竜姫 亜人と遭遇する 前編
《ネド!》
《
揺れの中で二竜が叫ぶ。シュナを頭痛が襲ったが――あまり歓迎すべき事柄ではないような気もするが、既にこの経験にもシュナは慣れつつある。自分が自分でなくなる感覚。戦いの気配。
【警告。強制接続は神経にエラーを――】
《ウィザルティクス、ネドヴィクス! あの人をお迎えします。手伝って!》
《
《承知》
自分の中にうるさく響き渡り、支配しようとする声を抑えて叫べば、各々短く返答してきた。
《シュナ!》
《デュラン――来るわ、乗って!》
走ってきた彼は、何が、等とは聞かなかった。荒事にはシュナ以上に慣れている男だ、一瞬で状況を理解し、次に何が起こるかも予測できたのだろう。リラックスしていた状態から素早く武装し、全身に鎧をまとう。背に竜騎士が飛び乗った感触を確かめると、シュナは不安定な地面を蹴って舞い上がった。
《ネドヴィクス、ニルヴァを守って――できる!?》
《御意》
ピンク色の竜は一人事態を飲み込めずに目を丸くしている少女の元にすっ飛んでいくと、彼女の身体に食らいつき、空中に投げ上げる。
「――きゃあっ!?」
……なるほど竜達はその気になれば無理矢理人間を自分に乗せる――乗るというか、積み上げるとか空に浮かんだ人間の下に入り込むという表現の方が正しい気がしたが、ともかくそういうこともできるらしい。
「閣下――た、待機所ですよ!? そんな――」
「ニルヴァ、しっかり! ネドにつかまって――離すなよ!」
ニルヴァは突然の事に目を白黒させていたが、見習いといえど彼女も冒険者だからだろうか――デュランの言葉に咄嗟に反応するようにネドヴィクスの上でもがき、しっかり彼の首に手を置いてぎゅっと身体に力を込めたのが見えた。少女を背に迎えながらも、支援の呪文を唱え始めたらしいピンクの竜から、シュナは自分の横にやってきた銀色の竜の方に視線を移す。
《教えて、ウィザルティクス。わたくしはどうすればいい? どうすれば、皆を守って……》
ついつい口ごもってしまうのは、背にデュランがいるせいだ。今のところ意識して自分を律することができているが、正直いつ何時これからやってくるあの影の群れに対してお母様、と口走らないか、自信がない。
しかしピンチの時の銀色の竜は真面目に察することのできる個体だった。
《
《わたくしは迷宮の外に出られないものね。ここが待機所、一番迷宮の浅いところである以上、深い所に逃げるのも考えものだわ。それならデュラン達だけでも――》
《それはない。ありえない。せめてニルヴァは先に逃がしたかったが……今のウィザルティクスとネドヴィクスの動きを見ていると、無理にそれはしない方がいいんだろう。なら目の届く場所にいてくれた方が助かる。ネドヴィクスは支援型で、防御にも強い。落ちなければかなり安全だ》
背の上からきっぱりと言われて、シュナはきゅうと鳴いた。知ってはいたし頼もしいが、こういう状況でデュランがシュナを見捨てることはあり得ない。
(でも実は逆に逃げてくれた方が、わたくしも後を追ってこっそり迷宮から出られるのだけど……)
隠し事があるとこういうときままならないものだ。
白目を剥いているシュナに、神妙な顔立ちで重々しく銀竜が言ってくる。
《姫様。必然、あちらが諦めてくれるまでここで踏ん張るしか選択肢がないのであります。お覚悟を》
《……できるかしら?》
《姫様のスペックであれば、十分可能性はあるのであります。それに今回、筆頭竜騎士がいるのであります。その男は乗っている竜をしくじらせるようなことはしないのであります。不本意ながら幸運と言えましょう》
この状況になってもデュランへの個人的な恨みを忘れないウィザルティクスの態度に、まだ余裕がある方だと安堵すればいいのか、いやそんなこと言ってる場合じゃないと呆れるべきか。
シュナの頭の中では、忙しく過去の経験から現在の行動を導き出そうとする思考の後ろで、ネドヴィクスが着々と戦闘態勢を整えている音が淡々と響いている。
《つまり……帰っていただけるまで火を吹き続けろってこと?》
《雑にまとめるとそうなるのであります。あと、申し訳ないのでありますが、今回の主力は姫様になるのであります。此方の性質は秩序――個体としての意思が主体に反する場合、不可能って程ではないのでありますが、スペックの低下は避けられないのであります。具体的に言うと、今回の戦闘では此方、直接攻撃は不能――姫様の行動の補助ぐらいしかできないのであります》
ウィザルティクスが部屋ごと魔物を吹っ飛ばしたことは記憶に新しいが、ああいうことはできない――というかあれに相当することを今度はシュナが自分でやらなければいけない、という意味なのだろう。
以前、エゼレクスが一緒に戦ってくれたとき、母は数頭の竜を引き連れていた。ウィザルティクスは秩序の竜、女神に従う性質持ち――ならば本来、シュナを連れ戻そうと襲いかかってくる側なのだ。この場で即座に襲いかかってこない所か多少は手伝ってくれる分、まだ有情なのだと考えた方がいいのだろう。
しかし――今回シュナのみならず、ネドヴィクスの上にはニルヴァが、そしてシュナの上にはデュランが乗っている。この二人のことを守りながら、母を追い返さないと行けない。
一瞬クラッとしたシュナだが、ポンポンと首筋を叩く気配がある。
《待機所にも出るのは想定外だったけど……ウィザル。どのぐらい耐えればいい?》
《今諦めたか、やる気かぐらいなら容易に判定できるのでありますが……どのぐらいで気分が変わるかは、不確定であります》
《ちょっと厳しいな……でも、わかった。やってみよう》
平常は魔物が現れることはないとされている岩場に、黒い影が広がり、そこから無数の腕が伸びる。それをじっと見据えたまま、竜騎士が音もなくシュナの上で構え直した気配がする。
《よし、シュナ……あの影がいなくなるまで、戦う。ニルヴァを守る。やろう。大丈夫、できる》
呼吸を合わせて、とわざわざ言われるまでもなかった。シュナはピンと耳を立て、集中する。もう一つの音のリズムを感じ、自分を合わせる。頭に無数の音が響き渡るが、もはや最初の頃のようにいちいち気にすることはない。ただ、自分と、もう一人と、それから――敵。その三つに集中する。
《行こう、シュナ》
促され、彼女は大きく羽ばたいた。飛んで移動すると、追うように地面から這い出た手が追ってくる。大きく深呼吸するように、吸って、それから息ではなく、攻撃の弾を吐き出した。前よりも大きく、威力の上がった攻撃に影の手が一撃で消し飛んだ。
《着弾成功。次弾装填。支援続行――》
《防御障壁調整。戦闘領域調整。生体状態調整――》
《よし、シュナ。いいぞ。油断せずに――上へ!》
感覚を共有し、時折シュナの身体に乗り移って操るように攻撃の補助をする竜の声、そして相棒の声に素直に、愚直に、彼女は従い、応じ続ける。
真っ直ぐ上に飛び、追いかけてきた次の手を身体を捻って避けると、今度はくるくる身体を回転させながら地表へ。手の群れが這い出てくる影の大元に光の弾を撃ち込み、手の群れがさっと霧散するのを確認すると再び上空へ。
シュリの目的がシュナであり、あくまで彼女だけを追おうとするから、時折発生する落下物や飛来物に注意すればニルヴァは安全そうだった。ネドヴィクスはやや離れた場所から、じっと戦況を見守っている。ウィザルティクスはシュナの後ろについて回り、時折シュリの手が小さな竜を掴もうと四方から襲いかかってくると、攪乱するように前に飛び出た。シュナもデュランの助けや訓練のおかげか前より更にうまく飛べているとは思うが、さすがに全ての方向から攻撃を受けそうになると身体が竦んでしまう。そういうとき、ウィザルティクスは絶妙に割り込んであちらの注意を引き、危なげなく逃げのびては悠々とシュナの所に戻ってくる。
《――攻撃は、効いているけど。本当にキリがないな――!》
何度目かの集中砲火の後、デュランがぼやくのが聞こえた。
影の腕が生えてくる大元に高威力の光を放って消し飛ばしても、すぐにまた別の場所に影が現れてしまう。
あちらがこちらを捉えることもできないし、傷つけることもないが、こちらもあちらに対しての決定打に欠けていて、退散させるほどの段階まで到達できない。シュナはずっと空中を飛び回り続けているのだが、どうにも状況が硬直し、よくない雰囲気になりつつある。
(この前のように、あちら側の竜達の支援が入らないから、まだいいけれど……)
《まずいな、倒せないほどじゃないが、数が多すぎるのと再生が速すぎるせいで終わりが全く見えてこない……待機所は出入り口。他の冒険者の出入りもあるのに――》
デュランの言葉に、シュナははっとする。
手練れの冒険者がやってきて助太刀してくれるなら心強いが、ニルヴァのような見習いや新米がうっかり入り込んできてしまったら、かなりまずいことになる。
《あれはわたくしを追ってくるから、一端砂の間まで逃げてみる?》
《状況を変えるにはいい手でありますが、その場合ネドはついてこられない――此方は基本的には攻撃型、支援はさほどうまくないのであります。アイツの補助が外れると、姫様の攻撃が当たりにくくなって、向こうの攻撃が当たりやすくなるのであります!》
シュナの提案に、側を飛んでいた銀色の竜がピイピイと喚いて返した。デュランが悩んでいる気配がする。シュナも非常に頭が痛い。
(砂の間まで行けば、ニルヴァのことはきっと確実に逃がせる……でも、わたくしがちゃんと逃げ切れるか……それに、デュランのことを守り切れるか――)
《――シュナ、急上昇! ウィザルティクス、ネドヴィクス、逃げろ!》
シュナが考え込んでいた時。急にデュランが激しく鋭い声を出した。今までに聞いたことのない、怒鳴るような声音に、びくっと身体が緊張する。緩やかに下降しつつ旋回していた彼女は、大慌てで首を上に向け、翼に力を入れた。
《できる限り遠くへ、速く――下を向いちゃ駄目だ、巻き込まれる!》
一体何が、と感じる疑問はすぐに消えた。耳慣れぬ異音がしたのだ。びゅん、と何か鋭い物が空を、風を切る音。
――そして、すぐに。
影の手の主が――母が苦悶の絶叫を上げる声を、シュナは確かに耳に捉えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます