第144話 迷宮の悪意
「うん、迷宮は実に良い」
「うむ」
久しぶりに誰かのレベリング以外で迷宮だ。ターンも燃えてるね。
一応前衛4、後衛2の編成だけど、誰でも前衛後衛ができるのが『ルナティックグリーン』の強みだ。
他のパーティもできるんだけどね。だけど、高いレベルでってなると、ウチか『ブラウンシュガー』くらいだ。さて、やるぞぉ。
「サワ、早く行こう」
ズィスラのツッコミが入った。この感覚も嬉しいね。
「ターン、指示を」
「ターンがコンプリートしたら38層だ」
「了解」
迷宮35層に嵐が吹き荒れる。
「『お前だけは斬る』」
「『剣豪ザーン』!」
ポリンとズィスラのスキルが光る。特に『お前だけは斬る』はスヴィプダグの物理耐性特効斬撃だ。だからスキルのネーミング。
それでもまあ、ジャイアントヘルビートルは崩れ落ちた。今、わたしたちは38層を巡っている。ターンがレベル21になったので、突撃したんだ。
「あ、カタナ」
ポリンが宝箱を開けて見つけたのは、カタナだった。
「やっぱり、シーシャかなあ」
「ふむ」
そうだよね。せっかくサムライになったんだし、ケンゴーにしてあげたいよね。ワルシャンが頭を抱えそうだし、『ブルーオーシャン』のレベリングは果てしないね。口ぶりは大人しいけど、お姉ちゃんのリッタよりアグレッシブなところがあるんだよ。
「とりあえず、49層に行けるだけのレベリングだね」
対象者はわたしとターン、ポリンだ。安全マージンは考えてるけど。
「44層に行く」
ターンが判断を下した。まあ、無難なところかな。待ってろよ、オーガロードさんよぉ。
「なんとかなるもんだねえ」
「ラストアタックはわたしよ!」
「ズィスラも強くなったね」
「当然よ!」
ズィスラはレベル62のケンゴーだ。もうこの辺りだとレベルはそう簡単に上がらない。
ジョブチェンジするか、下層に潜るか、悩ましいところだね。
「ポリンとターンもレベルを上げなさい!」
「うむ」
「頑張る」
こういう優しい所が素敵なんだよね。パーティに取って欠かせないアクセントだ。
◇◇◇
それから3日、シーシャのケンゴー騒動もあった。とりあえずはしばらくケンゴーでジョブ固定と、リッタがそう判定したので納まったけど、彼女は何処へ行こうとしてるんだろ。
さらにジョブチェンジアイテムも出た。見つけたのは44層で合流した『ブルーオーシャン』。だけど出たのは『ギュルヴィたぶらかし』だった。パワーウォリアーの上位ジョブ『エインヘリヤル』へのアイテムだ。このジョブに就いているのはただ一人、エセヒロインことアリシャーヤだね。
「これは『ライブヴァーミリオン』向きじゃないね」
「そうだね」
キューンもちょっと残念そうだ。コーラリアのナデナデテクニックで陥落した一人だな。悔しいぞ。
「わたくしが使いたいです」
「ダメよ!」
レベル23のケンゴーが何故44層にいるのかは謎だけど、リッタが怒るのも分かる。貪欲すぎるよ、シーシャ。
「えっと、ターンだよね」
それだよ、ヘリトゥラ。殴り合いでマルチウェポンジョブならターンって感じがある。でも、わたしも欲しいな。
「まあ、戻ってから話し合おうよ」
わたしの第2次ジョブチェンジから、クラン全体がそういうノリになってきてる。良い傾向だけど、アイテムが出ないとなあ。
「ん?」
レベリングとアイテム漁りをしての帰り道、地上間際の第1層だ。なんだか騒がしい。
「おお、サワお嬢ちゃん。コレ、どう思う?」
「これって、黒門!?」
「だよなあ」
そこにあったのは大きな『ピンクの門』だった。そして『3つ』。
「知らない」
「え?」
わたしの呟きをリッタが拾った。そうだ、こんなのわたしは知らない。知らないぞ。
「ターン、リッタ、クランハウスに戻って。わたしは協会事務所に行く」
「分かった」
リッタは直ぐに返事をくれた。だけどターンはそうしない。
「ズィスラ、頼む。ターンはサワについてく」
「分かったわ!」
「ターン、ありがと。一緒に行こう」
「おう」
「リッタ、ズィスラ、クランに説明をお願い」
「ええ」
全力で突っ走った。これはマズい。本当に嫌な予感しかしないんだ。
「スニャータさん、通るね」
「は、はいっ」
カウンターを飛び越えて、そのまま会長執務室へ走る。そして、ノックもしないでドアを開けた。
「やあ、来たのか」
いつもと変わらない、胡散臭い笑顔の会長がいた。そしてもう一人。
「ジャラントさん」
「よお。説明は終わってるぜ」
ジャラントさん。『白光』のクランリーダーだ。ああ、手間が省けた。だけど、どうしよう。
「ジャラント君、報告をありがとう。悪いが外してもらえるかな」
「ああ、分かりました。サワお嬢、後は頼むぜ」
「はい。済みません」
会長もジャラントさんも察してくれたんだろう、あっさりと執務室は、会長とわたし、ターンだけになった。
「それで、どうしたのかな」
「知らないんです」
「知らない? ……知らないのか」
「はい、その……『ルールブック』に載っていません」
今更だけど、そういう事にした。だけど本当に知らないんだ。ゲームの『ヴィットヴェーン』に、こんなイベントは無かった。『ピンクの黒門』なんて知らない。
考えてみれば前回の氾濫もそうだった。原因が層転移と連動してたなんて、ゲームでは説明されてなかったんだ。理由として自然だったから、そういうもんだって納得しちゃってた。
ゲームとリアルの辻褄合わせ。でも今回は違うような気がする。まるで迷宮がわたしに挑戦してきてるような、そんな感じがするんだ。ぶるりと身体が震える。
「サワ、大丈夫だ」
「ターン」
「ターンがいるぞ。『訳あり』たちがついてるぞ」
「そうだね。ありがと」
「良いよ、知らないということが分かっただけでも、意味はある」
「そう言っていただけると助かります」
「ただし懸念があるね」
懸念だらけだよ。会長が指すのはどういう意味だろう。
「この異変の原因が、君たちにあるかもしれないということだよ。もっと言えば、サワ嬢、君だ」
途端、執務室に殺気が満ちた。
「ターン、ダメ」
「むぅ、だけど」
「いいから」
「ターン嬢、済まないが収めてくれないかな。冷や汗が止まらない。話には続きがあるんだ」
「むむぅ」
まるで部屋の空気を換気したみたいに、一気に重圧が無くなった。ターンが怖い、ってか凄い。
「話せ」
男爵令息に命令しとる。
「分かったよ。当然、偶然の可能性だってあると思っているよ。『黒門』『層転移』『氾濫』この1年の間に起きた異変だ。特に『氾濫』については、過去に例が無かった。そんな現象がこの1年で立て続けに起こっている。これは事実だね」
「ええ、確かに」
言われて実感した。わたしは異物なのかもしれない。だからイベントが起きてるのかも。
「サワ嬢がここに現れたのと時期が重なる。これは確かに偶然かもしれない。いや、僕としても偶然であってほしいと思っている。同時にサワ嬢、君が居なければ、先の異変は解決できなかった可能性が高い」
「つまりわたしが迷宮の意思をくじいた、と」
会長の言葉で、増々イベントな気がしてくる。ああ、嫌だな。
「そうだね。だから僕は思ってしまうんだ。君たちは50層まで到達している。そんな君たちを排除しようとしているか、もしかしたら迷宮からの挑戦、なのかもしれないね」
「排除だけなら、80層あたりに層転移させればお終いです」
だけど、それは無い気がする。それじゃ単なる『即死トラップ』だ。ゲームにならない。
「なるほど、そういう考え方もできるか。では足掻くところを見たい、ならば」
「分かりませんよ、そんなの」
「すまない、意地が悪かった。ただ断言するよ。今回の件がどうなろうとも、僕はサワ嬢たちを排除しないし、深層探索を止めない」
「それはどうしてですか?」
貴族のやることだ、疑わしきを罰しても不思議じゃない。
「簡単だよ。始まった物事は止められないからさ。君がいなくなっても『訳あり令嬢』たちがいる。彼女たちが手を緩めても、他の冒険者たちがいる」
そっか、もう車輪は回り始めてたんだっけ。
「そもそも僕が君を排除できるわけがない。権限でも力でも、サワ嬢に敵う人間なんて、ヴィットヴェーンには居ないんだからね」
はいはい。『訳あり』たちとか『オーファンズ』が反乱を起こすかもね。ちょっと、期待しちゃうよ。
「こんな談義は不毛だね」
だったらすんなし。
「今は対策だ。たとえ知識が無くても、持ちうる限りの知恵を絞ればいいだけさ。期待しているよ」
これだから、この会長は食えないんだ。仕方ない。幾らでも協力するよ。
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