正しい願いを

 きらきらと輝く星空のような瞳。

 竜になろうと、人になろうと、変わることはなかった。


 そして今ようやく、出会うことができた。

 ずっと前に知り合っていたのに、この時に至るまで彼女の姿を知らなかった。


 じんとこみ上げる感情を抑えているデュランに向けて、娘は微笑み――。


「ようこそ。勇者よ。全ての試練を乗り越えた貴方を祝福します」


 そして、少し前、迷宮の女神から聞かされたのと、全く同じ台詞を吐いた。


 熱くなりかけていた体が冷え、デュランはいまいちど、目の前の人物をまじまじと見つめる。


 彼女だ。絶対に彼女だ。知らないけれど、知っている。そのはずだ。確信がある。


 その一方で、こともわかる。

 掌から零れて失われた彼女。

 ザシャに奪われ、ユディスに壊され、それでもデュランを守ろうとしてくれた。

 そのはずなのに。


「――君、は」

は第二迷宮統治機関、。初代女神の娘であり、次代の女神候補です。力を失った初代に代わり、対価と引き換えに、あなたの願いを叶えます。さあ、勇者よ。望みは何ですか」


 ――何も知らなかった。知りたくて、迷宮の一番奥深く、全ての願いが叶う場所まで死に物狂いでやってきた。


 けれど、違う。こんな風を望んでいたのではなかった。

 女神の娘は微笑みを浮かべつつも、事務的に情報を告げる。

 おそらくは彼女の本名でさえも、あまりにもあっさりと明かされてしまった。


「……君はシュナじゃないのか?」

「あなたがわたしにそれを望むなら」


 脱力感――忘れていた疲労が一気に体を支配したようだった。膝から崩れ落ちそうになるのを、かろうじて堪える。


 すると娘は微笑を浮かべたまま、不思議そうな顔で小首を傾げて見せた。


「勇者よ、疑問を抱いているようなので補足します。現在のわたし――母体である初代迷宮統治機関イシュリタスから生み出されたわたしは、外部活動時の致命的損傷に伴い、連続性を保ったままの復活は困難と認識され、ステータスを初期化されました。はあなたと初めて会います」


 デュランは苦笑したようだった。力の抜けた自分の体が、それでも表情を形作ろうとして、顔が引きつるのを感じる。


 その彼の鼻先に、すっと娘が人差し指を向けた。


「――ですが、記録によれば、わたしになる前のわたしはあなたと深く交流し、損傷前にバックアップを残している」

「バックアップ……?」

「あなたは、わたしの一部を持っているのでしょう?」


 デュランはハッと目を見開き、胸を押さえた。

 特別な鱗から作られた小さな笛は、目標への小さな縁であり、道標だった。


 思い出してみれば、それこそ今、彼女が自分自身の名前を名乗った時のように、あまりにも容易に渡された。

 咳き込んだ竜の喉からぽろっと零れて、何かの間違いなのではないかと思うほど何気なくて――。


「それをわたしに与えるのなら、わたしはあなたの知るわたしを取り戻すでしょう。それがあなたの望みならば、ですが」


 見知らぬ見知った娘は、あくまで淡々とそう述べた。


 ぎゅっと胸元を握りしめたまま、デュランは考え込むように目を閉じる。


(女神の交代――貴方がそれを望むなら、迷宮は、世界は生まれ変わることができるでしょう。そして無事に引き継がれた後、次の女神が貴方の望みを叶える)


「……女神様は、俺に対価と引き換えに望みを叶えると言った。だけど、彼女にはもう、実行する力がないとも。君が代わりに、俺の望みを叶えてくれるのか」

「肯定します」


 やがて思考を半ば独り言のように紡げば、静かな相づちが返ってきた。

 目を開き、目の前の娘を見据える。

 きらきらと光の浮かぶ、真っ黒な双眸と見つめ合った。


「だけど、叶えられる望みは、一つだけ……だよな」

「肯定します。また、残念なお知らせですが、今現在のわたしはまだ、仮初めの存在であり、明確に定義が固定された状態ではありません。母体イシュリタスは破壊されました。そして次の後継の座は、今一時的に空白となっています。わたし以外に、候補者が現れたこともありますので」

「候補者……」

「今一人の挑戦者は、女神を討ちました。神殺しは罪でありますが、同時に報われるべき大業でもある。――イシュリタスが万全であれば、自らが神になりたい、という矛盾を孕む願いは要素を分解して別解釈として返却しますが、現状は文字通り、彼の望みは彼のものとなる」


 女神イシュリタスもその傾向があったが、彼女達は時折冒険者を置き去りにする言葉を口にする。


 デュランは考える。今まで見聞きしてきた事と、今語られる事をつなげ、答えを導き出そうとする。


「候補者っていうのは、ザシャのことか。つまり……俺が君に世界を救えと願わなければ、あいつが空白の女神の座についてしまう。そういうことなのか?」

「肯定します。そしてもう一つ。初代迷宮機構は今の世界を創世するにあたり、致命的矛盾を体内に抱えることとなりました。それは第二迷宮機構たるわたしにも引き継がれています。あなたはわたしを正しく起動させるために、願わなければならない」

「――神になって、世界を救ってくれ、と」


 次代女神候補は微笑を浮かべた。


「その通りです、勇者よ。千年前、始まりの人がそう願ったように、あなたはわたしに神になれと命じるのです」

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