自由な竜 お手入れ待機中

 ピイピイとお互いを呼び合いながら岩場までやってくると、ある竜は地面に近づいたところでぶるぶる全身を震わせ始め、あるものはそそくさ降りたって急かすように背中に首を回し、更に露骨なものは宙で身体を回転させて露骨に背中の騎士を振り落としていた。


 しかしそんな雑な扱いに人間達の方も慣れているのか、抗議の声すらどこか楽しげで、悪態を吐きながらも笑い声が聞こえてくる。


 のんきに降り立ったシュナは、目の前で次々繰り広げられる突然の集団乗竜拒否に唖然と立ちすくんだが、身軽になった彼らはどうやら心置きなく挨拶をしたかっただけらしい。


 甘えるような高音を喉の奥で鳴らして順番に並んだかと思えば、一匹ずつシュナに顔をこすりつけ、ピイピイぶふぶふかしましい。


《――ちょっと! きりがないわ!?》


 熱烈な歓迎にしばらくはされるがままだったシュナだが、自分の番が終わったはずの竜がまた列に並び直してを繰り返していることを知ると慌てて声を上げた。


 すると彼女の近くで存在感を消していた白い竜がばさばさ羽音を立ててやってきて、蜘蛛の子を散らすようにしっしと他竜を追い払う。


 わーわー言いながら飛び散った彼らはそのまま岩場を去ることはなく、ぐるりと大きく旋回するとゆったりした動きで遠くに降り立った。


 よく見てみれば、先ほど振り落とされた竜騎士達が集まっている場所だ。


 集まって何か道具を広げ作業をしていたらしい人々だが、竜が近づいてくると中の一人が袋を持って立ち上がり、中身をばらまき始めた。

 すると撒かれてきらきら光を放つ粒に、一斉に竜達が飛びかかる。


《……竜砂糖カラメル?》

《肯定》


 一体何にそんなに必死になっているのか。目を細めたシュナは、竜達が何かを口の中に吸い込んでは満足そうな顔でボリボリ音を立てて囓っているのを見て、竜騎士達が餌付けをしているのだとようやく気がつく。


《あれってそんなに美味しいものかしら? 迷宮神水エリクシルより?》

《食は娯楽も内包。味覚で快楽を感知。ルーティンワークは回路を補強、応用力を低下。故に竜は刺激物を嗜好》

《……毎日同じ食事メニューで生きてはいけるけど、飽きるってこと?》

《肯定》


 確かに、あれだけこぞってがっつくからには、需要はあるのだろう。

 デュランがやたら押してきたのも、他の竜の食いつきっぷりを横で見ていると、なんとなく腑に落ちるような気もしてきた。


 あれはただの本人の趣味なのではなく、経験に基づいた確実な好感度の稼ぎ方……しかしそう言い切ってしまうのもまた何か違うような……。


 何とも言いがたい顔になったシュナの横では、ティルティフィクスが器用に後ろ足で耳をひっかいている。柔軟性に恵まれた竜だ。


 自分もできるかな……とふと思い立ってやってみようとしたシュナが、三つ足立ちのままぐらりと身体を傾けると、保護者はそっと足で押して元の位置に戻してから、ふふんと鼻息を吹きかける。


 むむむ! と眼を吊り上げるシュナに、しかし保護の竜が向ける眼差しは優しげだ。


《竜塩、竜水、竜酢、竜辛子等も存在》

《そうなの? それって本当に美味しいの!?》

《――竜は刺激物を嗜好》

《肯定が消えたじゃない! それって本当に楽しいの、ねえ!?》

《審議拒否》

《ちょっと!!》


 何しろ最初の印象が割と悪かったので竜砂糖とやらの魅力がいまいち理解できずにいたシュナだったが、なるほどそれなら納得――しかけた所にまた別の疑問が浮上し、思わずティルティフィクスに食ってかかってしまう。


 最初は真面目に解説を務めていた白竜だったが、後半は伝達が面倒になったのか大分雑な応答になり、顔をぐっと近づけたシュナを押しのけるような動作をしたので軽い取っ組み合いになった。


 さすがに生後数日相手なら勝てるかもしれない――という見込みはあまりに楽観に過ぎたらしい。

 ゼロ歳児にしてはやけに手慣れて堂の入ったあやし方をする白竜は、あっという間にシュナの猛攻を受け流すと自分が上手を取って押さえ込みに入った。


 のしかかられると体格差が響く。密着して知ったが、産まれたばかりでもティルティフィクスはやはりシュナより大きかった。


《年下なのにずるいわよ!》


 ひっくり返されて取り押さえられたシュナがピイピイ泣くと、得意げに見下ろしたまま白い竜は首の辺りに甘く歯を立てる。


 じたばたもがくシュナが脱出できたのは、ここまでにしておいてやろうという雰囲気を隠しもしないティルティフィクスがすっと身体を引いてからだった。


 ピシャー! とティルティフィクスに対して威嚇をしたシュナの耳がふと異音をとらえ、彼女は音源の方に顔を向ける。


 するとばら撒かれた餌の確保と堪能に忙しいらしい竜達の合間から、ちらほら身体を見せている鎧の人間達が、こちらに向けて何やら箱のようなものを手に持ち、パシャリパシャリと音をさせているのである。


《あれはなあに?》

《宝器》

《何をする宝器なの?》

《撮影》

《撮影って……なに?》

《画像を保存》


 ティルティフィクスの説明にいまいちピンと来ないシュナが右に左に首を捻っていると、自分たちに青い竜の注意が向いたことに気がついたらしい騎士の一人が竜笛を咥え息を吹き込む。


 ピイピイ高い音を鳴らしながら示す挙動は手招きなのだろう。


 呼ばれるまま飛んでいこうとしたシュナの尾を素早くティルティフィクスが踏みつけ、顰蹙を買った。


《酷いわ!》

《短気。シュナは待機。身が先行》


 悠々と翼を広げたお目付役はそんなことを囀り、飛んでいってしまう。

 自分が偵察をする、ということらしいが、ぽつんと一人にされて黙っているシュナではない。


 急いで後を追うと、二竜の応じる気配に竜騎士達が互いを見合わせ笑い合っている。


 ぱっと見たところ、男性三人、女性一人といったところだろうか。

 いずれも未知の顔ぶれ――いや、もしかしたら前にデュランと訓練場とか言う場所に行った時、既に見知った顔もあったかもしれない。

 皆デュランよりは年上のようだが、白髪が目立つほどの年齢の者はいないように見えた。


 ともあれ、おいでおいでと手招かれるままついていくと、まもなく竜騎士達は水場に彼らを導いた。


 先に一人、若い男が鎧を脱いで袖や裾をまくり上げた格好で、水の中の一匹の竜をごしごしこすっている姿が見える。


 ようやく彼らの意図がわかったシュナは嬉しそうな声を出した。


 砂の間を通るとどうしても身体がぱさつく。

 もちろん自分で清めるのもよいが、この姿ではどうしても自分では手の届かないところも多々存在する。

 それに何より好奇心が刺激された。


 ――が、水場の淵に降り立った彼女は、悲しみとちょっぴりの怒りを込めてしばらく鳴くことになった。


 ちゃっかり者のティルティフィクスが、自分が最初でなければシュナは駄目、と順番を譲らなかったためだ。


 ピイピイ鳴いているシュナを宥めようと、あるいは単純に好奇心で近づいてこようとする竜騎士達の前には、与えられた食べ物を頬張ることに忙しかっただろう竜達が復帰して舞い降り、徒党を組んでシュナに触らせようとしない。


《ずるいわ! 自分たちだけ気持ちいい思いをして!》


 撫でてもらったりブラシでこすられたりして目を細めうとうとしている周囲を見ながらシュナは憤慨するのだが、


《推奨。無駄な面倒事を回避》


 と答えたティルティフィクスその他の竜達の真意までは、いまいち推し量れていないのだった。

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