迷宮の姫 神官の弟子と会う2
思いがけぬ所で出くわして双方慌てた様子だったが、入り口で突っ立っているのも通行の邪魔だと思い出したのだろう。
少年の方から、一度外に出ることを提案されると、皆頷いて応じる。
ぞろぞろと門をくぐり抜け、昼の日差しの下で改めて向き直ったデュランがくしゃっと自分の頭を掻く。
「いや……それにしても驚いたな。プルシがここにいるなんて」
「驚いたのは僕の方ですよ。最初は一体誰かと……」
「今日はイメージチェンジしたからね。近くでじっと見られたらまあ、顔は一緒だからそりゃばれるだろうけど」
ちら、と染めた髪に流し目を向ける少年に、前髪の辺りに指を滑らせ、青年は笑った。しかしすぐに少年が、
「いえ、彼女が一緒だったので」
と横のトゥラを指差して真顔で言うと、若干その笑みが引きつった。ぴんと眉を上げるが、返しの言葉を考えている最中なのか、曖昧な微笑みでほんのり緩んだ口元からは言葉が出てこない。
怯んでいる間に、すっと顔の向きを変えた神官の弟子は、娘に向かって今度は柔らかな笑みを浮かべた。
「子羊に星の祝福のあらんことを……お久しぶりです。その後お元気でしたか?」
(元気……そうね、元気だったと思うわ! た、たぶん……!)
少年本人には特に否の感情はないのだが、彼がデュランやシュナとはまた別の考えを色濃く持つ星神教に所属している神官なのと、目立っていると暗に言われたせいで、態度がしどろもどろになってしまう。
自然とデュランの後ろにこっそり隠れれば、ちょっと後ろを向いた彼が腰に手を当てた。ちょうどいいのでそっ……とそこに手を添えて、相手の出方を窺うシュナである。
「む。我々そんなに目立つかな。適当な格好で来たつもりだったんだけど、適当過ぎたか。いやはや、難しいね、ファッションって」
話題を向けられて娘が感じたことを、横の引率者その二が代弁すれば、今度はルファタの方が苦笑する。
「そういうわけでもないと思いますよ? 見た目はそんなに気が向くようなものではないです。ただ、彼女は気配が少々特殊ですから――まあ、閣下もですけれど」
「ん? それはあれかい、術士の勘って奴?」
「勘というか……そのまま見えているというか……」
「あれだっけ、魔力? オーラ? なんかこう、色で見えたり音で聞こえたり香りが漂ったりするんでしょ?」
「ええと……」
「先生、先生。術士は俺たちとは違うものを五感で捉えることができる、確かにそうだ。さぞ興味深いだろうってのもわかる。ま、今日の所はそのぐらいで」
押されてたじろぐ少年の様子を見て、この場の責任者(仮)が鼻息の荒い連れを止めた。
シュナも大概好奇心の塊だが、なんというか……また一回り違う熱中の仕方である。
「おや、失敬」
すぐに我を忘れてまた自分の欲望に熱中するだろうが、止められればわりあい素直にすっと引くのがこの学者の性格であるらしい。
いや、別に引いたわけではなかった。話す矛先を少年から娘に向けただけだ。
「トゥラ君は知っているかな? 術士というのは魔力の才能に長けた者達で……」
と後ろで講義が始まるのを聞き流しながら、ほっと息を吐き出した少年に向かい、御曹司が金色の目を細める。
「その……今日はここに、お参り?」
「……構えられるのも無理はありませんが」
両名とも歯切れがいいとは言えない喋り口だ。
少年は緩やかに首を振ってから、休日用の衣服を身につけた自らの格好を見せるように両手を広げ、それから胸の辺りに手を添えてぽつりと言葉を漏らす。
「我が神は、ご存知の通り、正しさの化身なのです。星は正しい。それは何があっても揺るぎません」
「……正しさを疑いたくなった時には、居心地が悪い?」
言葉の肯定こそなかったものの、少年が唇に影のある自嘲を浮かべたのがほぼ答えと言って良かっただろう。彼の笑みはすぐに、もう少し穏やかなものになる。
「あれこれ考えたいこともあるよな。たまには気分も変えて」
「はい――ええ、そういうことかもしれません。それに、迷宮で果てた仲間に、挨拶もしたかったのです。我々の教えでは、神殿から祈りは届くということになっていますし、地上で死ねばもちろん遺体はこちらで引き取りますが――」
軽い手助けの手を差し伸べたデュランにルファタが応じると、ちょうどそのタイミングで講義に一息ついたらしい学者の興味がまた男性陣に戻ってきたようだ。
目を丸くしたまま時折瞬きするだけだったシュナからくるっと顔をそらしたかと思えば、真っ白な歯を見せる。
「ちょうどいい、少年。それなら一緒に墓参りと行こうじゃないか!」
「先生……!?」
「ええと……」
「なあに、我々だけでも問題はないが、ついでだもの。彼女にとっても興味深いと思うよ?」
「いや……礼拝堂はともかく、墓所は……」
(この建物以外にも行く所があるってことかしら)
小突き合い、あるいは目配せし合う人を少々外側から見つめながら、シュナは小首を傾げる。
この敷地内に、女神像の安置されていた丸屋根以外の建物もあるのは、既に道中なんとなく目に入っていたことだ。
あそこは今日は行かないところ、と聞いていたのだが、また別の場所なのだろうか。それともせっかくだからそちらにも行ってみよう、ということなのだろうか。
想像を巡らせていたシュナだったが、そこでうつむき気味だった顔を少年がぐっと上げたので、そちらに吸い寄せられるように顔を向ける。
「閣下。よろしければ、ご一緒させてはいただけないでしょうか。まずは女神様にご挨拶をしたいので、その後、ということになりますが」
「あ……ええと。その……」
提案された青年が、自分の中で考え込むようだったのが一瞬。
ちらっと目を彷徨わせて、連れのご機嫌をうかがったのが一瞬。
(一緒に行きたいとあちらが言っているなら、お断りする必要はないはずではないかしら?)
とニコニコしている娘から読み取ったのが一瞬。
結論を出すまでに多少の間は置いたものの、さほど待たせた訳でもなかった。
「君がそうしたいなら」
「ありがとうございます」
前向きな回答を出した騎士に、神官は頭を下げる。
それから宣言通り、まずは挨拶を、と丸屋根の中に入っていったので、シュナ達は外で彼を待つことになった。
幸い適度に雲のある爽やかな晴れの空の下、外にいても心地よく、過ごしやすい陽気である。
腕組みをして礼拝堂とやらの入り口を見ているデュランに、学者はふん、と鼻を鳴らした。
「そこそこ渋そうなお顔って奴だね」
「……本人に恨みはないけどさ」
「まあまあ。若者が困ってるんだ。手助けをしてやりたまえ」
「俺も若者だけど?」
「正しき神に祈れぬ願い事ならば、それこそ我々の専門なんじゃないのかね。かの神は正しさを示す、故に万民に平等とは言うが、全てはお救いになれない。もっとも、あちらに言わせれば救うべきは選ばれているもの、ゆえに全能性は失われない、とのことらしいけど」
「先生はそういうの、嫌いなのかな」
「面白い価値観ではあるのだが、独善的なのが気に入らんのだよ。ま、自分のお気に入りで世界を満たすなんて実に神様らしいと言えばらしいがね。何よりどんなに頑張って原典を絞ろうが、所詮人の数だけ解釈は存在し、ツボが違えば結局最後は殴り合いでどっちが立ってるか決めるしかない。そういうもんさ、人間は」
学問の話か、宗教の話か、いずれにせよ、なんだか難しそうな話が始まったようだ。
聞いているだけでちょっと頭が疲れたかも、と押さえたシュナに、
「トゥラは迷宮の女神様と星の神様、どっちが好き?」
とデュランが問いかけてくる。
迷わず丸屋根の方を指して「う!」と意思表示をした娘に、迷宮領の人間達は二人ともご満悦そうだった。
けれどまたすぐに、デュランの顔は曇る。
「……何か面倒な事にならないといいんだけどな」
「君、今、俺はただデートがしたいだけなのになんで毎回出かけると騒動に当たるんだ、とか思っただろう」
「おっ……ちょっとしか思ってないよ!」
「そうかい。素直でよろしい」
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