迷宮 最深層――御前
デュランは迷宮に愛されているとよく他人から言われてきた。
本人も、ある程度自負はある。
彼ほど多くの竜から選ばれた人間はいなかった。
迷宮の中、竜の背を遊び場にしていた少年など、後にも先にもデュランぐらいだろう。
何かきっと、他人と違うらしい。そういう肌感覚はずっとあった。
――俺ってたぶん、特別扱いされているよね。なんで?
直接竜達に聞いてみたこともある。彼らは首を傾げ、そういうものだと返した。
――あれだよ。お前、気持ち悪いほど適合体適性高いから。
緑色の竜なんかは、そんなことを言っていただろうか。追及しようとしてもそれ以上はのらくらかわされたから、深い意味は未だよくわからない。
――あとな? 確かにな? お前が超絶恵まれてて才能溢れて顔がよくて色んな意味で人生の勝ち組なのは認めるけどな? あんま調子乗ってるとお兄さんちょっと本気でシメるからなテメエこの野郎ふざけんなよ笑ってんじゃねえぞアアン!?
ついでの話なのだが、そうかよくわからないけどやっぱり俺って愛されているんだな! と前向きな領主子息に、緑色の竜は笑顔で青筋を立てながらそのように釘を刺した。
そして実際、魔物の群れの中に、大した装備もなく一人で置き去りにした。
死ぬかと思った。そういえばここって結構簡単に人の命が散る場所だったなと思い出した。短い人生の走馬灯が見えた。
一応死にかけたらちゃんと迎えには来てくれたのだが、本当に見捨てられたかとものすごく焦った。
混沌の頂点はつくづく、教育の仕方が雑の極みだと思う。
おかげでデュランが何もかも舐めきったクソ野郎にならずに済んだ部分もあるのかもしれないが、あの個体はおしゃべり好きの割に、言語化が面倒になると肉体コミュニケーションに走りがちだ。
だが、なんだかんだ最も一緒に冒険をした仲間でもあった。
人間としてのデュランには、どうしても次期領主の名がつきまとう。
竜達はまた違った、一人の悪ガキとしてデュランを見てくれた。からかうように言われることはあっても……やはり、彼らの主はあくまで迷宮の女神だから。
人とは何かが、根本的に違うのだ。
そういう存在と対等な関係になれるのが、とても楽しかった。
そんな生活も、十四の年に失った。
女神イシュリタスから、特級宝器ドラグノスを授けられたためだ。
いかなる危険からも所有者を守る鎧は、竜を退ける呪いを付されていた。
さりとて無双無二の鎧である。
しかも本来、最深層でしか会えないはずの女神と直接対面して渡されている。
見捨てられた、とは思わなかった。むしろ試されている気がしていた。ずっと、何かを問いかけられている気がし続けていた。迷宮の主から、彼女の周囲に侍る管理人達から。
シュナを、トゥラを見つけた時。
これか、という漠然とした感覚があった。これが俺に、任されたものか、と。
(だけど……そうだよなエゼレクス、俺はすぐ傲慢になる。全然足りない。まだ)
デュランが二度目に女神と会った時――思えば彼女は、娘を心配して飛んできたのだろう。
あの時も、シュナとの関係を知らないなりに、おそらく原因が己の逆鱗であることぐらいはわかっていた。
だが今は、もっと別の深刻さを考える。
あの時、一度目の邂逅と違って女神が冷淡だったのは、おそらくデュランがふがいなかったせいだ。
もし適切にザシャに対処でき、シュナの安全を確保していたのなら、わざわざ彼女が出てくる必要もなかった。
(……あれ? でもその前は……シュナのことを、攻撃しようと。俺はシュナと戦って、そこにあいつが割り込んできて。いや……違う。そうか。この人は最初からずっと、娘の心配しかしていない)
今また、銀色の双眸に射すくめられている。
――お前は勝手に、我が子を連れ出して。
――自分のものにして。
――そして危険に晒した。
鋭い刃がごとき物言わぬ目は、雄弁に語るかのようだった。
どの面下げてこの場に来た、と責められているような錯覚を覚えそうになる。
(……その声は。本当にそうなのかもしれない。だけどきっと、半分は、俺自身が作り出した俺の言葉だ)
息を吸って吐き出し、剣の柄を改めて握りしめる。
(しっかりしろ。俺は弱い。俺は全然、完璧なんかじゃない。俺はしょっちゅう、失敗する。だけどここにいる。ここに立つことを許されているのなら……まだ、終わるだけじゃないはずなんだ)
それに、たとえもし断罪され、資格がないと追い返されそうになろうと、潔く応じるわけにはいかない。
鎧の下、胸元には青い鱗があった。
時折ほのかに振動して、どこか遠くの弱々しい波と共鳴している。
「……女神様。迷宮の主、イシュリタス」
ピタリとまっすぐ剣を構え、竜騎士は声を張った。
どこからか吹き込んだ風で、背のマントがたなびく。
かつて女に言われた言葉が、頭をよぎっていく。
――探しなさい。迷宮で、お前の願望を。
「女神様。五年前、保留にしていただいた
女は目を細めたようにも、頷いたようにも見えた。
彼女の細長い手が槍をつかみ直し、低く構える。
優美な見た目の彼女が熟練の戦士の姿勢を取ると、底知れない不気味さを感じさせられた。
ぶるり、と体が大きく震える。恐怖か、それとも武者震いか。
――探しなさい。迷宮に、お前が差し出せる対価を。
(これが対価になるのかは、ともかく……少なくとも、負ける男が望むものを得られないのは確かだ)
す、と女神の腕が槍をなぞるような動きをした。誘うようでもあり、武器を愛でるようでもある。
その直後、彼女の姿が視界から消える。
文字通り、元いた場所からいなくなった。
ほとんど直感だけでデュランは動いた。
鋭い突きが背後から襲い、応戦した剣に弾かれて甲高い金属の音が鳴り響いた。
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