迷宮の姫 廟に行く 中編
階段を降り、地下通路を通っていくと、進むのに合わせて壁の照明が灯る。
隣には手を引いているデュラン。
その数歩後ろを、賑やかな学者がついていくる。
様子を窺いがてら、ついでに目に入った茶色の頭髪にじっと目を留める。
「気になる?」
視線にすぐ気がついたデュランに言われ、ぴゃっと声を上げてから彼女は頷いた。
デュラン、すなわち鮮やかな赤毛というイメージが日頃から強いと、髪の色が随分地味になった彼には少々戸惑う。
出かける前に風呂場に引っ込んだと思ったら、カラーチェンジして出てきたのだ。
「まあ……ちょっとね。変かな?」
(変……)
思わず素直な感想を抱いてしまうシュナである。
不評であることは鈍い反応からなんとなく伝わったのだろう、どこか期待するような顔の後、竜騎士はちょっぴりしょんぼりしていた。
「変装?」
「まあ……そんな大したものではないけど」
「いやいや、効果はあると思うよ。だって皆、ファフニルカ侯爵一家は赤毛って覚えてるからね。知り合いに近づかれたらすぐわかるかもしれないが、遠巻きならそのままスルーもするだろうさ」
学者にはそのようにコメントされたものの、どこか居心地悪そうに前髪を弄っている。
しかし不本意ながら興味津々、という様子の娘に「……触ってみる?」と促してくしゃくしゃにされると、それなりに満足そうな侯爵子息なのである。
そんな彼の染髪事情を少々思い出してから、シュナは目の前の光景に意識を戻してくる。
(それにしてもこれ、きっと秘密の通路よね……。いいのかしら。わたくしや、学者の方が通ってしまって)
石造りの通路をキョロキョロ見回しながら、そんなことをふと思えば、ちょうどいいタイミングで学者が口を開いた。
「いやはや、城から各エリアへのショートカットが存在するってのは、皆おおっぴらには言わないでも、なんとなーく察してることではあるんだけどさ。へえ、実際通ってみると……転移陣とは異なるのか」
「いや、時空に干渉しているから転移術の一つではある。ただ、通常の転移では、場所と場所をつなげるだけ。移動は楽だけど、突破されたら防ぐことができない。ならば逆に、あえて中継ぎの空間を作ってしまえば、侵入に加えて脱出のコストも必要になる。加えて、中継のダミーを入れることで、どこに繋がっているのかがパッとはわからないようにしている……って事らしいよ。俺も術には詳しくないから、説明は受け売りだけど」
下りに向かっていた階段が終わると、次は分かれ道に出た。
デュランは右に曲がる。次も右。その次は左。三叉路の真ん中。右……。
(思っていたより道が長い!?)
てっきりトンネルのような一本の通路かと思えば、どこがどうつながっているのか、いつの間にか迷路のような場所に迷い込んでいた。
けれど進む侯爵子息の足取りには迷いがなく、殿を務める形となった学者も呑気に会話を続けている。
「ははあ、なるほど。つまり鍵を一つにして鉄壁の守護をまとめるか、複数用意してリスクを分散させるかって事なのかな?」
「まあ、そういう話でもあるんじゃないのか?」
「たとえば、私は今、どこをどう歩いているかさっぱり状態なんだが、君は資格者なので道が見えている」
「そうだね、正解だ」
「で、もし君が私達二人を置いていったら、我々は道中を知らないし、たとえもし運良く迷路から出られたとしても出口を開く資格がない。必然、路頭に迷って野垂れ死ぬしかない」
「そういうことになるね」
デュランは微笑みながら淡々と答えたが、傍らのシュナは震え上がった。
本当にいざとなったら迷宮への道を開けばいいのだろうが、こんな明らかに常識の通じなそうな場所ではたしてそれがうまく行くのかはわからない。
(置いていかないで!)
すると彼は困ったような顔になり、
「いや、置いていかないよ……?」
と宥める。不安の収まらないシュナはそれでもぴっとりしがみついていた。彼女にとって、密室空間での孤立は立派なトラウマなのである。
震えながら男に密着している娘と、当初困ったように、そして少しするとまんざらでもなさそうな様子になった青年に、他の同行者ならここで冷やかすなり警告を飛ばすなりしたかもしれない。
けれど今回の同行者は学者だった。目の前の人間より未知への興味の方が勝っているようだ。
「なるほど、なるほど……そもそも入り口を開くのに資格者が必要。かつ、案内人と出口担当もいる。脅されて未知を案内させられることになっても、道中は身の安全がある程度保証される。あるいは逆に、誘い込んで自害すれば道連れも可能――いやいや、本当にこの土地は面白い。これを作ったのは百年前の術士?」
「んー。どうなのかな……」
「私も術士の適性はないが、興味で首を突っ込んではいる。いや、これ、実に見事というか、人間業か疑う領域だよ。女神様が与えて下さった宝器の一つなんだろうか」
「あるいは、そういう説もある。俺が聞いたのはざっくり、百年前のご先祖が女神様と話とつけた後に何気なく使いだしたって事ぐらいだ」
「折に触れて思うが、君のご先祖も大概むちゃくちゃな男だよね。私、血縁に拘りすぎるのは馬鹿げてると思うけど、やっぱ繋がって受け継がれていくものはあるんだなって興味深くも思うよ」
「それは褒めているのかな?」
「今の場合やや貶している。ファフニルカ侯爵一家には変人しかいない」
「その変人一家がパトロンなんだってことを忘れるなよ……?」
「おっと、被雇用者は辛いな! いつの時代だって富を握ってる奴が正義なんだ! ……まあでも、間違いなくその子のついでではあるんだろうけど、この場に連れてきてくれただけでも私には立派な価値だ。少々値切るぐらい好きにしたまえ」
仲がいいのか悪いのか、敬っているのか舐めているのか。
不思議な距離感の二人のやりとりを聞いているうちに、迷路は終わっていた。
最初とは逆、上り階段を進んでいくと、終点に壁がある。
そこにデュランが手を触れると、ようやく外の世界に戻ってきた。
振り返れば、一行は森の外れの木の一つから出てきた形になるらしい。
「廟の裏?」
「側面……かな」
「壁の外か。さすがに中に直通はしてないよね。ええと、正門に行くにはどっちから……」
「ここからなら東門が一番近いよ」
「おっとそうか。今日は御曹司がいるから抜け道でも通れるんだった。ついてるよ、君。普通は正門からじゃないと入れないんだ」
最後の言葉はシュナに向けてウインクしながらのものだった。
少し歩けば、三メートル程度の白い壁――塀なのだとすぐにわかった――が目の前に広がり、簡素な門が一カ所ぽつりと閉ざされている。
ここも、デュランが扉の前まで行って手を当てると、仄かに光を放ち、内側に向かって招き入れるように軋む音を立てながら開いた。
「顔パスならぬ手パス」
「何それ?」
「何それって聞きたいのは私なんだよなあ。どういう原理? 手の相でも読み取ってんの? それとももっと内側? 血液とか?」
「いやだから、俺は術の専門家ではないんだって……」
「作られ方は知らない、原理もわからないけど使い方だけは知っている。案外人間の世にはそういうもの、多いよね。宝器に限らずさ」
「先生はどうしてそうなっているのか、の方に興味がある人だもんね」
「むしろ私は、目の前にあるものについてどうして君たちがそんな無知で耐えられるのかが度しがたい。もちろん、全てを知ることは不可能だけど、それにしたってなんで興味すら持たないかね?」
「どうしてそうなるのか、より、どうすればうまくいくのか、の方が実用的だからじゃないかな。どうしてそうなるのか、は知らなくても今困らないけど、どうすれば、は知らないと今困る」
二人はそんな風に、迷路を進んできたのと同じようなやりとりを重ねている。
一方シュナは、現れた建物に目を見張っていた。
たぶんこれが、廟だ。
建物自体は四角い。ただし、中央に見える屋根の形は円錐だった。
シュナ達が入ってきたのは東側と言っていただろうか。塀の方には入り口があったが、内部の建物には四方全てに扉がある、というわけではないらしい。
現在地点から向かって左側――つまり南側が正門に当たるのだろう。そちらの方に、大きな道と建物に出入りする人の流れが見える。
右の北側には、目の前の円錐屋根の建物とはまた別の施設があるようだったが、南に比べれば随分と静かだった。
「あっちは廟を管理、守護している人達の空間なんだよ。俺たちはお参りに来ているから、正門から入ろうね」
「ま――周囲を囲む門はショートカットしてしまったが、本堂には一応形でも礼をしないとね」
二人に促され、シュナはごくりと唾を飲み込んでから、人の群れの中に飲み込まれていく。
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