竜騎士 グダグダになる

「で、若様。そんなことを言い出したってことは? もしかして複数人、気になる女の子ができたとかっすか?」

「……や、その、まあ」


 途端に目を合わせられなくなったデュランに、二十歳を超えたお調子者はぐっと身を乗り出してたたみかける。


「いーじゃないすか! 二人? 三人? みーんな幸せにしてあげれば! 金だって持ってるんだし行けますって!」

「刺された男が偉そうに言うんじゃないよ!」

「あー。んー、ええと、じゃあまあオレは説得力がないとしてー、実際? 一対多、何がいけないすか? だって身体は一つしかないんだもん、そこに二人からアプローチかけられたらどっちも幸せにしてあげるしかないじゃないっすかあ」

「それでちゃんと幸せにできるならね……!」


 ゆらゆらと気持ち良さそうに身体を揺らしているペイテアがデュランに絡みを集中させている後ろでは、本日の良心敗北者達が妻帯者によしよしと頭を撫でられている。


 彼らの愚痴を聞きながらその手にそっとノンアルコールを握らせる作業に勤しんでいたバルドがふと視線を上げたので、デュランは軽く片手で拝んでおいた。

 肩をすくませてから気にするなとでも言うように手を振った年長者は、若者の世話焼きに戻り、デュランもペイテアに肩を叩かれて視線を目の前に戻す。


「納得させればいいじゃないすか、女の子を。ハッピー、ハッピー、足して世界平和!」

「……これでお前が実際に成功事例を積み重ねているなら、悪魔の囁きに聞こえるんだろうが」

「あっはっは! まあ理屈で動かないのが人間だからねえ。女の子は特に皆敏感だし? そこがまた可愛いんだけど」

「お前さては、刺された事懲りてないな?」

「だってそんだけ入れ込んでくれたって嬉しくないすか? まあ、結果として死人怪我人出したら皆不幸にしちゃうから、実際行動に出されるのは不味いけど。でも、気持ちがね? もー、愛しい?」


 竜騎士はぐっと黙り込んだ。


 一瞬、「あなたが振り向いてくれないならここに閉じ込めてやるわ……!」などと言いながら押し倒してくるシュナと、涙目でナイフを握りプルプル震えるトゥラの映像が頭をよぎる。


(アリだな。むしろイイ。情熱的に迫られる。なるほど是非本人にもお願いした、馬鹿野郎アリじゃねーよ! 可愛いけど、可愛いけど! そんなこと言わせたら、させたらダメだよ!)


 黙ったまま忙しく頭の中で天使のデュランと悪魔のデュランが戦っている間に、ペイテアは自分のグラスを空にして、デュランのボトルに手を伸ばしていた。


「や、だからオレはちょっとサンプルとしてアレかもしれないけどぉ。ほら、たとえばヴァイザーとか? 彼女一杯いるけどうまく行ってるじゃないすか。幸せそうじゃん? 混ぜてほしー!」

「やめとけ死ぬ気か。刺されるだけじゃ済まないぞ」

「わかってますって、男は棒のある金づるとしか思ってないからなああの子。んでも、オレよりうまくやってるみたいじゃないすか? 秘訣とか、聞いてみたら?」

「無理だろ。目の敵にされてるんだぞこっちは」

「そっかー……それにそうだなあ、やっぱあれって、女同士だからうまくいってるんすかね? よくわかんねえや。あ、でも亜人社会って一対多じゃん? ヴァイザーじゃないにしても、誰か当たればまた参考になるんじゃ?」


 ううん、と唸った領主子息がついに酒屋のテーブルに撃沈した。


「うう……違う、やっぱこう、肯定派の理屈はわかってきたけど、問題は自分がどうかなんだよ! 自分の解決の道が見えないぃ……!」

「えー? 両方やっちゃえばいーじゃーん」

「違うの、そうしたいわけじゃないの! いや、そうしたいけど……違うの!!」


 食べ始めてから結構な時間が経過しており、いい具合に出来上がっている。

 面倒な絡まれ方の気配を察知したペイテアがスマートにトイレ回避を実行すると、席に戻ってきたリーデレットがバシバシ幼馴染みの背を叩く。


「何、そもそもあんた何……シュナちゃんとトゥラちゃんの間で悩んでるんだっけ? あれ、本気?」

「本気だと思うけどわかんない……」

「ハアー!?」

「だって本気なら本気で不誠実だしそうじゃなくても駄目野郎じゃん、何これ詰んでる」

「いやどっちにしろ駄目なのは確定してるんだからそこはもう認めなさいよ。というか諦めなさいよ。そもそもなんでそんな二択に……ああそっか、本人から言われちゃったんだっけ……」


 逆鱗の竜騎士は喋りながらふと違和感を覚えた。いや、衝撃が勝っていてあまり意識に浮上してきていなかったが、ずっと感じ続けてはいたのだ。

 しかし、酔いが回っていて本来のパフォーマンスを発揮できずにいる脳は思考をまとめきることができず、注意は話しかけられた方に逸れてしまう。


「シュナはさ。逆鱗だから。当然好きじゃん。大事にしたいじゃん。俺の竜だし」

「うん」

「でもトゥラも放っておけないじゃん。ミステリアスだけど。可愛いし。守ってあげなきゃって。放り出せないじゃん。可愛いし」

「うん、まあ……うん」

「だけどさあ……この前ちょっと思ったんだ。トゥラってすっごいシュナに似てるんだよ。仕草とか。行動パターンとか。……目とか」

「まあ……そうね、似てるわよね、あの子達」

「ってことはさ? 俺、もしかしてなんだけどさ? シュナへの好意を、トゥラに代替してるだけなんじゃない? って。なんかこう、シュナに拗らせてる気持ちの余りを、トゥラにぶつけてるだけなんじゃない? それってちゃんとトゥラのこと好きって言えるのかな? でもそうだったらトゥラに対して申し訳なさすぎるし、そうじゃなかったら二股野郎だし、なんだこれ詰んでる。なんでだ。好きなだけなのに、なんでなんだー!」

「そ……それは――待って難題すぎる、そんなこと言われても……ば、バルドとクルトはどう思う!?」

「いや……自分はその、竜との恋愛……? は門外漢なので……結婚相手で目移りしたこともありませんし……」

「呼吸する価値もない童貞にそっちの意見を求めないでくださいっす」

「ちょっとクルト、ごめんてば――!」



 ――飲み会とは。

 悲しいかな、往々にして、最後まで立っていた人間の敗北で終わるものである。


「あまり内容を覚えてないけど、あの日の夜は酷かったことだけは知っているわ」


 と後に女騎士はこの惨状の記憶を語る。



 だが、彼女はついに知ることはなかった。

 この晩、グダグダの末解散した竜騎士に、更なる試練が訪れていたことを。

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