死の舞踏
天に向かって猛然と伸びていく。また腕の群れが現れたのかと思えば、そうではない。
ネジの先端のようにぐるりと螺旋を描くものは、よく見れば絡み合う複数の根、あるいは蔦の集合体である。
石にしてはしなやかだが、植物にしては生命を感じさせない。無機質に伸びていくそれはおぞましく、死の匂いを纏っていた。
自生し、育っていく柱――できあがっていくものを遠目に見れば、そんな表現ができそうだ。それが一つだけでなく、いくつも地面から生えて、やがては複数の塔に成長する。
塔達は天に向かって貪欲に伸び、半球状に迷宮領を覆う偽りの空まで届いた。
鋭い棘は勢いのままに迷宮領の覆いを突き破ろうとしたが、それは叶わない。
突進し、ぐしゃっと潰れた先端が別れ、自らの侵出を阻む壁を這い伝って広がっていく。その様はどこか、汚染されながら広がっていく血管を想起させた。
地面から伸びていく汚らわしい線は、少し前の女神の腕同様、地表の人間への襲撃を繰り返すかと思えば、下方に興味を示さない。邪魔な天井を這うように広がっていき、互いにもつれ、絡まり合う。
線は網になり、網目は細く狭く小さくなり、まもなく迷宮領を覆い尽くす巨大な膜が出現する。
暗く、昏く、冥く――遮断された世界がより深い闇に閉ざされていく。
点を貫く柱は枝葉を伸ばしたことで、今や世界を飲み込む大樹となっていた。
どくん、どくん、と脈打つように数度、幹が目に見えて伸縮運動のような挙動を示す。
根元の迷宮領から吸い上げられた何かは、ぶくぶくと肥え太った管のごとき枝に瘤として集まり、だらんと垂れ下がって赤黒い実に変じる。
落下した実は地表で砕けると黄金の液体――
産声と呼ぶには耳障りで醜悪な雄叫びを上げ、グロテスクな形の何かが這い出てくる。
経験ある冒険者であれば、いくつかは該当の魔物の名前が思い浮かべられるだろう。だが、常であればどの固体ももっと小さく、形状ももっとシンプルだ。どの実から出てくる魔物も、複数の魔物を無理矢理かき混ぜてくっつけたような、歪な姿をしている。そしてどれもが、少なくとも三階建て以上の大きさをしている。
――
迷宮内に出現する、ひときわ体の大きな魔物。討伐には複数の冒険者の協力が必要だが、移動はせず、また最終的な戦果も通常の魔物に比べて大きい。平常時であれば、彼らの出現は一つの祭りとなり、ささやかな非日常と恵みをもたらす。
しかし、人間達が度重なる迷宮からの侵略で消耗しつつある今、そして明らかに常より凶悪な形で現れたとなれば、状況は悪化していると言わざるを得ない。
「……もう一踏ん張り、か」
休憩を挟んで立ち上がった人々はけして絶望はしていなかったが、平時のように笑みを見せる者は誰もいなかった。
変わっていくのは上空だけではない。
木の根元、地表には、霧のようなガスのような靄がいつの間にか立ちこめてきている。
その中をゆらゆらと、人影のようなものが歩いてくる。
「なんだ、ありゃ」
再戦の気配にいち早く前に出て構えていた戦士達は、その姿がわかるようになると今度は眉を顰めた。
迷宮の魔物はすべて女神イシュリタスから生み出される。
彼らの多くは動植物に似た見目をしているが、一見してすぐに迷宮の化け物であるとわかるようになっている。
例えば犬に似たヘルハウンドは、頭に小型の角が生えている。
二足歩行で人間に形が似ているオークは、猪のような牙を持ち肌が緑色だ。
試練の間でデュラン達の前に立ち塞がった鎧の化け物も、中身は空洞だ。
先ほど地上に出てきたリビングデッド達も、人間を模しているが、一目で死人の模倣品だ、ということがわかる。
――人型の魔物は存在すれど、亜人は存在しない。
亜人はギルディア領に多く存在する、獣と人の掛け合わせのような姿をした人間のことを示す。迷宮外の生き物で、ヒト種の一種だ。
迷宮内の魔物はどれも等しく言葉を話さない。
その知性と社会性、人間という種に示す共感は、女神の化身たる竜にのみ許されたもの。
で、あるがゆえに。
「ここ……どこ……?」
「助かった、の……?」
「あの世なのか……?」
彼らはあまり見たことのない、奇妙な衣服を身に纏っている。
互いに手を取り合い、寄り添って、不安を顔に浮かべ、言葉を話している。
どう見ても人間にしか見えない者達の姿は、これまで出現したどの魔物よりも異様なものだった。
そして場は更に奇妙な方へと変じていく。
空から落ちてきたキメラ達が、ついに動き始めたのだ。
彼らは真っ先に、靄から出てきた人間のような者達に向かって攻撃を開始した。
「きゃあああ!」
「わあああん!」
「死にたくない! 死にたくない!!」
襲われた人間達は恐慌に駆られ、逃げ惑う。勇敢に立ち向かう者はない。足をもつれさせながら飛び跳ねる様は、奇妙なダンスのステップにも似ている。
「おい! 大丈夫か?」
見かねて手を貸した騎士は、ふと相手も鎧を着た人間であると理解する。
見慣れない形なのだが、既視感もある。
一体何が、と考えている間に、相手が手に持つ旗らしきものの紋章に手が止まる。
一方、動転して硬直していたらしい相手も、迷宮領の騎士に不審の目を向け、口を開いた。
「貴様、帝国の人間か?」
「あ――ああああ、あ!」
「んだよダリィ、急に現れるわ役に立つどころか足手まといっぽいわ、なんなんだこいつら」
兎の耳をぴょこぴょこさせ、亜人は面倒そうに吐き捨てる。
駆け寄ってきた学者は興味津々に、白い衣に手を伸ばそうとし、拒絶される。
「なんなのよ! なんで第一種族が外にいるのよ! 汚らわしい奉仕種族のくせに――施設監督者は何をしているの!? 駆除して!!」
「今度は何だ!?」
レイドボスの出現には速やかに撃墜の指示を出せたデュランも、逃げ惑う非戦闘員の姿には困惑する。
だが誰よりも早く事態を把握した迷宮の姫の悲鳴が、竜を介して伝わる。
《なんてこと……あの人、召喚した魔物をより強化するために、既に迷宮の糧となった過去の人達を疑似復活させているのだわ》
迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く 鳴田るな @runandesu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解くの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます