍しーじゃん。くわばらくわばら」


 亜人は肩をすくめ、ヒラヒラと手を振った。相変わらずこの場において、彼のみがただ一人終始不気味な落ち着きを保っている。

 異様な光景だった。すぐ近くでは人の群れが行き交いしているのに、この場だけ遠巻きに皆不安そうに、あるいは野次馬根性丸出しで見守っている。

 あちらこちらから向けられる無遠慮な好奇の視線。渦中にあってシュナはますます身体を小さくした。デュランは抱きしめてくれるが、いつもの優しい彼と雰囲気が違ってますます緊張してしまう。


「やっほ、デュランちゃん。そういえば挨拶忘れてたね、ヤアコンニチワ。今デート中? 違うかー。でもちょっと物々しいよねえ、領主子息兼竜騎士トップと逆鱗の竜騎士が脇固めて街案内なんてさ」


 ザシャは身体をゆらゆらと揺らしながら歌うように声を上げた。彼の言葉を聞いてか、遠巻きに様子を見守っている人々がざわつき、囁き交わし合っては見慣れぬシュナに目を向ける。

 へらへらしている亜人に対し、デュランもリーデレットも相変わらず硬い表情で、むしろますます苛立ちを募らせているらしかった。


「そんなあからさまに嫌そうな顔しないでさあ。紹介してほしいなあ。僕だって発見者の一人なんだよ? 君が見つけてなかったらたぶんその子の第一発見者は僕だったわけだよ? まー、誰かさんが手柄独り占めした上にその後の面倒までぜーんぶ離そうとしないから、今まで絡みがなかったわけだけど。酷くなーい?」

「トゥラ。この人はザシャ=アグリパ=ワズーリ。ギルディア領出身の冒険者よ。本人が言っている通り、最初にあなたを見つけて保護したのはデュランだけど、実は彼も少しだけその場に居合わせていたの。一応顔を覚えておいて」

「リーデレット――」


 黙って睨みつけているだけだったリーデレットが声を上げた。しかし亜人と対話するというよりいきなり新しい話題を始めたような感じがして、シュナは戸惑う。デュランもまた、リーデレットを制するような声を上げかけたが、直後に何か隠された意図に気がついたらしい。二人は目で短く合図し合うと、再び亜人に顔を向けた。


「これで気が済んだか? お前の方はこの子のことを色々と知っているようだから、特に改めて詳しく紹介しなくてもいいよな。頭の回る特級冒険者様ならおわかりいただけると思うが、これから予定がまだたくさんあるんだ。邪魔しないでくれないか」


 シュナに向けては甘やかで優しい言葉しか向けない彼が冷ややかに喋ると、なんと迫力に満ち恐ろしく見えるのか。顔を青くしているシュナにリーデレットが心配そうな目を投げかけるが、デュランはぎゅっと腕に力を込めて彼女を自分から離そうとしない。少しでもそうしたら、目の前の亜人に持っていかれるとでも思い込んでいるかのようだ。


 竜騎士はこれで話すことは全て済んだとばかりに、シュナを連れてその場を離れようとする。どうやらシュナと縁を結ぼうとする相手の強引な要求に対し、こちらもちょっと強引だが「紹介した」という事実だけ最低限果たして、後は離脱しようという考えのようだ。


 この場に長居したくないシュナも離れること事態には大賛成なのだが、デュランにこのままついていくのも怖い。かといって亜人ともっと親交を深めるなんて選択肢は論外だ。

 しかしやすやすと相手が「はいではこれでさようなら」なんて許してくれるはずもなかった。


「ちょいちょいちょいちょい。それはあまりにも薄情ってもんじゃないのよさぁ。どこ回ったの? この二人だとどうせつまらないところしか連れてってくれないでしょ? 僕がもっと刺激的なスポット教えてあげようか――」

「閣下ー! デレ姐さーん!」


 振り返ったデュランからより一層怒気が放たれたかに思われたのと同時だった。人混みの向こうから、場にそぐわないやけに暢気な声が投げかけられる。見てみれば、一人の若い男が手を振りながらこちらに駆けてくる所だった。格好からして、騎士だろう。


 ……そういえばデュランがシュナ達と一度離れる直前、リーデレットが「巡回の騎士」なんて言葉を出していたような気がする。

 騎士は領主であるファフニルカ侯爵に仕え、領の治安を守ることが仕事だそうだ。ならば城だけでなく、街を担当する者がいてもおかしくはない。


 ピンと張り詰めていた緊張の糸が途端にたわんだような、そんな感覚を覚えた。デュラン達もそうだし、見守っていた群衆達からもそんな雰囲気がした。


 見物人達を押しのけ、たたたっと駆けてきた騎士は、デュランとリーデレットと同じぐらい、という年頃だろうか。

 腰に手を当てて騎士が近くに寄ってくるまで少しの間待っていたリーデレットが、並ぶ距離になると素早く長い足を伸ばした。いい感じに引っかかって転ぶとどすーん、とかなりいい音が鳴り響く。若い騎士は悲鳴を上げた。


「イッテ! 何するんすかデレ姐さん!?」

「そのあだ名はやめなさいっていつも言ってるでしょ! 普通に呼びなさい、普通に!」

「えー。可愛いけどゴツ……いや、野性味溢れてパワフルな響きなんで、ピッタリじゃないすか?」

「あらそう。野性味、味わいたいの? いいわよ?」

「いだだだだギブギブそれしまってるしまってる!」

「クルト。今日の巡回当番はお前だったのか」


 リーデレットは器用にも、短剣を持ったまま騎士を小脇に挟んで関節を決めるポーズに持ち込んだらしい。しかし先ほどのように本気の殺意を孕んだものではなく、あくまで戯れとわかる。

 デュランにも柔らかい雰囲気が戻ってきて、シュナはほっとした。人好きのする笑みをそばかす顔に浮かべ、騎士は頭を掻いている。


「あっはい閣下。なんか揉め事の気配とかで、俺が一番場所近くて、見てこいって言われたんで来たんすけど……何してたんすか?」

「何してって、見れば一目で大体わかる――」


 騒動の中心にいた騎士二人は、しかめ面に戻って元凶の方に振り向いたが、そこでますます渋い顔になった。

 先ほど現れた姿は幻覚か何かだったのかと錯覚しそうだ。亜人の姿がどこにもない。


「……逃げ足の速い奴」

「しつこく絡んでくるわりに撤退に躊躇がないのが、本当めんどくさいわよね……もう、一周回って感心しそう。三対一で巡回の騎士混じりはさすがに分が悪いと思ったのかしら?」


 二人は言葉を交わしながら周囲に目を向け、どちらともなく武装解除した。デュランの手が緩んでシュナはどう行動すべきか迷う。キョロキョロ見回すと、巡回の騎士と目が合って「こんにちはー」と手を振られた。思わずデュランの背中に隠れるように回ってから様子をうかがうが、相手が気分を悪くした様子はなくむしろ「はー、可愛い!」とか身もだえて横のリーデレットにひっぱたかれている。


「俺達だけならいつものことで済ませるが、トゥラを巻き込んだのが許せない。……というかさっきのことから仕込んでたよな、たぶん。タイミングが良すぎる。いつから尾行しつけてたんだ……クソ、宝器か?」

「例の靴でしょうね。組合で予定を確認したところまでバレてたもの、ほんっと妙なところで勘がいいんだから。……ああもうムカツク野郎、やっぱりさっさと決闘申し込んでおくんだった! あたし、目の届く範囲にいたのよ!? こんなにコケにされて黙ってられるかっつーの!」

「それは俺も同じだ。だけどきっと、今じゃない、そうだろ。君は逆鱗の騎士なんだ、つまらない傷は負うな。冷静に。頭に血が上った状態は駄目だ、向こうの思うつぼだから」

「今回だけはあんただって挑発に乗りかけてたでしょ。お互い深く反省する必要がありそうね……」


 二人とも最初は舌打ちせんばかりの勢いだったが、徐々に徒労感の方が勝り、やがてどちらも深いため息を吐き出した。一人事情を把握し切れていない巡回の騎士が、三人を見回してぽりぽり顔を掻いている。


「えーと、あの……?」

「クルト。お前が来たから、大事にならずに済んだってことだよ。助かった」

「つまりそれは、褒めてるんすね!? やった! じゃあお礼に楽な仕事割り振って下さるよう団長ボスに進言お願いします、麗しのお嬢様の護衛役でもいいっすよ――イッテ!」


 きらきらと目を輝かせた騎士は、再びいい音を辺りに響かせ、頭を押さえる。パンパン、と両手をはたいてから、リーデレットが追い払うような仕草をしようとして――途中でやめた。


「そうね。それじゃ一つ頼まれてくれない? 可愛い子と一緒に歩くだけの簡単なお仕事なのだけど」

「え、マジで。言ってみるもんだな。ちなみに可愛い子って、まさかとは思うすけどデレ姐さんなんて残念な落ちはないすよね――それはいけない、背面投げはいけないよ姐さん!」


 賑やかになった場に目を丸くしているシュナの方を振り返り、いつもの柔らかな笑みを浮かべようとしたデュランの顔がさっと強張った。


「トゥラ――!?」


 彼は身をかがめ、彼女の首元に手を伸ばした。触れられてようやく、シュナはそこにズキズキと走る痛みを思い出した。

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