竜姫 贈り物を受け取る
ごそごそしていたデュランが取り出した物を見て、シュナは思わずあっと声を上げかけた。
彼の手の中に収まっているのはリボンだ。色はピンク。レースの飾りがついており、結び目の部分は花のような形の飾りで彩られていた。
見覚えがある。トゥラの時、町で買い物をしていてデュランが見繕っていたものだ。しかも思いっきり「シュナにあげる」と言っていた。
(そ……そうよね! わたくしにくれるって言っていたのだものね。こうなるわよね……!)
トゥラはシュナ、シュナはトゥラなのだ。しかしデュランにとっては、二人は同一人物ではない。トゥラの経験をシュナが知っていてはおかしいし、逆もしかり。つまりシュナはプレゼントのことなんか知らなかったし、今初めてこのリボンを見たことになる――そういう態度を演じねばならない。我がことながらなんとややこしいのか。
(いつか、ごちゃごちゃにして変なことを口走りそう……)
《その……シュナ。気に入ってもらえるといいんだけど》
なんだか心配そうに差し出す彼に、頭を精一杯フル回転させて、シュナはできる限り不自然でない答えを、振る舞いを考えている。
《それはなあに?》
《ほら、お土産を持ってくるよって言ったでしょ? だから……》
《まあ! うれしいわ、ありがとう、デュラン!》
感謝の気持ちは偽りなき真実だが、心の中で内なる自分が「なんて白々しい態度なの! 悪い子だわ!」と憤慨している。父親が生きていたらこんな娘の姿に眉をひそめた事だろう。自分の罪悪感と戦いながら、シュナは必死に、「トゥラはシュナじゃない、トゥラの時のことをシュナは知らない、だからお土産は今ここで見るのが初めて……」と自己暗示を続けている。
幸いにも? デュランの方は、(彼にとっては)結構な重大ミッションであるプレゼントについてうっかり今の今まで頭から飛んでいた事実に対する反省と、どうやって贈り物でシュナを彩ろうか考えるのに忙しいらしかった。
《やっぱり角? それとも首かな。尻尾もかわいいけど、すぐに取れちゃいそうだよね……》
うなりながらシュナの周りをぐるぐる回って検討していた竜騎士だが、最終的に採用されたのは首周りに巻き付けるというある意味最もスタンダードな案だった。
《かわいいよ、シュナ。よく似合ってる》
《ありがとう、デュラン! 大切にするわ》
(……でも、うっかりしたらすぐになくしてしまいそう。そうでなくても、人間に戻ったら首につけていられないし、そもそも今度は“トゥラ”がこれを持っていてはおかしくなるし、けれど“シュナ”がせっかくもらって、しかも身につけるタイプのお土産をなくしたなんて言ったら絶対にデュランはがっかりするし……)
どうしたものか、今度他の竜達に知恵を借りようか、等と考えていたシュナは、デュランが「やっぱり赤にするんだったかな……自重して薄い色にしたけど、せっかくだから赤いリボンの方が良かったかな……はあ、俺のシュナ……」なんて悩ましげかつ不穏な呟きを発しているが、深く考えることなく右から左に流している。
監視役がおらずシュナがぼーっとしている状況では、竜騎士の暴走を止める役が誰もいなくなる。ひっそりと「よし、次は赤色のプレゼントでシュナを彩ろう」と決意を固めた竜騎士だったが、ひとまずささやかな欲望第一弾が満たされたためか、満足げなやりきった表情でシュナをじっと見つめた。
《それにしても、久しぶりだね。こうやって二人きりになるの》
《ニルヴァがいるから三人よ?》
《……寝てるから!》
うっとり口にした言葉にすぐに素朴な返しをされ、騎士はちょっぴりへそを曲げたようだった。
何しろシュナの周りにお目付役がいる状態だと、落ち着いてベタベタすることもろくにできない。なのでこの貴重な時間に是非とも親睦を、と歩み寄ろうとすれば天然の距離感に阻まれる。この世間知らず、概ねノーガードなのだがたまに頑なな姿勢と悪意なき壁を作ってくることがあるのだ。常に距離感ゼロでいたい竜騎士には、行けると思ったところですっと境界線を引かれるのが実にもどかしいらしい。
そしてシュナの方と言えば、なぜ彼が急にむくれ始めたのかわからず、困惑して首をかしげている。
《デュラン。怒っているの?》
《怒ってないよ》
《でもなんだか不機嫌そうだわ》
《きっと気のせいだよ》
《わかったわ。拗ねているのね? でもどうしてかしら。わからないわ。せっかく少し落ち着いて、一緒にいられるのに》
《……まったく! 君には敵わないな》
竜騎士は吹き出し、ぎゅっとシュナの首を抱きしめる。きゅう、と声を出した後大人しくしていたシュナだったが、ふとデュランが何気なく顔を上げた瞬間、至近距離で目が合うことになって慌ててのけぞった。
《シュナ?》
《それは……だめよ》
《それって?》
《近いところで見過ぎるの》
《どうして?》
《……どきどきして、恥ずかしいから》
人の姿だったらきっと両頬で顔を押さえていたに違いない。背中に乗せているぐらいだ、接近されたり触られるのはまだいいのだが……どうも目が合うのだけは、奇妙な照れのようなものがこみ上げてきていけない。
彼はきょとんと目を丸くしてから、さらにぎゅうっとシュナを抱く手に力を込める。
《目が合わなければ、大丈夫?》
《……それならいいわ》
《じゃあ、このままで》
そう言い終えると、デュランはそのまま黙り込んだ。なんだか位置関係上、自分の心臓の音をじっと聞かれているような気がして、シュナはもぞもぞ身じろぎする。
《……デュラン》
《あと少し》
彼は短く答え、また口を閉ざした。
そうなると、邪魔をしすぎるのもよくない気がして……謎の羞恥心を堪え、シュナはじっと騎士が満足するのを待った。
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