第184話 見えない人物像





「そちらから訪ねてくるとは思わなかったよ」


 こちらこそ会いたくありませんでしたよ、第5王子殿下。

 それと後ろにつっ立ってる侯爵令息。貴様の父親が面倒な提案ってか、おべっかを使うからこうなったんだぞ。わたしの中でお前のポイントダダ下がりだからな。


「本日は急な訪問をお許しいただき、ありがとうございます」


 実際には連絡してから3日後だけどね。一応ハーティさんが秘書っぽくついてきてくれた。


「用件は聞いているよ。ヴィットヴェーンの最深層を更新したそうだね」


「はっ。80層となります」


「素晴らしい。キールランターでの氾濫といい、君たちは優秀だね」


「光栄にございます」


「ここに来た時にも言ったが、その口調は苦手だろう。砕いてもよろしい」


「ありがとうございます」


 いや、どっちかっていうと、硬い口調のままで終わらせたいんだけど。



「80層までの情報は、全て冒険者協会に報告済みです」


 ほれほれ、お前らだけで情報秘匿なんぞさせないからな。これが冒険者ってもんだ。

 侯爵令息、いやさベースキュルト、なんだいその悔しそうな顔は。


「そして79層にてゲートキーパーに遭遇いたしました」


「ほう。それは」


「クリーピングゴールド・ストームです。こちらがそのドロップ、10組にあたります」


 インベントリから金塊を取り出し、ローテーブルの上に置いた。その数50個。

 おおう、ミシミシいってるわあ。


「こ、これはっ」


 ベースキュルトがビビってやがる。ざまあみろだ。

 だけど第5王子は顔色をちょっと変えた程度だ。やるな。


「貴様、随時コレを献上せよ」


「バッカじぇねー、いえ、お断りします」


 ベースキュルトがなんか言ってるよ。頭どっか湧いてるんじゃないの?


「わたしは『サイド』です。抗命権を持つと同時に、寄親でもない侯爵令息様のお言葉を飲むわけがありません」


「ぐ、ぐぬぬ。殿下!」


 あ、王子殿下に頼りやがった。ちいせえ。


「それは定期的に入手可能なのかな?」


「可能です。ですが当然、『訳あり』が死力を尽くすことになるでしょう」


 半分ホントで半分嘘だ。いや、これからレベルを上げることを考えたら、死力はないか。なんでほとんど嘘。これくらいはいいでしょ。


「さらに言えば、入手したコレは市中に回さず死蔵する予定です」


「なるほどね。ならば致し方ない」


「で、殿下!?」


「まあまあベースキュルト、ここはヴィットヴェーンだ。外様がいきなりやり方を変えろなどと言えば、現地の反発を招くぞ」


「冒険者どもなど」


「キールランターの氾濫で、その冒険者たちに助けられたではないかね」


「ぐっ」


「それに最深層でのドロップ品を献上するよう奏上したのは君のお父上じゃないか。これは手柄だよ。その旨陛下にはよろしく伝えておくさ」


「は、ははっ!」


 あれれ、本気で第5王子ってなんなんだ。なに考えてここに来たのかな。


「それにサワ嬢は経済を考えている。それが牙をむかないことに期待しよう」


 あ、やっぱりこの人、切れ者だ。じゃあなんでこのタイミングでそれを明かす?

 この人どうなりたいんだ。



「あ、それとこちらも。74層で狩ったキングコカトリスの肉です」


「ほう」


「大変美味でした」


「なるほど、ありがたくいただくとしよう」


 話をすり替えよう。ああ、ベースキュルトがなんとも言えない表情してる。いや、ホントに美味しいから。食べればわかるよ。



「サワさんの言っていることが理解できました」


「ハーティさんにわかっていただければなによりです」


 用件が終わったので、ちゃっちゃと伯爵邸から逃げ出した帰り道、ハーティさんが困惑の表情を浮かべていた。


「ええ、あの方は確かにくせ者だと思います。問題はどれだけの人がそれを知っているのか」


「王子殿下の狙いってわかります?」


「いえ、今のところは」


 まあそうだよね。そっか、第5王子が切れ者だって知ってる人が裏にいるかいないかで、見方も変わるってことか。面倒くさいねえ。


「少なくとも侯爵令息は気付いていないと思いますよ」


「ええっ? あんなに露骨なのにですか?」


「多分見たいものしか見ていないのでしょう」


 そんなものかあ。まあハーティさんがそう見立てたんなら、そうなんだろうけど。



「調査は『シルバーセクレタリー』に任せますが、相手に動きが無ければどうしようもありませんね」


「そちらはハーティさん主導でお願いします。わたしたちは」


「ええ、潜ってください。それがクランの力になります」


「喜んで」


 よっしゃあ。んじゃ、ちょっくらレベリングといきますか。



 ◇◇◇



「強い、わねっ」


「リッタが言ったんでしょ。レベル80を目途にレベリングしたいって」


「ああもう、わかったわよ」


 ならば良し。

 迷宮82層は中々に手強い。魔法抵抗を持つ敵も多いし、総じて硬いんだ。


「色違いのロックリザード」


「うんにゃキューン、アイアンリザードだね」


 鈍色をしたロックリザードとしか表現しようがない。デザインが全く一緒だからねえ。そこらへんがゲームだよ。あるよね、色違いデザイン。


「『切れぬモノ無し』」


 ポリンがザクザクやってる。

 前回の80層到達で全員がレベル80を超えたもんだから、みんなジョブチェンジした。わたしはウラプリーストで37ジョブ目だね。そろそろ100層到達を考えた方がいいかな。



「やっぱり55層レベリングは外せないね」


「結構キツい」


 チャートのシッポがちょっとへにゃんだ。

 全員レベル60台なんだよね。冒険的だけど、レベル20くらいの差なら基礎ステータスで覆せる。逆に言えば、これくらいが普通の戦闘だ。これでもまだ安全マージン取ってるくらいだよ。


「やるぞ」


「やる」


 ターンとシローネが気合をいれた。そうこなくっちゃ。

 その後もガーゴイルやらグールやら、その他初見の相手が続々だ。わたしが特徴を暗記してるからいいけど、探り探りだと探索速度も落ちるだろうなあ。知識チートここにあり。


「『アビラウンケン・ソワカ』」


 みんなに負けてらんない。わたしも独鈷杵持って大暴れだ。

 相手の動きを読んで、対応する。うん、いつも通りだ。そうしてれば、レベルが勝手に上がってくれる。上がればどんどん楽になる。


「『ヤクト=ティル=トゥエリア』」


 キューンはオーバーエンチャンターなんで、後方支援だ。他は全員前衛ができる。


「『ワイドガード』」


 ここのところナイト、ロード路線を突っ走ってきたヘリトゥラも、タンクが板についてきた。今はガーディアン。

 相手を押さえ込んだところで、エンヘリヤルのターンとズィスラが襲い掛かる。うん、『ルナティックグリーン』はいい感じ。他のパーティもだね。



「あ」


「どしたの、ポリン」


「これ」


「『免許皆伝』だあ!」


 中ボスっぽいラージアイアンリザードを倒したら、念願のスクロールが出た。サムライ系ジョブ『ヤギュウ』へのジョブチェンジアイテムだ。候補は、わたしかシローネかな。



「いいアイテムも出たし、そろそろ戻らない?」


「そうですね」


 リッタの声にシーシャがちょっと疲れた顔で返事した。到達階層は83で、レベルは70台の半ばってとこか。粘ってもいいけど、1泊したし、もういいかな。


「じゃあ次回は85層に挑戦ってことで」


「おう」


 来るのは大変だけど、帰るのは早い。59層の『ガル・ハスター』には感謝感謝だ。



 ◇◇◇



「良く戻ったね」


「これは、王子殿下」


 クランハウスに戻ったら、第5王子殿下がいやがった。しかもその恰好、お忍びだろ。


「いやいや、私はポリィさんだ」


「ぽ?」


「見ての通りだよ」


 なんでポリィさんなんだろ。いやわかるよ、ポリュダリオスだから。我が私になってるし。

 後ろの二人はああ、護衛さんね。見たことある。


「ベースキュルト様はいらっしゃらないのでしょうか」


「誰だったかな、ああ、確か侯爵令息様の」


「そうですか」


 そういうことか。

 応接にはわたしとハーティさん、あっちは3人だけだ。


「ヴィルターナ様とカトランデ様は呼ばなくても」


「誰だいそれは」


 ああもう。ハーティさんも引きつってるよ。



「私は王都ではちょっとした商会をやっていてね、最近ヴィットヴェーンが好景気だっていうじゃないか。これは商機だと、駆けつけたわけさ」


 なるほどそういう設定なのね。なら仕方ない、付き合うか。


「お話を伺いましょう」


「ああそれと、後ろに立っているふたりは気にしなくていいよ」


「お帰りの際には、お土産でも」


「助かるよ。それでここに来た用件だけど」



 さて、なにを言いだすんだか。


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