第145話 未知への対策





「皆、良く集まってくれた。顔を上げてくれ」


 その日の夜、協会事務所に冒険者たちが集められていた。代表者だけじゃなく、任意だけど人数制限もしていない。ここは会議室じゃなくって、素材カウンター横のお食事処だ。色んな場所からテーブルや椅子が集められて、一応ほとんどの冒険者は着席している。

 まあ大手は代表者を送り出しているけど、それでも200人くらいは集まってるんじゃないかな。壮観だ。今はそれどころじゃないけどね。


「迷宮1層に現れた『桃色の黒門』のことは聞いただろう」


『桃色の黒門』とはこれ如何に。


「僕も自分が何を言っているのか疑問なんだよ」


 辺りから乾いた笑い声が浮かんだ。


「ひとつ言えるのは、アレを『黒門』として扱うしかないということだ。遅かれ早かれ、モンスターが現れるという前提で話をする。異論はあるかな?」


「いきなり攻撃魔法が飛んできたりはしませんよね」


 どこかの冒険者が冗談交じりに言った。


「否定はできないね」


「……マジかよ」


「前代未聞だということだよ」


 会長のその台詞で、ヴィットヴェーンの冒険者たちがわたしを見た。



「……サワ嬢」


 ため息を吐いて、会長がわたしを促した。


「『ルールブック』には載っていませんでした。正確には、わたしの記憶にありません」


「おいおい」


「本当かよ。マズいな、こりゃ」


 ここに来て以来、迷宮とシステムについてわたしが間違ったことはない。未知のジョブを予言して、モンスターの特性を正確に言い当ててきた。

 ヴィットヴェーンの冒険者たちはそれをよく知ってる。だからこそ、わたしが『知らない』と言ったことに驚きを隠せないでいる。外様組は、それがどうしたって顔だけどね。


「僕たちは完全なる未知と戦うことになる」


「どういうことでさあ」


 他所から来た冒険者が怪訝そうにしていた。


「この1年で3回、ヴィットヴェーンで異変が起きたんだよ。その3回全てを完全に封じ込めることに成功している。一人の死者も出さずにね」


「じゃ、じゃあ、今回だって」


「そうだと良いんだけどね。だけど今回の異変は、これまでと違って前例がない上に、伝承にも残されていないんだ」


「何が起きるか分かんねえって、ことですかい」


「ああ。なので、強制しない。挑むも逃げるも自由だ。特に他所から来た冒険者たちは、よく考えてもらいたい」


「……」


 外様冒険者は黙ってしまった。



「俺は戦う!」


「わたしも!」


 そう言って立ち上がったのは『サワノサキ・オーファンズ』のマッチャー、そしてリンドールだ。完全にキマった目をしてる。


「サワ姉ちゃんたちが居場所をくれた。俺は絶対に守る」


 まだ15歳の二人の決意を聞いて、キールランター、ボルトラーン、ベンゲルハウダーから来た外様冒険者たちは、顔を見合わせている。

 ヴィットヴェーンの冒険者たちは言うまでもない。誰が立ち上がるまでもなく、気炎を上げてるね。


「貴族の血を引く者としては、立ち向かうしかないね。領民を守るためだ。仕方ないよ」


「ボクは次期当主だぞ。逃げるはずがあるか」


 ジュエルトリアとイェールグート君が、優雅に座ったまま決意を語った。横にいるアリシャーヤ、嫌そうな顔をしない。



「マッチャー、座れ」


「だって、ケインドさん」


「ここでイキって立ち上がるのは、ちゃっちいヤツだ。周り見ろ」


「あ」


「どっしり構えてろ。それが冒険者ってもんだ」


「分かった!」


『世の漆黒』のリーダー、ケインドさんがマッチャーたちを嗜める。それを施設長のマーサさんが微笑ましそうに見ていた。って、居たの?



「で、俺たちはどうすりゃいいですかい」


「それは、まあいつも通りだよ」


「ああ、いつも通りですかい」


 ゴットルタァさんがわたしを見た。何がいつも通りだか。



 ◇◇◇



「あの『桃色の黒門』なんていうワケの分からないモノが、今後どうなるかは分かりません。赤くなるかもしれないし、黒くなるかもしれません」


 ほんと、どうなるんだろう。


「どちらにしろ、いつかモンスターが出てくるんだろう、っていう想定で動くしかないと思います」


「そうだねえ」


 合いの手はサーシェスタさんだ。


「まずは観察です。そのためには」


「俺たちだな」


「はい、ネルダートさん」


 シーフ互助会の会長、ネルダートさんが名乗り出てくれた。


「なあに、たかが1層だ。こっちもレベルは上がってるし、ニンジャも増えた。24時間体制で見守ってやるさ」


「助かります」


 良いねえ、こう、打てば響くって感じ。



「次は待機態勢についてです。まず、ジョブチェンジは控えてください」


「それをサワさんが言うのかよ」


 うっさいぞ、ダグランさん。周りも笑うなし。


「うるさいですよ。ただし、コンプリートしてる後衛から前衛へは例外です。その場合『訳あり』がレベリングに協力します」


「お代は」


「タダに決まってるでしょう」


 再びの笑い声だ。まったくもう。


「後は各人のレベリングです。これはもう励んでくださいとしか言えません。どれくらいで門が開くのか、何が起きるのかも分かりません。なので連絡体制を密にします」


「迷宮の入り口に協会職員を置く。パーティ毎に出入りと目的、攻略階層を申請してもらいたい」


 これは最低限だ。流石にサボり営業マンみたいなのは勘弁だよ。


「連絡要員として『オーファンズ』ニンジャ部隊と『シルバーセクレタリー』を用意します。門以外で、些細なことでも構いません。何かあれば伝達してください」


「おうっ!」


 冒険者たちが一斉に返事をしてくれた。さて、外様はどれくらい残るかな。



「ああ『世の漆黒』だったかな、はぐれ者を受け入れてるクラン」


「はぐれ者ってなあ、もう少し包めよ」


 誰かの声に、ケインドさんがそう返した。


「カースドーさん、それに」


「へへ、あっしらもちょっと稼がせてもらおうかってねえ」


「俺も鍛え直しでさあ」


 わたしがボコった二人だ。


「一時的で構わない。『世の漆黒』に入れてくれないか」


「……分かったよ」


「世話になるぜ」


 何か勝手に話がまとまったみたいだ。良かったのかな。



「しょうがねえなあ。俺はゴットルタァだ。『晴天』でも面倒をみるぜ」


「俺たちもだな」


「ああ」


『晴天』に続いて『リングワールド』や『白光』が名乗り出た。


「『訳あり』は女性限定ですからね!」


「分かってるよ」


「ただし、さっきも言った通り、パワーレベリングなら相談に乗りますから」


 苦笑いしかないよ。

 さて、よそ者組はどれくらい残ってくれるのかなあ。


「残った対策は、迷宮の囲いです。そちらはサワノサキ領にお任せください」


 その夜の打ち合わせは、賑やかに終わった。



 ◇◇◇



「今こそサワノサキ領の力を見せつける時です!」


 翌朝、わたしはまたも演説をしてた。何回目だ。当然場所は育成施設。

『世の漆黒』や『高貴なる者たち』『訳あり令嬢たちの集い』も集まってる。


「青い血が騒ぎますね」


「わたくしはやりますわ!」


 なんと『ライブヴァーミリオン』も残ると言い張った。ケータラァさんが胃の辺りを押さえてるけど、見なかったことにしよう。そうしよう。

 今はちょっとでも戦力が欲しいんだ。



「城壁造りを優先します。全員おっちゃんたちの指示に従い、作業してください。繰り返しますよ、わたしたちの力の見せどころです!」


 思わず口調が熱を帯びてしまう。わたしも燃えてるのかな。


「壁は設計の通り、サワノサキ領へ誘導する仕掛けです。造り上げてください。上げたレベルとステータスを今こそ発揮してください」


「おおう!」


「素材は任せてください。レベリングついでに、ロックリザードの石を山ほど持って帰ります。使い切るのが先か、わたしたちが積み上げるか、競争です!」


 よく分かんない戦いが、今始まった。



「わたしたちはレベリングです。残念だけど、当面ジョブチェンジは無しですね。ただし」


 気合を入れている奥様たちを見る。


「『ライブヴァーミリオン』だけは別です。特にコーラリア、エルダーウィザードになって。アイテムはわたしたちが見つけるから」


「わっ、分かりましたわ!」


『ライブヴァーミリオン』ここまでソルジャー、メイジ、シーフ、ウォリアー、パワーウォリアー、カラテカ、プリースト、そしてエンチャンターまで来ている。それなら全員ジョブチェンジだ。


 クリュトーマさんとケータラァさんはファイターから、できればソードマスターかな。

 ユッシャータは、うーんと、エインヘリヤルだ。アイテムはある。

 そしてコーラリアは、念願のエルダーウィザードだ。


「『ルナティックグリーン』は49層で狩ります。『ブルーオーシャン』は44層。『ブラウンシュガー』は35層で『ライブヴァーミリオン』のレベリングと素材集め」


「おう!」


「『クリムゾンティアーズ』はアンタンジュさんの判断に任せます。レベリングとロックリザード重視でお願いします」


「あいよ」


「『ホワイトテーブル』も自由行動。『シルバーセクレタリー』と『オーファンズ』ニンジャ部隊は、連絡要員です」


「分かりました!」



 さあ、どれくらいの猶予があるか知らないけど、それでも徹底的にレベルアップだ。


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