第60話 悪役令嬢がやってきた





「何人かは顔を覚えているよ。冒険者の宿で一緒に飲んだね。アレは楽しい思い出だった。僕は、ジャッツルート・ジェム・カーレンターン子爵が長子、カムリオットだ」


 彼こそは、例のカエルでパワーレベリングした子爵令息カムリオットだった。


「こちらは護衛のイーサ」


「よろしくお願いいたします」


 よろしく? いったい何をよろしくなんだ?


「そして、こっちが僕の妹、サークリッタだ」


「わたくしはサークリッタ・ショルト・カーレンターンよ!」


 サークリッタを名乗った彼女は、気の強そうな赤い瞳とプラチナブロンドを2本のドリルロールに纏めた、わたしと同じくらいの年頃に見える。微妙にフェンサーさんとキャラが被るな。


 そしてまさか、まさかとは思うけど、アレなのか?



「何故、こちらに?」


 全身に纏わりつく嫌な予感と共に、わたしは質問してしまった。


「婚約破棄をされたのよ!」


 ああああ。やっぱしだったあ。


「そ、それはまた。どのような事情で」


 ああ、また余計なことを聞いてしまったあ。


「『真実の愛』を見つけたんだって……」


 悪役令嬢じゃねーか!



 ◇◇◇



「婚約破棄ってなんだ?」


「それはね、ターン」



 宴会はお開きになった。まあほぼ予定通りの時間だったので、失礼には当たらないだろう。

 ただちょっと、微妙な雰囲気で終わったことくらいだ。


 今は一番大きい応接室に全員が揃っている。貴族側3人と『訳あり』の17人だ。子爵令息がそれを望んだんだ。

 この辺りで、大体先が読めてきた。


「宴の邪魔をしてしまって、申し訳ないね」


「いえ、もうお開きの時間でしたから」


 何故かわたしがカムリオットとタイマンで話すことになってしまった。


「そう言えば男爵になったと聞いたよ。おめでとう」


「ありがとうございます」


 全然嬉しくないけどね。ツンデレじゃないよ。ホントだよ。



「そこでね、リッタをここに置いてほしいんだ。父上がお怒りで、実家に居場所も無い」


 ああ、予想通りの展開だ。どうする?

 周りを見た。半数ほどが微妙な表情をしている。残り半分は、ああ、状況についていけてないだけだ。


 どうしよう。こんなの完全に厄ネタだ。後になって貴族間の揉め事に巻き込まれる可能性もある。

 しかたない、ここはキッパリと。


「ターンは賛成する」


「ターン!?」


「結婚の約束を破るのは良くない。サークリッタが可哀そうだ」


 ターンの言葉は、完全なる綺麗事だった。


「まあ! なんて可愛い娘なの! ターンって言うのね」


「ターンだ。ハイニンジャをやっている」


 席を立ちあがり、抱き着こうとしたサークリッタをターンは華麗に躱した。そして自分の台詞をちょっと後悔しているような、そんな表情を見せた。耳がヘンニャリしているよ。



「まあ聞いて欲しい。実はリッタは」


「お兄様、わたくしは自分で説明できるわ!」


 顔つきだけじゃない。内面まで中々に気が強そうだ。


「わたくし、冒険者に憧れていたの! 冒険譚を沢山読んだわ!」


 そういう部分は好材料だ。


「貴族扱いなんて不要だわ。わたくしはリッタ。ただのリッタとして仲間にしてほしいの。お願い!」


「そうですか……。みんなはどう思います?」


 実はわたし、この段階でもう心が決まりかけている。訳あり令嬢を受け入れるのが、このクランの真骨頂だ。大体、厄ネタという意味じゃ、わたし以上なんか存在しない。

 婚約破棄された子爵令嬢? はっ、そんなの小さい小さい。


「賛成」


 最初に手を挙げたのはターンだった。前言を撤回せず。その心意気は立派だね。


 続いて『ブラウンシュガー』が全員一斉に手を挙げた。彼女たちも、サークリッタが約束を破られたというのに憤ったのだろうか。鼻息が荒い。


 そこからバラバラと手が上がる。『クリムゾンティアーズ』が、サーシェスタさんが、ベルベスタさんが、ハーティさんもだ。みんな半笑いだよ。だけど、心地の良い苦笑だ。


 ならば、最後になっちゃったけど、当然わたしも手を挙げた。さあ、これで全会一致だよ。


「結論は出ましたね。わたしたち『悪役』……、もとい『訳あり令嬢たちの集い』は『リッタ』を受け入れるよ」



 ◇◇◇



「わたくしはリッタ! ウィザードよ!」


「わたしはイーサ。ナイトです」


 リッタはどうとして、何故かイーサさんまでメンバー入りすることになってしまっていた。どうしてこうなるの?

 今は自己紹介中だ。


「あたしは『クリムゾンティアーズ』隊長、アンタンジュだ。今はウィザードだね」


「今?」


「ああ、今は、だよ。リッタもそのうちそうなるさ」


 リッタの疑問にアンタンジュさんが答える。意地悪そうな笑顔が面白い。


「同じく副隊長のウィスキィよ。今はエンチャンターね」


「……ジェッタだ。プリースト」


「フェンサーですわ。ファイターですわ」


「ポロッコです。ウォリアーです」


「ドールアッシャです。カラテカをやっています」


 そうなんだ。『クリムゾンティアーズ』面々は、前衛と後衛を完全に入れ替えた上で、さらにそれを強化している途中なんだ。



「おれは『ブラウンシュガー』隊長、シローネ。モンク」


「ぼくは副隊長の、チャート。今はカラテカ」


 チャートはウォリアーからカラテカになって、シローネはプリーストからモンクになっていた。なんでもシローネは、わたしと同じにしたいけど、それだけじゃ面白くないそうだ。素直なんだか捻くれてるんだか。


「リィスタ、です。ファイター、です」


「シュエルカ……。エンチャンター」


「テルサーです。ビショップです。よろしくお願いいたします」


「……ジャリット。ウォリアーだ」


 新入り4人組は、すでに3ジョブ目だ。はっきり言って、地味だけど強いよ『ブラウンシュガー』は。



「『ルナティックグリーン』隊長、ターン。今はハイニンジャをやっている」


「同じく副隊長のサワです。今はケンゴーです」


「ハーティです。ファイター、なんですけど、そろそろなんとかしたいですね」


 なんとかって何?


「サーシェスタだよ。モンクさ」


「あたしがトリだねぇ。ベルベスタだよ。ソードマスターだけどエルダーウィザードになるよ。ああ、ウィザード互助会にも参加してるねぇ」


 参加どころか会長でしょうに。こっちにばっかり居ついてるけどさ。



 さあ自己紹介も終わった。これでリッタもイーサも『訳あり令嬢』ってことだね。歓迎するよ。


「とりあえず今日は遅いから、詳しい話は明日だねぇ」


 まったくだよ、サーシェスタさん。



 ◇◇◇



「カエルよ! カエルだわ、イーサ!」


「そうですね。カエルですね」


 リッタはレベル3で、イーサさんはレベル9のままだった。なのでやることはひとつ。カエル狩りだ。



 翌日、冒険者の宿に泊まった貴族一行は、リッタとイーサさんがクランハウスにやってきて、子爵令息は帰っていった。くれぐれも妹をよろしく頼むと、資金援助もすると、名残惜しそうに去っていったよ。資金援助は大歓迎だね。


 そして歓迎会ならぬ、レベルアップ会だ。


 今回参加したのは4人。わたしとターン、リッタとイーサさんだけだ。

 ターンはゲートキーパーを瞬殺してくれて、カエル狩りの間は見物だ。経験値効率は大切だね。


「血が青いわ! 何か緑色を吐き出しているわ!」


「リッタ様、緑色は毒唾です。気を付けてください」


「分かったわ!」


 なんかイーサさんって苦労性なんだろうか。そういう空気を纏っている。私は緑色を纏っているよ。上手いこと言った。

 逆にリッタはもうテンション爆上げだ。なんか冒険者に向いていそう。



 ああ、わたしはここに来てから、どれだけカエルを倒しただろう。ここが第一歩だったのは間違いない。そしてこれからも、新人を連れてくる度にカエル狩りをするのだろう。なむなむ。


 ははっ、わたしが『新人を連れてくる』なんてね。人生分からないもんだ。



 ふと脇を見れば、ターンがのほほんとこっちを見ている。お互い強くなったねえ。だけどさ、これからもどんどん強くなるよ。

 これからも、一緒に冒険しようね。


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