第227話 サワノサキの名





「迷宮総督付相談役? 冒険者協会副会長?」


 ヴィットヴェーン迷宮総督官邸の応接で、わたしはポリィさんことポリュダリオス殿下と、ジェルタード会長と面会してた。二人の背後にはベースキュルトが微妙な表情でつっ立ってる。こっちは、横にハーティさんだね。

 いつもの政治的メンバーってわけだ。


「君は伯爵だろう。これ以上の陞爵は余程の事が無い限り不可能なんだ」


「はあ」


 別に望んでないからいいんだけど。


「金銭での褒賞もある。例の王家への上納については10年間の減免だよ」


「それは助かりますね」


 だからベースキュルト。青筋立ってるって。ひっこめろ。


「それで、さっきの肩書はなんですか」


「肩書だけさ。だけどその分、手当は出る」


「褒賞の内ってわけですね」


 ポリィさんが淡々と説明してくれるお陰で、大体意味は分かった。



「殿下、その伝え方ですと、少々語弊があるかと」


 そこに会長が割り込んできた。なんだろ?


「サワ嬢、さっき言った肩書だけどね、副会長はもういるんだ」


「そりゃそうですよね。あれ、わたし会ったことないかも」


「事務方なんだよ。前線には出ない」


「ああ、なるほど」


 書類仕事がメインか。わたしには絶対真似できないや。あれ? じゃあわたしの副会長ってのは。


「サワ嬢にお願いしたいのは、迷宮異変専任副会長だ」


 なんだそれ。



「つまり、迷宮で異変が起きた場合の実働指揮権を君に委ねるということだ。我と会長はそれを追認する」


「えええ?」


 責任重すぎでしょ。


「今までの異変でも、君の意見を取り入れていたらしいね。それに裏書を付けようというだけのことだよ。もちろん最終責任は、我と会長になる」


「でもわたしは前線ですよ」


「もちろんそれは承知しているさ。君の為すべきことは事前の計画立案と、後方責任者の任命、そして前線で大暴れすることだ。これまでどおりだね」


 そう言って、ポリィさんはちらりとハーティさんを見た。ああ、まあそうだね。


「ここのところ、冒険者関連の事件も起きていないし、教導についても体制は出来上がっているからね。それでも教導課長と調査部別室長っていう肩書はそのままさ」


 会長がそう言うからには、給料は貰えるわけだ。凄いや、お話やドラマで聞いたことのある、肩書でお金が貰えるってヤツだ。実態はどうだかわからないけどね。


 ちなみに今回の黒門氾濫で戦ったパーティやクランには、その働きに応じて褒賞がなされてる。

 なんと、ジュエルトリアとイェールグート君は士爵だ。一代限りだけどね。ケインドさんにも打診したそうなんだけど、謹んで辞退したそうな。その分、お金が払われたらしい。



「それとだね、君も伯爵なのだから、士爵や男爵、子爵の任命権があるんだよ。子爵ともなると、王家の追認が必要なんだがね。そこのハートエル嬢を男爵にしてみてはどうだい?」


 爵位の飛び火がこっちにも来た。確かにハーティさんなんかは血筋もあるし、一代男爵もアリなんだけどね。

 だけどねえ。ポリィさんはそう言うけど、ウチのメンバーって逆に嫌がりそうな気がするんだよ。事実ハーティさんは無表情だ。

 こりゃ持ち帰ってからみんなで相談だね。



 ◇◇◇



「いらん」


「いらない」


 ターンとシローネはばっさりだった。

 各部隊長がとりあえず士爵で、ハーティさんを男爵にどうだろうって、そう提案した結果だ。


「勘弁しておくれよ」


 アンタンジュさんも逃げた。

 そこからが厄介だ。リッタは子爵令嬢、クリュトーマさんは公爵令息夫人、そしてウルマトリィさんは侯爵息女だ。士爵の意味あるのかな? まあ名誉ではあるんだろうけど。


「お受けしたいのですが、わたしには荷が重く」


 ピンヘリアでさえこの有様だ。



「カラクゾット=サワノサキを名乗れるのでしたら、お受けします」


 ハーティさんがそんなことを言った途端、周りの連中が目の色を変えた。


「そいつはいいなあ! ビルスタイン=サワノサキかあ!」


 やめろ、ウルマトリィさん。なんで侯爵家の後ろにサワノサキをくっつける。


「キールランティア=サワノサキ。いいわね!」


 いいからやめろ、ターナ。キールランティアは王家の称号だろうに。それと『ライブヴァーミリオン』は今回戦ってない。


「はい、却下です。全部却下!」


「えー!?」


 ランデ、不服そうな顔しない。王女でしょうが。


「冒険者の時は身分どうこう言いません。だけど、今回の件は無かったことにします!」


「えー!?」


 どうして全員不満そうなんだよ。



 ◇◇◇



「ところでオリヴィヤーニャさんたちは、いつまで滞在するんですか?」


「そうつれないことを言うな」


「いや、迷宮総督ですよね?」


「いやしかし。我も研鑽を積まねばならんなからあ」


 オリヴィヤーニャさんも、オーブルターズ殿下も、いつまでヴィットヴェーンに居る気なんだか。もう1週間だよ。

『フォウスファウダー一家』と『天の零』は未だにヴィットヴェーンに居座ってる。それどころか、99層を抜くまでやり遂げると公言してはばからないんだ。

 今日は『ルナティックグリーン』と合同で3パーティでレベリングだ。



「それで『一家』を『訳あり』に参加させてもらうという話は?」


「ウチは男子禁制です」


「レックス、ホーウェン、おまえたち、パーティを抜けろ」


「なに言ってんですかっ!?」


 いやいやいや、旦那と婿さんを放逐はないでしょう。


「むむぅ、残念だ」


「そりゃ、ベンゲルハウダーに慣れたパーティが加われば嬉しいです。それがオリヴィヤーニャさんたちなら尚更ですけど、総督でしょう」


 迷宮88層でハーピーの群れを相手にしている途中でする会話かっ!


「残念がってくれるのか。よし、やはりレックスとホーウェンを外そう。なに、隙間は冒険者たちで埋める。『オーファンズ』から見所がありそうなのを引き抜こう」


「だからぁ!」


「はははっ、流石は第1王女殿下。肝も据わりが違うなあ」


 オーブルターズ殿下は黙ってて! 仮にも従姉弟なんだから、苦言のひとつも言いなさいな。



「終わったか」


「そうですね」


 88層のモンスタートラップが終息した。


「オリヴィヤーニャさん、レベルは?」


「93、だ」


「我は95まできたぞ」


 オリヴィヤーニャさんはヤギュウ、殿下はなんとイガニンジャだ。ある意味、王族の歴史に名を残しそうな二人だよ。

 他の人たちも上位ジョブで90台に入ってる。これは、いけるかな。


「ふむ、いけるな」


 ターンの太鼓判が出た。


「いい連携だわ!」


 ズィスラのお墨付きだ。これはもう、やるしかないだろ。


「オリヴィヤーニャさん、殿下。明日です。明日、ワイバーンに挑みましょう」


「おう、ついにか」


「気合が入るなあ。おい手前ら、やるぞぉ」


「へいっ!」


 そんな感じで、ふたつのパーティが迷宮99層を貫くことになった。



 ◇◇◇



「ついでと言うわけでもありませんが、『ライブヴァーミリオン』と『セレストファイターズ』、『シルバーセクレタリー』も100層到達しちゃいましょう」


「いいのかい!?」


 ウルマトリィさんが音を立てて立ち上がった。他のメンバーも、何人かが立っている。共通してるのは、12人が目をギラギラさせてるってことだ。

『シルバーセクレタリー』の6人は普段通りだねえ。どんな精神してるんだろ。


「別にわたしの許可とか、そんなコトじゃないですよ。もちろん行けますよね?」


「当然やるわ」


 クリュトーマさんが毅然と言い放つ。

 前回の氾濫で、ほとんどのメンバーがレベル90台に入ってるし、あえてそこでジョブチェンジしていない。つまりはやる気だってことだ。


「ジョブ数も20近くありますし、今のレベルならイケますね。他のクランも100層突破組もいますし、ここらで『訳あり』の力を見せつけておきましょう」


 そうなんだよ。『晴天』『リングワールド』『白光』『世の漆黒』『高貴なる者たち』そして『サワノサキ・オーファンズ』なんかは100層に到達してる。もちろんトップパーティだけだけど。

 すでにヴィットヴェーンは新時代に突入してるって言っても過言じゃない。身内に挑戦させてあげるのは当然だ。そしてそれをサポートするのも。



「じゃあ明日は、『ホワイトテーブル』を除くメンバーで全力出撃です。100層到達組は、99層までの露払いで」


「楽しんでおいでぇ」


 ベルベスタさんが面白そうに応援してくれた。

 そうさ、冒険は楽しまないとね。



 翌日、挑戦した全てのパーティがワイバーンを倒しきった。沢山苦戦もあったけど、頑張ったね、みんな。

 だけど100層なんて通過点だ。ここからが本番だよ。


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