竜姫 問う(宝器について)

《何しろそういうのが得意なとっておきを、当時の彼らは所有していた》


 エゼレクスは逆立ったシュナの鱗を丹念に手入れしていく。心地よさにシュナは目を細めた。追い払われた場所から戻ってきて二匹の周りを手持ち無沙汰にうろうろしているネドヴィクスが、自分の存在を主張するように口を大きく開ける。


《特級宝器、千里水晶クリスタルスカル。外見、髑髏型に細工された水晶。願望、未来を知りたい。性質、問いに対する演算結果を映像として返す検索装置。使用方法によっては、時空を越えた結果も算出可能》


 単語の羅列で文章を作るこの竜にしてはやけに流暢な言い回しだが、少し前にシュナが教わったレファレンスとやらの力を使っているのかもしれない。あらかじめ決められた文を読み上げている感じもあった。


《要するに。どんなに遠く離れた先も、また未来のことも見通せる、魔法の水晶さ。聞いたことない?》

《本当にあったの?》

《肯定。人間。使用》

《今は所在地不明、紛失の可能性が濃厚だよ》


 ネドヴィクスが力尽きたかのようにかぷっと口を閉じると、エゼレクスは半目で睨みつけ、気を取り直すように咳払いする。


《千里水晶が世に出てから百年前まで、人間達には予言者という職業が存在した。もっぱら水晶を覗き込んで、映った物を覗き込むだけの奴らだったんだけど、まあ何しろ特級宝器だからね。

《道具というものはどれも特徴を正確に理解しなければ最適な解を引き出すことはできない。水晶は嘘はつかぬが、映すものが全て事実というわけではない。宝器にはどれも癖があるが、特級クラスは特にそれが顕著だな》

《特級だけに、特にね。古竜だからね。センスも古》


 ボソッと言ったエゼレクスの頭の上に、言い終わるまでを待たずそれなりの大きさの石が落ちてきた。一瞬避けるか迷った風を見せたような緑の竜だが、生憎現在彼の至近距離にシュナがいる。彼は暴力を頭で受けて、抗議は無言で返した。しかし近くのシュナがじっと、「今のはあなたが悪いと思うの!」という目で見ると、頭をさすりつつも何事も起こらなかったように振る舞う方に対処を変えた。


《最適な問いは最適な答えをもたらす。愚問に対するはただ愚答のみ。……ま、つまり、わかりやすく言うとだね。あの水晶、問う人間によって映す物が違ったのさ》

《どうして? 未来を見通す水晶なんじゃないの?》

《さっきも言った通り、奴自体はただの確率を計算するだけの装置さ、何の情緒も持たない。既存の情報から多くの並行的な可能性をなぞり、そこから最適ルートを叩き出す、それだけ。だけど人間は確率に意味を追求する。10%だろうが信じる、90%だろうが疑う、それが君らだし、所詮確率論なんだ、もちろん0か100でない限りそれ以外の可能性が実現しない保証はない。……大丈夫かい、おシュナ。ついてこれてる?》

《……あまり!》

《んもー、この姫様ったら。畜生間抜け面でも可愛いなオイ。でもせっかくオニーサンが話してるんだから、ちゃんと聞いてね、聞く努力はしてね》


 良くも悪くもシュナは素直である。エゼレクスの巧みな手さばき(手というか舌が主だが)によってあっという間に眠気に襲われ、今半分ほど落ちかけていたところだ。

 ぺちぺちと顔をソフトタッチで起こしてから、自称高性能な竜は少し話を巻く努力を始めたらしい。


《要するに。未来を見せてくれと願うと、そうしてくれる水晶があった。だけど人間ごとに映す答えが違うから、そのうち何人かの人間でかわりばんこに映像を見た後、得られた結果について協議して最終的な予言を下す、そういうシステムが構築された。ま、リスク分散って奴かな? 結局崩壊を招いたんだからほんとどうしようもないけどねえ》

《どうして未来が見える水晶を見て予言をしたのに、そんなことになってしまったの? 未来が見えたのなら、避けようとしたのではないの?》

《単純。この先帝国はどうなりますか、という問いに、水晶は素直に崩落の瞬間の映像でも見せたんだろうさ。間違っちゃいない、結果だけ見れば確かに、痣のある男は帝国の崩壊を招いた。お望みの予言通りさ》

《でもそれじゃ……水晶で未来予知をしなければ、お父様がああなることはなかったってこと? 全部その、水晶のせいってこと?》


 複雑な気持ちになったシュナが聞くと、エゼレクスは鼻を鳴らし、いかにも意地悪そうに笑う。


《それはどうだろうね? 言ったでしょ、確率は所詮確率、絶対の保証じゃない。それにさ、例えばもし当時の王様が呪いを信じずに、ファリオンを王子として育て、国を任せたとする。それはそれで荒れたと思うよ? あいつは人を惹く才能はあっても、まとめる力はなかったと思うな。……そうむくれない、誤解しないで。あいつがすごくていい奴だったことは、ぼくらだって知ってるよ。だから、これはただの向き不向きの問題。ぼくたちの集合知から結論づけるに、ファリオンはいささか真っ直ぐすぎた。適当さがない人間は、とても人の間になんか立てないんだからさ》


 訳知り顔のエゼレクスに、シュナは頬を膨らませたまま、ぴう、と不満そうな声を漏らした。彼女の頭上から、ふん、と大きな鼻息と共に威厳たっぷりの声が降ってくる。


《予言があったなかったなど、些細な問題だ。多少の過程の差はあれ結局は同じ末路を辿ったことだろう。人間は望む物を引き寄せる強い力を持っている。崩壊の映像を見たのはただのきっかけに過ぎず、大勢が滅びを念じ、願ったからこそあの国は最後を迎えた。それだけのことよ》

《……そうかしら》

《そういうものさ。宝器だって結局、願う力がなければ何らガラクタと変わらないんだしね》


 あっという間に逆立て鱗を全て直したエゼレクスが、ふん、と胸を張り、ちょっと離れたところでピンクの竜がブーブー唸っている。

 シュナはぷるぷる頭を振った。心なしか身体が軽くなったような気持ちだ。頭もすっきりして、ぼーっとしている間にそのまま聞き流しかけていたことを思い出す。


《そういえば、まだちゃんと聞けていなかったのだけど。宝器って、結局何なの? 迷宮でしか手に入らない、特殊な道具という風に聞いているけれど……》

《大体その理解で合ってるよ》

《道具ってことは、石みたいにその辺に落ちていたり埋まっていたりするのではなくて、誰かが加工しているのでしょう? それとも、迷宮のあちこちで勝手に生えてくるの?》


 素朴な疑問と好奇心にきらきら目を輝かせている小柄な竜に、大人達が一斉に何とも言えない表情を向けた。


《発想……》

《貴方は宝器をなんだと思っているのだ。作物か》

《あながち間違ってないどころか、広義では同じような気すらする》

《シュナが混乱する。余計な事を言うのはよせ》

《ウィ、ムッシュ》


 利害が一致したせいか相手の方が物理的に上にいるため投石が怖いのか、ともかくエゼレクスは比較的素直に自分の意見を引っ込め、混ぜっ返すのをやめ、ぱりぱりと器用に後ろ足で頭を掻いている。


《宝器はシュリが作っているんだよ。というか、迷宮産の物は基本、全部シュリが作っているっていうか、だって生産含めた管理運営が全部女神様こと彼女のお仕事なわけでしてね……》

《じゃあ、宝器って全部、お母様の手作りなの?》

《手作り》

《手作り》

《手作り!?》


 三竜はほぼ同時に反応し、そして「だってそういうことでしょう、何もおかしなこと言ってないもの!」とむっと睨んだシュナの目を避けるように別々に咳払いしたりそっぽを向いたりした。やはりこういうとき一番立ち直りが早いのは混沌担当である。


《えーと。確かにね、特級宝器なんか、まさにフルオーダーみたいなものかもしれない。個人の願いを強く反映して形成されているからね。まあグレードつけてんのは、ぼくらじゃなくて人間達なんだけどさ》

《宝器。等級。脅威度。関連》

《特級は使用によって一国以上に影響をもたらす可能性のある、極めて危険、あるいは運用注意の宝器。逆に最低値である四級は、ほぼその辺りの石ころもどき……人間達のグレード分けではそのような判断基準が存在していたのだったかな》

《第一階層では四級も取れるか怪しい、第二階層では四級か三級、第三・第四階層では三級か二級、第五階層以下でようやく一級……だったっけ。まあとにかくあれだ、奥に潜れば潜るほど環境もヤバくなるけど取れる物もいい物率が上がるのさ。わかりやすいね》

《今の迷宮は場が安定していないからよりギャンブル度が増しているがな》


 油断していると独自用語率の上がるが親切にしようという心意気は見える解説者達を前に、えーとえーと、とシュナはうなり出す。


《ということはつまり、迷宮の宝器も生物も、あなたたちも、皆お母様が作っている……のよね?》

《うん、まあ……》

《そうであるな》

《肯定》

《じゃあわたくしって、あなたたちとも、魔物達とも、果ては宝器とも兄弟なの?》


 竜達はともかく魔物や宝器とは大分抵抗がある、と震えているシュナを生温かく三者が見守り、近場の二匹がゆっくりにじりよって、ぽんぽん宥めるように左右から叩く。


《安心おし、おシュナや。シュリがお腹の中で十月十日育てた末に、一日ほど――》

《三十二時間二十四分十八秒》

《一日以上、だな》


 エゼレクスが言った言葉を、順にネドヴィクス、アグアリクスがぴしゃんぴしゃんと修正する。緑の竜は一瞬顔を引きつらせた。


《……あー。えー、そんだけ長時間超踏ん張って絶叫して出産したのは、うん。正真正銘、後にも先にも君だけだよ、うん》

《あんな生産過程が毎日あったらシュリはとっくに死んでいる》

《同意》


 シュナにべったりだったエゼレクスが、無意識なのかアグアリクスの座り込んでいる崖の方にすすすっと後ろ向きに引き寄せられていき、そのまま上下で秩序の頂点と混沌の頂点がそれぞれ身体を小刻みに震わせている。


《いやだって……駄目でしょあれ……こう、メリメリメリて……明らかに開いちゃ駄目な大きさだったってあれ……外の世界の生物毎回あの過程辿ってんのかよ、ドン引きだわ……》

《我々は戦闘の流血沙汰には慣れておるが、ああいう場ではな……無力よな……》

《でもぼく、一番怖かったのはさ……一人だけいつも通りだったファリオン。いやさすがに緊張はしてたみたいだけど……なんかこう、それだけだったよね》

《普段とさほど変わらなかったな。態度から表情まで。おかげでシュリは安心したようだが……》

《あいつのああいうところ、尊敬もするけど、人としてどうかとも思う。ほんとそういう所だぞお前。すげーけど。いや、どうなの。すげーけど》

《ああ、まったく――》


 そこでアグアリクスはじっと見つめる黒い目に気がついたらしく、「我、何も言ってませんよ!」と示すようにあちらを向いて奇妙に喉を鳴らし始めた。エゼレクスもピンと姿勢を伸ばし、崖の方から戻ってくる。


《簡単に言うと、生産ラインが違うから別物ですよってこと。少なくとも竜同士、魔物同士、宝器同士はともかく、それ以外が互いに兄弟カウントはされないと思いますよ、的な》

《現場を直接見た方が素早い理解に繋がるとは思うのだがな。恐らくあなたの常識と遙かに異なる情景が待ち構えているゆえ……まあ、もう少し落ち着いてからの方がよかろう。今日はそれなりに、かなり色々と新たな知識を詰め込んでいる》

《まあほら、いずれ知りたければね。いくらでも機会があるから。きっとさ》


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