第22話 レベルアップなれば、カエルにて





「うう、私はいったい?」


「4層でのゲートキーパーとの闘いの後、倒れられたのです。心労がたたったのでしょう」


「私もまだまだだな。して、ここは?」


「第5層の狩場だそうです。ここから本格的なレベル上げが始まるとか」


「そうか。っ!? なんだアレは?」


「ポイズントードと聞いております」



 ああ、目が覚めちゃったか。せっかく4層のゲートキーパーやっつけて、鍵を手に入れたところで、イーサさんが絞め落としたのに。まあもうバトルフィールドだ。中に居るのはわたしと、イーサさん、そして貴族のボンボンだ。名前はなんだっけ。


「これは閣下、ご安眠を乱し申し訳ございません」


「そういうのはもう良い。自分の言葉でこれがレベルアップだと証明してみせてくれ」


「畏まりました。いえ、分かりました」


 わたしはすでに戦闘を開始している。もう3か月以上、毎日毎日同じことの繰り返しだ。そういう意味では、戦闘と言うよりか作業に近いね。最近は特にそんな感じだ。ポイズントードを倒した数なら、間違い無くわたしがこの街の冒険者で一番だろう。



「じゃあ、本格的に行きますね。これからお二人が見るのは冒険者の夢で、そして現実です。全てが終わればレベルアップ。何の心配も要りません」


 後ろを振り返り、カエルの毒やら体液に塗れながらも、にこやかに言ってやった。


「ああ、食事はイーサさんが用意しているので、お腹が減ったら食べてください。わたしは夕食をたくさん食べるから大丈夫です」


 さて、やるか。


「経験値、経験値、経験値ー」


「イーサ……、これはどういう状況なのかな?」


「話としては聞いていました。ですが現実となると、分かりかねます」


「レベール、レーベル、レッツレベルアープ!」


 飛び交うカエルと、緑色の毒唾を無視しながら、わたしは目についた目標を殴り続ける。もはや『パワードメイス』と『エンハンスドチェインメイル』はわたしの分身だ。ジョブチェンジする時に、絶対買い取ろう。高いんだろうなあ。


 そんなことを考えながら、カエルを叩き潰していく。毒唾の緑色と、カエルの青い体液が交じり合い、まるでエメラルドグリーンの花火のようだ。そんな液体がびしゃびしゃと体中に降りかかるけど、無視だ無視。わたしのやるべきことは目の前のカエルを叩き潰す。それだけだ。



 ◇◇◇



「イーサ」


「はっ」


「どれくらい時間が経った?」


「……4時間ほどかと」


「どうしてだ。なぜ戦える? なぜそこまでできる? それなのに、なぜ笑っている!?」


「少なくとも、わたしにはどれも不可能です」


「そうであろうな。これが彼女の言った夢と現実か。ははっ、確かに夢を見ているような気分だよ」


 いや、ただの薬効チートだよ。そう感嘆されても困るんだけど。



「なあ、イーサ」


「なんでしょう」


「美しいとは思わないか?」


「アレがですかっ!?」


 アレ……だと?


「モンスターを相手にしながらも、一歩も乱れていない。目線もだ」


 いや、それはそうする必要がないからで。


「的確に顔面を狙う攻撃のみを避けている。なかなかできることではない」


 おう。分かっているじゃないですか。


「そして間合いに入った敵にのみ、適切な攻撃を与えている。しかも一切の躊躇も無しにだ。私も剣を嗜んでいるから分かる。達人の域だな」


 カエル限定だから、それ。


「なにより凄いのは、この長時間に亘ってそれを成し遂げている精神力と胆力だ。素晴らしい」


 チートだからだよ。


 なんでわたしは心の中でしかツッコミ入れられないのだろう。なんもかんも相手が貴族なのが悪い。


「そんな全てが美しいとは思わないか? こうしてみると、緑の光を纏って、舞っているようではないか。美しいな」


「若様!? 流石にそれは勘違いだと思われます」


 うん。わたしもイーサさんに同意するよ。

 あ、下層組が帰ってきた。そろそろ終わりにしよう。なんか精神的に疲れてきた。



 わたしは、強打を繰り出し。相手の増援を断ち切り全滅させた。

 バトルフィールドが解除され、残されたのは大量のカエルの皮と、緑色のわたしだ。


「うおっ!」


 途端、貴族とイーサさんが銀色の光に包まれる。わたしは何も無し。緑色のまんまだ。くそう、いいなあ。


「レベル8、か。イーサはどうだ?」


「わたしはレベル9になりました」


 たしかあの貴族はレベル3だったはずだ。まあまあの成果だね。


「如何でしたか」


 とりあえず、貴族に聞いてみた。まあ、礼儀みたいなものだ。


「……素晴らしい! 見事であった! 一流冒険者の戦いっぷり、堪能させてもらったよ」


「若様っ! アレは違います。違うと思います!」


 その通りだけど、イーサさん、言い方ってものが。



「ははは、素晴らしい物を見せてもらった!」


 そう言って、貴族はわたしの左手を両手で包み込んだ。

 当然、毒が通る!


「はうおっ!」


「何してんですかっ!!」


 わたしは大慌てで、『ゲィ=オディス』(完全回復)を掛けた。

 こいつ、わたしに貴族を毒殺させるために送り込まれた刺客か何かか?


 復活した貴族が、ふらりと立ち上がった。


「美しいバラには棘があると言うが、緑のバラは毒を持つか。はははっ!」


 ぜんぜん上手くないぞ、それ。



 ◇◇◇



「閣下、先ほどのわたくしの戦いは、少々特殊にございますれば」


「そのような口調はしなくてもいいよ。今日だけは私も一介の冒険者として、君の活躍を見せてもらえて良かった」


「ありがとうございます」


 なんかヤベえ。この貴族の目がキラキラと光って、わたしをロックオンしているような気がする。仕方あるまい、ここは分散させるか。


「閣下、『本当の冒険者』の戦いに興味はありませんか?」


「ほう? それは是非見てみたいものだね」


「では。ウィスキィさん。7層でどうでしょう?」


「サワ……、後で覚えておきなさいよ」



 というわけで現在、第7層の一角で『クリムゾンティアーズ』が、マーティーズゴーレムと激闘を繰り広げていた。

 特に目立つのはターンだ。わたしが見物していることもあってか、貴族なんぞお構いなしに全力戦闘だ。


 ==================

  JOB:SOLDIER

  LV :16


  CON:NORMAL


  HP :11+58


  VIT:16+19

  STR:12+27

  AGI:19+20

  DEX:17+33

  INT:9

  WIS:9

  MIN:14

  LEA:19

 ==================


 『強打』『速歩』『遠目』『強打+1』『跳躍』

 『索敵』『頑強』『突撃』『回避』『速歩+1』

 『暗視』『聞き耳』『強襲』『回避+1』『嗅覚』

 『跳躍+1』『向上』


 これがスキルを併せた、ターンのステータスだ。迷宮戦闘を続けているうちに基礎ステータスも向上している。13歳だし、まだまだ上がるんだろうな。何気にINTも上がっているが、これは私が文字と計算を教え込んだ結果だ。


 そして、マスターした全スキルを如何なく発揮して、アホみたいな技を繰り出した。


 本人曰く『向上』(全能力向上)からの『回避+1』『速歩+1』『跳躍+1』『強打+1』のコンボらしい。3秒でマーティーズゴーレムの両腕が吹き飛んだ。さらに2秒で両脚もだ。

 わたしのカエル撲殺行為とは違うが、これはこれで作業感が凄い。


 結果、ものの15秒でマーティーズゴーレムは消えていった。南無南無。



 それを繰り返すこと3度、貴族さんがレベル9になった。恐ろしい経験値効率だ。


 さあ、ターンの凄さに惚れこむが良い。分散させて一人当たりの視線を少なくなる作戦だ。


「いやあ、君も見事だね」


 そう言って、手を握ろうとした貴族を音もなく躱すターン。だからやめろって、そういうの。


「ははは、怖がられてしまったかな?」


「殺すぞ」


「ターン、ご飯」


「すみませんですた」


 ですたってなんだよ。


「この子は田舎の出で、世の常識が分かっていないんです。なんでも2日に1回は盗賊やらモンスターの襲来がある、殺伐とした村だったらしくて。どうしてもあのような物言いになってしまうのです。寛大な心でお許しいただければ幸いです」


 大嘘だ。


「なるほど、遠方の村々ではそのようなことが。民は領地の宝だよ。私も当主となった暁には心がけよう」


 なんだか良い貴族に見えてきた。



 ◇◇◇



 その日の夜、なんとその貴族は冒険者の宿に現れて、皆と酒を飲み交わして笑っていた。ツェスカさんが青筋を立ててわたしを見ていたが、しらん。わたしのせいじゃない。


「世話になったね。最初は領地を守るためのレベルアップだけが目的だったが、もっと大切なことに気付くことができたよ」


 なんだそれ?


「『クリムゾンティアーズ』には、これを渡しておこう」


 わたしが受け取ったそれは、随分と豪華で、なんか難しい紋章の入った短剣だった。


「若様っ!」


「よいのだ」


 イーサさんの反応を見る限り、これは厄ブツだ。だが、さすがに突っ返すのはマズいだろう。


「庇護ではない。友好の証だ。それならば良いだろう? 私、カムリオット・ジェムタ・カーレンターンはマスターレベル冒険者パーティ『クリムゾンティアーズ』との友好を誓おう。それだけだよ」


「有難く受け取らせていただきます」


 それ以外、何と言えと。



 その時のわたしたちはまだ知らなかった。この短剣がこの後、騒動を起こすなんて。


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