第3章 変わるヴィットヴェーン編
第61話 マルチロールはいいぞ
「凄かったわ! わたくしは何もしてないのに、サワがザクザクやったら、勝手にレベルが上がったの!」
「うむ、サワは凄い」
クランハウスの大浴場で、リッタは大興奮だった。そしてわたしが持ち上げられたのが嬉しいのか、ターンが深々と頷く。なんか妙に相性が良い二人だ。嫉妬なんかしていないんだからね。
リッタの護衛というか、新たなメンバーのイーサは、どこか遠い目をして湯舟に浸かっている。妙に念入りに身体を洗っていたな。
今日のカエル狩りで、リッタはレベル9に、イーサさんはレベル11になった。まずは順調だね。明日は、9層あたり行っちゃおうかな。ハーティさんを誘おう、そうしよう。
「みんなで入るお風呂っていうのも良いわね!」
「ふむ。背中を流す」
「まあ! ターン。お願いするわ」
あれターン、何か仲良すぎない?
ターンがリッタの背中を流しながら、耳元で何かボソボソやっている。むきぃぃ。
「ターンは本当にサワのことが大好きなのね!」
「照れる」
良しっ。許そう。
「サワもターンも凄いわ」
「いやあ、それほどでも」
「それほどでもない」
ターン、ほんとソレ好きだよね。
「わたくしも凄くなりたいわ」
「それは、どういう意味で?」
「婚約破棄の仕返しって気持ちはあるわね。だけど、強くなりたいっていうのは、ずっと思っていたことなのよ」
何か決意じみたモノを感じる。彼女にはそうするだけの、何かがあったのかな。
「だって、冒険者って格好良いじゃない! 自分の力ひとつで莫大な富を稼ぐのよ。深窓の令嬢なんて言われて、挙句に婚約破棄されたわたくしとは大違いだわ」
莫大な富はどうでもいいとして、そうかあ。自分の力で生きてみたいのか。いいじゃない。気に入った。
「ターン」
「うむ」
わたしを信頼してくれている、同意の目だ。
「リッタ。あなたを正式に『ルナティックグリーン』に招待するわ。どんどん強くなって、がんがん稼ぐの。どうする?」
「入るわ。当たり前じゃない!」
「ならば、わたしもですね。お願いします。パーティに加えてもらえますか」
リッタは断言して、イーサも参加を願ってきた。
これで『ルナティックグリーン』のメンバーは、わたしとターン、リッタとイーサ、ハーティさん。後は多分ベルベスタさんだね。サーシェスタさんの飛び入り参加もあるかもしれない。
じゃあ、ガンガン行くよ!
◇◇◇
「私は正式メンバーになった覚えは」
「まあまあ、ロードをコンプするまでの暫定ですから」
「確かに強くなるのに越したことはありませんけど」
「ハーティ」
「なんですか、ターンさん」
「一緒に強くなろう」
ハーティさんはがっくりと膝を突いた。
「じゃあ、リッタたちの歓迎会だね。食料を調達しよう」
「まあ! 街に行くの?」
「そっちは業者さんに任せて、わたしたちは迷宮だよ」
「わたくしとイーサの歓迎会なのに、わたくしも?」
そりゃ、その通りだ。
「……冒険者っていうのはね、歓迎される側でも自分の獲物で感謝を示すものなんだよ」
「そうだったのね。わたくしはやるわ!」
「サワさん……」
「ハーティさん、何か?」
ハーティさんって、なんかこうホント可哀相な気がしてきた。原因は概ねわたしだから、もうちょっとで解放するから、ね?
「マルチロールですか」
「ええ、複数のジョブを渡り歩いて、スキルの幅を広げるタイプの冒険者のことです」
「初耳ですね」
イーサさんが首を傾げている。その向こう側では、ターンとハーティさんがモンスターを焼き払っていた。
ここは迷宮9層だ。
「例えばターンですけど、最初はソルジャーで、それからカラテカ、ウォリアー、シーフ、ウィザード、ファイター、ニンジャ。今はハイニンジャです」
「8ジョブ!?」
イーサさんが唖然としている。リッタは尊敬の眼差しだ。
「色々あってカラテカとファイターはコンプリートできてませんけど、間違いなくヴィットヴェーン最強のニンジャでしょうね」
「サワさんもですか?」
「わたしですか? わたしはヴィットヴェーン最強のサムライです。ターンの横に立つんです」
プリーストから始めて、エンチャンター、ウォリアー、サムライ、ファイター、ソードマスター。今はケンゴーだ。ターンにだって負けないぞ。
そんな会話をしているうちに、リッタとイーサさんは銀の光を纏っていた。戦闘が終わったのだ。
よしっ、これでリッタがマスターレベルになった。イーサさんはレベル15。
「じゃあ進みますよ」
22層でサクっとゲートキーパーのロードスケルトンを倒して、わたしたちは突き進む。
目指すは31層だ。そこから難易度が上がって、経験値が美味しいんだよね。すっかり定番の狩場になったよ。キャンプ場も完備されてるし。
「よぉ」
「あれ、『赤光』さん」
31層にいたのは『白光』の一番隊、『赤光』だった。彼らも31層で狩りの最中だったらしい。こりゃ助かる。
「そっちは5人かい。っておおう、これはお嬢様」
リッタの姿に驚いて、『赤光』が膝を突いた。
「止めてよ。わたくしはただのリッタ。『ルナティックグリーン』のリッタよ!」
「サワ嬢ちゃん、いいのか?」
「良いみたいですよ。ねえ、リッタ」
わたしがリッタを呼び捨てにするのを見て、彼らはなんとか立ち上がってくれた。
◇◇◇
「それでね、わたくしは最強になるの!」
「なるほど。『ルナティックグリーン』のメンバーなら間違いない。折り紙付きだぜ」
「わたくしはやるわ!」
焚火というか、炭火を囲んで2パーティが会話をしていた。『赤光』の人たちが何気にリッタを持ち上げている。
「それで、リッタお嬢はレベル幾つなんだい?」
「15よ!」
『赤光』の連中が、ズバッとこっちを向いた。
「なんでレベル15を連れてきてんだよ!」
「効率が良いからですよ」
「限度があるぞ!」
まあ確かに5人パーティでレベル15(リッタ)と16(イーサさん)を連れてくるのは、常識だとちょっとマズいかな。だけど『ルナティックグリーン』にそれは通用しないんだよ。
「『斬岩』!」
ターンとハーティさん、リッタが氷結系魔法で相手を鈍らせて、リッタ以外の4人がザクザクと敵を斬る。これがマルチロールの力よ。
「相変わらず、すげえなあ」
そうだろう。凄かろう。『赤光』の人たちが驚いた顔をしているのが心地いい。わたしって案外、俗っぽいんだよね。
「ん、大きい?」
「どしたのターン?」
「大きいロックリザードが来る」
「へえ、レアだね。多分ラージロックリザードだよ」
「大丈夫かよ、嬢ちゃん」
「大丈夫ですよ」
ああ、たしかにでっかいロックリザードだ。40層台の雑魚モンスターだね。たまにこういうのが出てくるのがヴィットヴェーンだ。
だけど、今のわたしたちなら敵じゃない。
「ハーティさん、氷。リッタとイーサさんは後ろで。わたしとターンでやります」
「分かったわ!」
◇◇◇
「やあ、戻ったかい」
クランハウスに戻ると、アンタンジュさんたち『クリムゾンティアーズ』が出迎えてくれた。
「ええ、リッタとイーサさんも、もう少しでコンプですよ」
「そりゃあ良かった」
「それにラージロックリザードの肉も手に入れましたよ。レアです!」
「おお、こっちも、フライングラビットを倒したよ」
「あれ? 何層行ってたんですか?」
「22層だね」
「へえ。そっちもレアですね。二人の歓迎会でレア肉とか、縁起が良いですね」
「戻った」
「肉と野菜と木炭、取ってきた」
チャートとシローネたち『ブラウンシュガー』も戻ってきた。24層だったっけ。
ここで言う野菜って、モンスター野菜だったりする。
「おかえり、お疲れ様。大丈夫だった?」
「ばっちりです!」
テルサーが元気に言った。良きかな良きかな。
「じゃあ、乾杯だねぇ」
サーシェスタさんの音頭で、リッタとイーサの歓迎会が始まった。
「リッタもお酒飲むの?」
「ええ。嗜む程度だけど。サワは飲まないの」
「こないだ一口だけ。だけど美味しくなかった」
「サワはお子様ね!」
「なんだと~!」
楽しい歓迎会だ。クランがちょっとだけ大きくなって、それ分だけ喜びが増えた気がする。これからどんどん人が増えていくはずだ。そうしたら、もっと楽しくなるだろう。
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