暗雲低迷

【警告。エラー発生。動力部に致命損傷】


【警告。エラー発生。このままでは機構を維持できない】


【警告。エラー発生。適切な管理者の指示を求めます】


【警告――】




【――新タナ管理者ガ 見ツカリマシタ】


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「一体何が起きた!?」

「こっちが教えて欲しいよ!」


 地上では人々が急に訪れた変化に戸惑っていた。

 先ほどまで攻撃を続けてきていた竜達が、一斉に悲鳴のような声を上げたかと思うと、地面に落ちてきたのである。


「隊長、これは……!?」

「わからない。こんなのは……初めて見る」


 竜騎士達が駆け寄って確認するが、彼らはピタリとも動かなくなっていた。

 強いて言うなら、それはまるで操り糸を切られた人形に似ている。

 呼びかけようが触れようが応答はなく、温もりは残っているが鼓動の類いを感じさせない。


 顔を上げると、少し離れた場所で一匹、威嚇の声を上げて空高く飛んでいった。


「……アレは確か、混沌だな」


 隊長が呟くと、優秀な彼の部下達はすぐその意図を悟ったらしく、落ちている竜達を確認する。


「ほとんどが秩序。中立もいます」

「混沌は落ちていないようです!」


 報告を受けた男はより一層顔色を渋くする。


「……ということは――」



「ネド、ネド……!」


 同じ頃、右肩を押さえ、体を引きずって相棒に近づくのは逆鱗の竜騎士だ。


 ネドヴィクスは支援型、攻撃力はさほどないとは言え、人間より大きく遙かに頑丈な生き物に噛みつかれたら無事では済まない。

 それでも、他の竜達も、致命傷になる攻撃は撃ってこなかった辺り、まだ何か手遅れにはなっていないような――漠然とした一縷の希望を胸に、竜騎士達は戦っていた。


 ペタペタとネドヴィクスに触れたリーデレットは、少しの間話しかけたり、口に笛をあてがったりしたが、やはり無反応である。


「リーデレットさん!」


 駆け寄ってきたのは、少し前に危ないから離れていろと追い払った騎士だ。


「どうしたんすか……リーデレットさんが、勝った……?」

「いいえ。急に……動かなくなったの」

「……死んでるん、すか……?」


 蒼白なのはどちらも同じだが、意外にもリーデレットの方が顔色はいい。

 彼女は開きっぱなしの竜の瞳を見つめてから、緩やかに頭を振った。


「呼吸が止まり、心臓が動かなくなった。これが人なら、死んでいる、と呼ぶのが正しいのでしょう。でも、竜の場合は――活動停止した、というのが正しい気がする」

「えっと……どういう、意味でしょう」


 こういうのはデュランなどの得意分野だ。リーデレット=ミガは体を動かす方が専門で、理屈などをこねくり回すのは不得手の方である。

 だが、異常な状況の中で少しでも自分を落ち着かせようとしていると、自然と口が動いた。言葉にすることで、思考を整理している。


「――パス。そう、パスが切れたんだと思う」

「パス?」

「よくわからないけど、ネドが前に言っていたはず。パスがある。パスを通じて皆繋がっている。切れると動けなくなる――」


 ふつ、と女騎士の言葉が切れた。

 彼女が顔を上げるのと同時、低く腹の底に響くような低音がどこかから響いてくる。


「こ、今度はなんすか!?」

「……最悪だわ。でも――そういうこと、なの?」

「なんなんすか姐さん、何かわかってるなら教えてくださいっす!」

「パスが切れた――つまり、彼らの大元に何かがあったっていうことよ」

「大元? それって――」


 今度地上の人々の耳に届いたのは、獣の唸る声ではなく、歓声のような――いわゆるときの声、というものだった。



 リーデレットとクルトだけでなく、あらゆる場所で刻一刻と変化する状況に対処しようとしていた人々が顔を上げた。



「なんでしょう、この不気味な音――?」


 眉を顰めたのは避難所の女性陣達だ。


 傷ついた少女は怯えて父親に身を寄せ、彼は残された片腕でぎゅっと娘を抱き寄せる。



「これは……ちと、いやかなりまずい」


 城で各所の状況を聞き、指示を飛ばしていた領主は、窓から空の様子を見て顔を引きつらせる。

 傍らの護衛は同じ物を見て、絶句していた。



「星が、墜ちる――」


 穴を見つめていた星神教徒の一人が誰かそう言葉を漏らす。

 ある者は急いで術式の強化を始めるのだが、中には腰を抜かすようにして呆然としている者もあった。



 彼らの元から離れ、なすべき事をなすべく走っていた少年は、空を一瞥すると止まりもせず、なお一層速く駆けていく。


師匠マイスタ――お願いです、間に合え――!」


 握りしめる十字架の残骸が掌に食い込んで傷を作る。



「うるせえ、今度はなんだ!?」

「段階が進んだんだよ」


 怒鳴りつけた亜人冒険者に、お騒がせ学者が静かに答えた。


「竜が空から消えた――彼らはね、女神の代理人で、使者だから。別に兵士ではないんだよ、元々。そういう機能も実装はされているけど、専門職じゃない。さっきのはあくまで様子見なんだ。ついでに不快な存在が目に入ったら排除はするだろうけど、

「アアン!? わかるように言えっつってんだろうが!!」

「つまり。ようやく本命が来る。我々人類を駆逐するための本命が出てくるよ」


 イライラと頭を振った亜人冒険者だが、学者が神妙に静かに述べると、ハッと鼻を鳴らした。


「それならわかりやすいや。ここから地獄本番ってことさね?」



 いつの間にか、地上には霧のような、靄のような、不気味な灰色の土埃が、煙が立ちこめている。

 その中から足音がした。

 ガシャガシャと、固い物がぶつかる音を立てて、やがて人々の前にそれらは姿を現わす。



 髑髏の兵士達――不死者の群れが、静かに人類駆逐を目指して進軍を開始した。


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