竜騎士 謎を追う 2

「イェルゼは理由を話したの?」

「いんや。『魔が差しました。自分の一存です。処罰を受け入れます』の一点張り。ちなみに酔わせた後はどうするつもりだったの? って聞いたら、『待合室に連れて行って見ているつもりだった』と」

「……見てる? 見てるだけ?」

「見てるだけ。え、それお前さん、例えば誰か入ってきたらなんて言うつもりだったのよって更に問いを進めてみたらね。『お休み中ですからお邪魔しないように』と答えるつもりだった、と。酔っ払いを見届けた直後に見失ったから本人も結構焦ったらしいぞ、後で無事に見つかってほっとしたんだと」

「ハアア!? え、何酔い潰しはするけど後は見守ってるだけの計画だったの!?」

「いや何がしたいのって思うじゃん? 聞くじゃん? 『一存です』の無限ループ。パッパ、頭がどうにかなっちゃいそうだったね!」

「いや本当どうなってんだよ一体さあ……」


 親子は二人揃って赤い頭を抱えた。


 つまりなんだ、あの亜人は悪意を持って酒を用意し、まんまと酔わせておいて、その後何もするつもりはなかったと言うのか。というか話を聞くに見張り係すら務める勢いだったらしいことが推して測れる。


 いや、だったらなんでそもそも酔わせたんだよ。


 信頼している相手の裏切りに、驚きや失望もあるが、聞けば聞くほど「いや、なんで???」の感情で頭がパンクしそうになっていく。


「絶対単独犯じゃないよね。共犯……までは行かずとも、何か吹き込んだ奴はいる。じゃないとやっぱり、あのイェルゼがわざわざこんなことをする意味がわからない」

「ま、そうであろうな。そもそも問題の酒の仕入れ元、使者殿はゴリッゴリの王国貴族。あの一派が卑しい亜人の手を自ら借りるなど、自分ではまず思いつかんだろう。仲介人が必要だろうな」

「酒を飲ませろ、までが命令? その後は何も言われてなかったから自由意志での行動になっていつものイェルゼっぽくなった?」

「あるいは、もっと色々依頼されていたが、黙殺したかの?」

「……駄目だやっぱり全体的にわっけわからん。そもそもなんでこんなすぐバレるようなことを。うちに何年も務めてるんだもん、調べられればたどり着かれることはわかっていたはず……むしろそれを待っていた?」

「ふむ。結局、真相はイェルゼから聞き出すしかない。が、強硬策に出るのもな、なんかいまいち気合いが入らんでな」


 実際に被害が出ていたらまた話は違うのだが、今回の件は事件でありつつ基本的には事故なのである。


 すると、例えば自白剤を盛るような過激手段に出るにもいまいち気勢が上がらない。イェルゼが普段同様の態度なのも、こちらの毒気を削いでくる。


「……まあどうも、イェルゼ自身あまり気乗りしない事だったっぽくて。とすると、頼まれたなり脅されたなりって所なのかな、やっぱりさ」

「脅迫の方は大分可能性が薄いの。現役時代も二級冒険者、奴さん腕っ節はむしろ立つ方だった。酒は下戸。娼館通いは連れて行かれた付き合いでは逆らわない程度。賭博は賭遊戯の趣味あり、ただし節度を持った引退後のお遊びの範囲でしかない。衣食住も貧すぎず贅に過ぎず」

「こうして改めて並べると、うちの領主よりできた人格してるよな、イェルゼ……」

「照れるのう、誰が世界一素敵な侯爵閣下様素敵! だと?」


 領主は片目を瞑り、舌を出してチャーミングな顔になった。


 息子が冷ややかに目を細め、ぴしゃんと言い放つ。


「言ってません」

「そうか」


 息子本人に対しては雑対応で済ませる伯爵だが、たまにふとした瞬間、母親を思い起こさせる顔になられると反射的にすっとボケを引っ込める。次期侯爵の美形はどう見ても母方からの遺伝だ。必然的に、彼の顔立ちはシシリアに似ている所がある。


「娘じゃなくてよかった、家のパワーバランス的に。絶対に尻に敷かれるわい。いや、しかし、それはそれで……」


 なんてほわほわ頭の中に浮かべた雑念を更に温度の下がった目線で射貫かれ、侯爵は気を取り直すように咳払いした。


「――ともかく。そんなできた男イェルゼならばやはり、脅迫を突っぱねるか、こっちに保護を求めるかしてくるだろう。だからなあ、儂、奴さん、誰かに恩を売りつけられたのではないか? と思っとるんだよ」

「義理堅さを利用されたってか。なるほど、そういうことならイェルゼの性格にも合うけど……」


 しばし重たい沈黙が落ちた。


 親子は互いに見つめ合い、やがてデュランの方が根負けしたかのように肩をすくめ、そっと片手を上げてみせる。


「……実は俺。今までの話を総合すると、イェルゼにこんな奇行を取らせるに至った人物に、ちょっと心当たりがある」

「奇遇だの。儂もほんのり」

「これはきっと、思い浮かべている人物が同じパターンだと思うんだけど」

「答え合わせしてみるかの?」

「当たってたら本当に嫌だからやめとく……裏も取れてないし」

「そうだの。もし我々が同じ相手を想定しているのなら、むしろ犯行が表に出てくる方が怖い時だろうからな」


 デュランが憂鬱そうな顔になった一方、侯爵の方はこの話題には幾分か冷静でいるらしかった。


 ボソッと父が言った言葉に「嫌な事を聞いた」という顔をしたデュランが、あ、と声を上げる。


「そうだ、思い出したから言っとこう。トゥラの茶会さ、あれ、本当にやるの?」

「と、申しますと?」


 より分けた書類のうち、領主にとって必要な分を机に持って行く。


 仕事を与えようとする息子と、書類を受け取りたくない父親の間で密やかに大人げない攻防があったが、すぐに領主が負けて恨めしそうな上目遣いを送る。


「使者殿は一応、プルセントラ家ともつながりがある。サフィーリアは大丈夫かな?」

「ふうむ? 一応別派閥ではあるよ、屋敷も近いっちゃ近いけど別邸だし。が、こちらの油断を突かれる恐れもないとは言えんな。酒の出所でもある。だがまあ、逆にもうこの際来るなら来てもらおうかとも思うのだよ」

「トゥラを囮にして、尻尾を出させるってこと?」

「出る尻尾があるなら、この際まとめて出てきてもらって一挙に切り落とすのもよかろう」


 ピクリと気に入らないと言いたげに眉を上げたデュランに、今度は父の方が目を細めた。

 しかし彼の場合元々つぶらな瞳なので、怜悧というより眠る一歩手前程度にしか見えない。喋っている内容の方は結構真面目なのだが、いかんせん見た目は本人の努力だけではどうともならないものだ。


「お前はどーもあの娘さんを腹黒扱いしたくてしょうがないらしいが」

「ち、ちが……あと扱いじゃなくて実際そうでしょ!」

「お前ああいう露骨に強いのは微妙に好みの対象外だからの」

「何の! 話を! しているんだ!?」

「うむ、サフィーリア嬢の話だったな。貴族らしい矜持を持った御仁だ。本人が下手くそ無様な陰謀を練るとは考えにくいし、仮にもし万が一あるとするなら、それなりの厚遇が見込める。まああれじゃよ、言葉を選ばずに言うなら? 誘拐犯が選べるなら、儂ャあそこがいいと思う」

「なんだその理屈!?」

「法国は読めん。領にやったら見世物より酷い事になる。王国派閥なら、あの子を不必要に害さんだろう。その上ご令嬢が誘拐犯と来れば、清潔貞操その他の問題について一切心配せずに済む。なによりあの娘は話し合いの落とし所を知っておる。穏便な奪還もしやすかろうて」

「あのな……」

「最終的にどうにもならなくなったらお前が殴り込みかけるしかないがの。頑張れ竜騎士殿。パパは安全な城の中から応援しているよ」

「いや……うん、そうなんだけどね……?」


 なんだろう、言っていることがわからないでもないのだが、同意しちゃいけない気がするのは。


 まあ何か揉め事があったとしたら自分が頑張るしかないのはその通りだ、と最後の部分にだけ渋々頷いた息子を見守り、父は穏やかな笑みを浮かべた。


「茶会はやりとりの間にシシリアの名前も挟んでいるのだし、何も起こらんと思うよ? 何かあるのだとしても、案外イェルゼの事、そろそろ引退を考える時期になってきた使者殿の事、諸々片付けられるちょうどいい機会だぐらいに思っておくのだのう」

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