竜騎士 謎を追う 7

 エゼレクスの去った後、もうしばし未練がましく残っていたデュランだったが、その後いくら笛を吹いても誰も現れない。


 なんとなく離れがたくてぐずぐずしていたが、一度胸に下げている逆鱗が大きく震えた。驚いて見下ろすと、それ以上は何も起こらない。

 なんとなくそれをきっかけに、おとなしく入り口に向けてきびすを返す。


 お茶会に旅立つトゥラを見送った後冒険者組合に寄り、その後いくつか用事を済ませて、迷宮に来たのはすっかり日が沈んだ後。

 城には元々今日は遅くなる、晩餐には間に合わない等伝えていたが、それにしても遅い時間になってしまった。


 待機所には誰も現れないだろうけど一応様子見に、程度に思っていたら、思いのほか大きな収穫が得られたせいだ。嬉しい誤算と言うべきなのか、未だ悩ましくもあった。


(シュナはトゥラ。トゥラはシュナ……)


 早く帰って彼女の顔を見たいような、ずっと会わないままでいたいような。

 彼女の正体についてほぼ確信が得られた今、新たな葛藤と躊躇が足取りを鈍らせていた。


 ふと、一瞬だけ思う。


(ここで思いっきり、逆鱗に息を吹き込んでシュナを呼んでみる?)


 彼女は今、地上にいるはずだ。

 だが、デュラン達にはわからない方法で迷宮を行き来しているらしい。

 逆鱗は彼女の一部。彼女の感情の揺らぎに共鳴して、これまで散々デュランの気持ちも不安定にしてみた。


(それとも、トゥラの前で吹いてみる……)


 思い浮かんだ考えを、結局頭を振って追い払い、重たい歩みを再度進める。


 わかった上で試すような事をするのは、とても誠実とは言えない行動だ。きっと彼女を傷つけるだろう。


(俺が恐れているのは、彼女を傷つけること? それとも、自分が傷つくこと?)


 両方だろう。だからずっと、答えを保留にしてきた。

 でも、出会った瞬間からわかっていた。

 いつか答えを出さなければいけない関係だと。

 彼女自身にだって聞かれたことがある。


 自分たちは一体、何なのか。


「君の全部を、教えてほしい。その上で、俺と一緒に生きてほしい……」


 それが自分の気持ちだ。言葉にしてしまえばなんて呆気ない。


 ため息をついたのは、ちょうど彼が狭い通路を抜け、不気味な古語のびっしり刻まれた祠まで帰ってきたところだった。

 扉を開け、地上の空気を吸おうとした瞬間、入ってこようとした相手と鉢合わせになる。


「ああ、閣下! よかった、探しに行く手間が省けて。もし深層まで潜っていたらどうしようかと――」

「何かあったのか?」


 格好からして冒険者ではなく騎士、そのただならぬ様子に、デュランは驚く。

 ここまで走ってきたのだろう、男は額に汗をびっしりとかいていた。ぜえはあと荒い呼吸の合間に、それでも使命を全うしようとする。


「ありました。大ありです。すぐに城にお戻りを。地上に出たなら、通信もできますね?」

「呼びに来たって事は、案内してくれるのか? 親父に今すぐ連絡するのと、君から事情を聞きながら戻るの、どっちがいい」


 相手の様子や言葉から素早く自分のやるべきことを考え、プライベートお悩みモードから切り替えた次期領主は問いかける。

 すると相手は虚を突かれたように黙り込んだが、重ねてもう一度ゆっくり言われれば内容を理解し、急いで答えようと口を開いたまま固まった。


「わかった、ひとまずついてこい――親父!」


 相手が軽度のパニックになっていることを察知したデュランは、歩き出しながら素早く装備品の中から通信機を取り出す。


 迷宮宝器の一つである通信機は、離れた相手と音声でやりとりを可能にする非常にすぐれたコミュニケーションツールだが、使える場所が地上、それも迷宮領のみと限られている物でもあった。


 迷宮内に潜り込んだ息子を領主が呼ぼうとしたとき、直接つなぐのではなく使者を送りつけるという非常に旧式なやり方しか取れないのも、通信機の限界ゆえである。


 デュランが卵形の機器を握りしめて何度か半ば怒鳴りつければ、ノイズが走ってから音が返ってくる。


「おおよかった、案外早く捕まったか!」

「今迷宮の入り口。そっちに戻ってる」

「よし。ショートカット使うのでも鎧でブーストかけるのでもなんでもいいから飛んでこい。まずいことになった」

「まずいこと?」

「元冒険者ジャグ=ラングリースの自宅に向かったリーデレット=ミガより報告。家が爆発した。父子の消息不明、至急捜索されたし」

「――家が爆発?」


 足を止め、向かう方向を変えようとしたデュランだが、そんな彼を見透かすように音声は続いた。


「そこで引っかかるのは当然だが、さらに悪い続きがある。リーデレットから通信が飛んできてまもなく、娘さん――ニルヴァちゃんと言ったかの、そちらは見つかった」

「どこが悪い続きなんだ」

「奴さん、されてきたのだよ。城内、それも儂らの私室ゾーンに直接、な」

「――なんだって?」


 宝器を使えば、あるいは術によって、空間転移は可能だ。

 ただし迷宮領では転移に制限がある。

 国をまたいだ転移、地上と迷宮を直接つなぐ転移は理に阻まれ、人間にはできない。


 迷宮領の地上部分であれば転移可能だが、転移を行っていい場所は限られており、事前の許可も必要である。


 王城内部、領主のプライベートゾーンに直接人を飛ばす転移は、公式に許可しているルートに存在しない。


 当然、勝手に飛んでくる者がいないように、迷宮の技術の粋を集めて仕掛けも施してある。


 だから、ニルヴァ=ラングリースが私室に現れたという事実は端的に、防衛に穴が開いた――開けられる何者かが実在している、ということも意味している。


「よいリアクションをどうも。悪いことの続きだ」

「これ以上何があるって言うんだ」

「ラングリース一家は相当タチの悪い連中に絡まれたらしい……呪術だ。裏切りを防止する類いのもの。放っておくと首が焼き切れる。今なんとか食い止めてはいるが――」


 そこまで聞き届けたデュランは、瞬く間に鎧を着込み、必死に後を追いかけてきていた騎士に振り返る。


「悪い、先に戻る!」

「ど、どうか鈍足はお気になさらず、閣下――」


 散々走らせた上で置いていく事には申し訳なく思うが、緊急事態である。


「俺が行くまで持たせられるか!」

「その程度ならかなり余裕と言っていいかもしれん。だが一晩は持たん」


 竜騎士は最短ルートを頭に思い浮かべながら、ぐっと地を踏みしめて飛翔した。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る