竜姫 紹介される

 シュナはしばし何を言うべきか考えた後、そっと無言で目を逸らすにとどまった。


 この態度から察するに、巨大な魔物だけを狙ってシュナとデュランに当てない、自信も保証もあったのだろう。少なくとも彼の中には。


 しかしシュナはそれを知らなかったし、知らされていなかったし、たとえもし事前に丁寧に説明されていたとして、許容できるか微妙な所だと思う。何しろ触れたら問答無用で消失する攻撃を、上空から無差別に降り注ぐ渦中に置かれたのだ。しかも最後は床が抜けた。これで「完璧な仕事をやり遂げましたよ!」と言われても納得できないのは仕方ないことなのではなかろうか。


 が、面と向かってその辺りを指摘しようとすれば、それもそれでやりにくい。

 何しろ銀色の竜は、キラッキラに輝きながらどう見ても賞賛の言葉を全力で待機している。一点の曇りもない。


 なので最終的にシュナは何も言えることがない……としょんぼりするにとどまる。銀色の竜は器用に(たぶんデュランがいるせいで)ちょっと離れた瓦礫の中に降り立った後、「あれ? なんか反応悪いな?」とでも言いたげに首を傾げる。先に降りてきていたネドヴィクスはいつも通り無表情直立不動、こちらにも言いたいことはあるがこれはこれで何とも話しかけにくい。


 シュナが言葉を失っている間に、少女に手を貸していたデュランが顔を上げ、誰の耳にもはっきりと聞こえる大きなため息を吐いた。


《ウィザル、お前なあ……!》

《む。なんでありますか。加勢してやったのであります、感謝するのであります。これが一番早く終わって被害が少ないのであります》

《被害が少ない……? あのね、俺はいいよ、もうこういう扱いにも慣れてるし、無茶振りされてもフォローできるから。でも俺と同じようにシュナを扱うなよ》

《姫様の方が我々より上位権限保有者かつ高スペックなのでありますよ? 此方達が傷つけることなど、万に一つもそもそもあり得な――》


 流暢に自説を唱えていた銀色の竜の言葉がピタッと止まった。彼は翼を広げ、飛び上がる。すぐに着地したのはピンクの竜の隣だ。


《……ネドヴィクス、ちょっと確認したいことがあるのであります。面を貸すのであります》

《受容。肯定。詳細データ。送信。推奨。受信》

《…………》


 しばし竜達は無言で見つめ合っていた。

 なんだろう、まだ自分の知らない彼ら同士のやりとりがあるのかな、そのうち自分も教えてもらえるのかな、できるようになるのかな、とそわそわシュナが見守っていると、やがて銀竜が大きく口を開いた。


《そういうことは先に教えてよぉ!?》


 渾身の悲鳴という感じだった。気のせいだろうか、独特な口調も飛んでいる。どうも今の無言時間の間に、ネドヴィクスから何かしら伝えられたらしい。ピンクの竜は至近距離で大声を出されてビクッと身体を震わせたが、それだけだった。


《どっ、どうしよう。先輩に殺される――いやその前に異端の殺意の波動を感じる! いやでもこれネドヴィクスだって共犯――ああ駄目だ、こいつ観察だから此方の方に優先権があるのであります、完全に此方の確認不足なのであります……!》


「ようやく自分の行いに自覚ができたのか、ゆっくり反省するといい」


 やれやれ、とデュランは肩をすくめている。


(何かわからないし、酷い目には遭わされたけど、ネドヴィクスにだって言いたいことはあるし、ウィザルティクス一人、知らないことで責められるのはかわいそうかも……)


 なんて複雑な気持ちで銀竜に視線を向けていたシュナだったが、少女の咽せる音が聞こえると顔の向きを戻した。


 どうやらポーションの効果は絶大だったようだ。間もなく、少女の足が淡い青色の光を放ったかと思うと、ねじれた足がみるみる元に戻っていく。


(……少しグロテスクだわ)


 すぐに治るのは便利なのだろうが、実際目にするとなかなか異様な光景だ。シュナが怯んで身体を引いた一方、相方の方はさすがの風格を漂わせ、ちっとも動じる様子がない。


「痛みや違和感は?」

「――大丈夫、です」

「動かせそうか? ゆっくりでいいから」


 デュランに促され、少女は右足をゆっくり動かす。膝を曲げ、軽く体重をかけた後、


「問題ありません」


 と消え入るような言葉を上げた。


 萎縮しているか怪我のせいで大人しいのかと思ったが、もともとそういう性格なのかもしれない。


「まったく、このエリアで食人花ヴァンピリアフラスに襲われるなんて災難だったな。あいつはとにかくでかいから片付けるのに苦労する、心構えなく一人のところに出てこられるなんて想像もしたくない。だけど単独潜行については感心しないぞ、ニルヴァ。こういうこともあり得るんだから」


 それまで危険から少女を庇い、庇護する態度を示し続けていたデュランの雰囲気がちょっと変わった気がする。どうも、一通り危険が去り、安全が確保できたので、お小言の時間を始めたらしい。きつく叱りつけているわけではないが、彼が真面目な雰囲気になるとどうしても迫力が出る。腕を組んだ彼に、少女は元々小柄な身体を更に、恐縮するように精一杯小さくしていた。


「仰る通りです。返す言葉もございません……」

「第一、大地の間とは言え、見習い冒険者の単独潜行は禁止されていたはずだけど? 君はどうして、一人でこんな所をうろうろしているのかな。組合に出ていた届け出では、砂の間での帰還が予定だった気がする。記入ミスか、その後都合が変わったのかな」


 ふむふむ、とシュナはやりとりに耳を傾けて新たな情報から推測する。

 お下げ髪の少女はどうもデュランと顔見知りのようだ。見た目からしてどう見ても子どもだし、見習い、という単語が出てきた辺り、一人前の冒険者ではないのだろう。


 それと確かデュランが冒険者は組合に所属しているとか言っていただろうか。どうやら冒険の予定をあらかじめ伝えておく必要があるらしい。外で姿が見えないときに今迷宮にいるのだとわかれば不必要に探さずに済むし、こういう不測の事態が起こった場合に、早期発見してもらいやすくするためのシステムなのかもしれない。

 しかしどうも会話から推測するに、彼女は嘘を吐いて本来入ってはいけない所に侵入したようだ。はて……? とシュナが疑問を覚えると、小さくではあるが、少女がデュランに答える言葉が聞こえてくる。


「最初は砂の間にいたのですが……降りていくチームにたまたま出くわして……お願いして、ご一緒させていただいていたんです」

「なるほどね。まあ、ありえない話じゃないか。それで――ああ、途中までは問題なかったけど、チームはこの先のエリアに進むから、そこで別れたのか」

「は、はい」

「同行チームの名前は? リーダーは誰」

「それは……その……でも……」


 見守り役に徹していたシュナだったが、その辺りでぴう、と声を上げた。


《デュラン。それはちょっと意地悪だわ》

《大事なことなんだよ、シュナ。油断は命取りだから、こういう所はしっかりしておかないと。実際に危なかったんだしね》


 ピリッとした雰囲気のまま答えた彼だったが、シュナの方を振り返るとすぐにくしゃっと顔を歪めた。


「……まあでも、確かにこれだと話しにくいよな。悪かったよ、ニルヴァ。別に責めようってわけではないんだ。ただ、似たような事態を起こして犠牲者を出したくない――というか俺は出させてはいけない立場の人間だから。どうしてこういう状況になったのか、知っておきたいんだ」


 シュナの鼻を撫でながら、険の取れた彼が言うと、少女は大きく目を見開き、二人を見比べている。


「あの……閣下。そちらの方は、もしかして……」

「ん? あー……そうか、そうだった」


 小さくくしゃみをして抗議の目を向けているシュナの首筋をぽんと叩き、騎士は晴れやかな笑みを浮かべた。


「紹介するよ。俺の逆鱗、シュナだ」


 それからぎゅっと彼女を抱きしめて、付け加える。


「美人だろ? 全竜の中で一番かわいい」


《――そういうこと言わないの!》


 シュナがピシャー! と言ったのとほぼ同時に、少し離れた場所からブーイングが二つ分聞こえた気がした。

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