竜姫 共有する

《……シンクロ》

《前もやったでしょ? 意識の同調。感覚・経験を接続・共有し、個体同士を繋いでネットワークを広げ、より多様かつ迅速な処理を可能に……まああれだ、理屈より実地訓練、習うより慣れろって奴かね》


 またエゼレクスがよくわからない言葉を並べ出した……という顔になったシュナを見て、緑色の竜は翼をばさばさと動かした。


《ネド、出番だ。君の得意分野》

《了承》


 一番遠くにいたネドヴィクスは簡潔に答えると手前に飛んできた。代わりにエゼレクスがアグアリクスの隣辺りに降り立つ。ピンクの竜はシュナの真正面にやってきて、顔を近づけてくる。思わず及び腰になった彼女の頭に自分の頭をぴとっとくっつけると、ピンクの竜は目を閉じた。釣られてシュナも同じようにする。


《推奨。呼吸。一致》


 呼吸を合わせろ。それなら確かに、二度の戦闘時に言われ、経験したことだ。あの時より切迫した状況でないから、落ち着いて指示に従うことができる。しかし余裕があって静かな場所だと、なんだか気配をより近くに感じて、奇妙な緊張感もあった。


 ピンクの竜の呼吸に意識して合わせていく。ポーン、ポーン、と喉の奥で鳴る不思議な音に耳を澄ませ、動きを揃えると、程なくして頭の中に無機質な音が響いた。


【他個体からの接触を確認。了承】

【――シンクロ率が70%を超えました。リンクします】

《同調。接続。……完了》


 三度目ともなるとこちらも多少は準備ができていた。自分の中に、自分でないものが入り込んでくるような感覚を、ごくりと唾を飲み込んでやりすごす。


《ふむ。ここまでの手続きは特に問題ないな》

《よーし、お上手、シュナ。今がネドヴィクスから接続を受けている状態。前に体験済みだからもう余裕だね。それじゃネクストステージ、今度は自分を共有する。ネドに向かって、自分を開いてみて》

(自分を、開く……?)


 外部からの声に思わず困惑したシュナは目を開けるが、ネドヴィクスとぴったり顔を寄せ合っているせいでその他の竜が見えない。ネドヴィクスはどうやらシュナとのシンクロやらリンクやらに集中しているらしく、目を閉じたままで喋ることもない。


《そうさな……自分とネドヴィクス、二つの呼吸を感じる事はできるな?》

《……ええ》

《ネドヴィクスの方から、何か向かってきているような感覚があるのではないか?》

《そうかも……風が吹いているような、水が流れ込んできているような……》

《オーケー、上出来。じゃあ、その向きをね。自分からネドの方に向ける、イメージしてみて》


 外部の二竜の声に従い、シュナは自分の内側に念を送る。


(こちらから、流す、みたいに……?)


【他個体への接触を開始。承認待ちです――】

《良。調整。開始》

《うむ》

《よーしよしよし、シュナ、そのまま……そのままね……》


 頭の中でまた新たなフレーズが流れたのとほぼ同時、目の前の竜がポソッと喋った。シュナは言われた通り、現状維持を意識して大人しくしている。


 すると間もなく、自分の胸がかぱっと開かれたような、そんな感触が訪れる。痛みはないが、ちょっとぞわぞわして気持ち悪い。


【――承認されました。リンクの深度が上がります――】

《偉いぞー、シュナ。さすがぼくらのお姫様。後は落ち着いて息をして……読み取りが終わるまで……そう、接続が切れないように、大人しくね……》

《こちらもリンクを開始する》


 二竜も黙り込むと辺りは沈黙に包まれ、より感覚が鋭敏になる。寒気に少し似ている、胸の内側を柔らかい物で撫でられているような、なんとも度しがたい違和感に耐えていると、急にふっとそれらが軽く、息が楽になったような気がした。


《――ダウンロード、完了》

《……同期完了。こちらも問題なし》

《オッケー、シュナ。お疲れ様! 一回切ろう、まだそれ、気持ち悪いみたいだから》


 ふわっと解放感と共に、視界が少しくらりと揺れる。よろめきそうになったシュナをネドヴィクスが支え、労うようにペロペロと顔を舐めてくる。


《……ふむ。破損情報なし。受信は問題なさそうだ。共有を開始する。しばし待たれよ》


 そう言って今度はアグアリクスが目を閉じて黙り込んだ。彼は忙しそうだと見て、シュナはエゼレクスの方に顔を向ける。


《……今のが、シンクロ?》

《そ。概念の吸収まで抵抗感が強いかもしれないけど、慣れれば便利だよ》

《呼吸を合わせると……なんていうか。お互いの視界を見合えたり、相手の身体を動かせたり……そういうことができるようになるってこと?》

《まあそんな感じ? ちなみに無理に切断すると双方に負荷がかかるし、変な処理落ちの元になったりするからおすすめしないよ》

《お互いに呼吸を合わせてる間は大人しく終わるのを待っていた方がいいってこと?》

《ん。いずれ君の方からも自在にアクセスしたり切断したりが可能になるだろうけど、しばらくはまだ気持ち悪いのと違和感の方が強いだろうから、ぼくらの方から君に入って、誘導する形がいいんじゃないかな》


 なるほどなるほど、と素直に頷いていたシュナだったが、ふと黙り込んでいる大きな竜を見て首を傾げる。


《もしかして、アグアリクスは今、この場にはいない別の竜とシンクロしているの?》

《そうだよ。君の外の世界での経験や体験をここの三人で無事受け取れたから、今度はそれをもっと大勢で共有して、君の状態を鑑定し、対処について議論する》

《そうなのね。それもシンクロ? そんなこともできるのね……ねえ、待って。それってわたくしの見てきた光景を、竜の皆で見ているようなものってこと?》

《え? うん、まあ、ようなものっていうかそのものズバリ、とりあえず視角情報を抜いて配布したから……》


 エゼレクスはきょとんとしているが、シュナは段々今行ったことの意味を知ると、自分一人と思って呟いた独り言がいきなり全世界に公開されてしまったような、そんな恥ずかしさがこみ上げてきていた。しかし抗議の声は別方面に向かう。


《そこはだめ、くすぐったいの!》

《ネド。テメーさりげなく何してんだこの野郎》


 解説役が金色の目を剣呑に細めると、シュナの顔やら首やらを毛繕いするように丹念になめ回していた竜はぷいっとそっぽを向いた。その辺りでアグアリクスがブフッと大きな鼻息を吹き出し、同時にパッと目を開けた。


《で。どんな感じ? 他竜の判断は?》

《外では人に、中では竜に変じている。我個体としても総意としても、そう判断するしかあるまい》

《んんん……やっぱりそうなるのかあ》

《ネドヴィクス。それぐらいにしておけ》


 シュナの耳にちょっかいをかけていたネドヴィクスが、エゼレクスに睨まれると知らんぷりだが、アグアリクスが遠くから視線を飛ばすと、渋々といった様子で飛び立ち、アグアリクスの側に再び位置を戻す。シュナは首を振り、翼の端で頭を掻いた。どうも耳は苦手だ、触られるとそわそわする。


《まあショック死するよりは何倍もマシだけど……迷宮の呪いとシュリの祝福の合わせ技? こっえー。でもじゃあやっぱり、シュナは人でもあるけど、そうでないものでもあるって所なんだろうね。竜はトイレ行かないし。身体の中に変なもん溜まったらゲロビームで吐き出――いってぇ!》

《言葉を選べないならまた黙らせるぞ。そうさな、シュナ》


 内輪会議をしていようだ、と見守っていた竜がこちらに顔を向け話題を振ってきたので、なんとなくのほほんとしていた小さな竜はぴゃっと声を上げ姿勢をピンと伸ばす。


《食物摂取に不安があるなら、味覚機能が仕事をするはずだ。人の姿であれ竜の姿であれ、また別の姿であれ、舌に乗せた物が有害物質なら貴方の身体はきっとそう判定する》

《人の時も竜の時も、美味しいと思ったら食べていいということ?》

《雑に言うとそういうことだねえ。まずかったらちょっとお行儀悪くてもちゃんとぺっするんだよ、ぺっ。口入れただけだったらセーフなことも多々あるから》


 それなら簡単そう、とシュナがほっと息を漏らしたのを見やって、緑の竜はからから笑う。


《まあ大体身体は嘘つかないから。気持ちいいことをして、気持ち悪いことは避ければいいんだよ。対人も一緒。心地いい人と一緒に居て、駄目な人とは距離を取るんだよ。ぼくらお外には飛んでいけないんだからね》

《また余計な事を言いだしおって……》

《気持ちいいこと……》

《あ、でもいくら気持ちいいからって、メイティングはしばらく自重してもらえると嬉しいかも――イタイッ》


 シュナがエゼレクスの言葉を噛みしめている間、今度は広げられた翼が後頭部に直撃した。正確なコントロールと予備動作が少ないなりに結構強いらしい威力に感心する前に、気になった言葉がある。


《……それ、なに?》

《ん?》

《今の言葉。メイティングって、なあに? エゼレクス》

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