第90話 迷宮に響け
「はっ!」
わたしが自室のベッドで起き上がったのは翌日だった。
昨日、あれからどうしてたっけ。確かハーティさんが協会に報告しに行って、みんなでご飯を食べてお風呂に入ったら、柴犬ーズがそのまま寝ちゃって溺れかけて、わたしも直ぐに寝た記憶がある。
結構記憶あるじゃん。てことは。
「ああああああ」
マーティーズゴーレムの木材でできたサイドテーブルに、柄だけになった『パナウンクル・ブレード』が置かれていた。つまり、夢じゃなかったんだ。
「起きたのかい」
「おはようございます、サーシェスタさん。何時ですか」
「もう昼だよ。身体はどうとして気分はどうだい?」
「最悪ですよ。だけどまあ、落ち着きました。昨日はごめんなさい」
「事前に取り乱すって聞いてた時は何事かと思ったけどさ、見てたらなるほどってなったよ」
「あはは」
未熟者ですみません。
「ほら、お茶でも飲みな」
「オルネさん、ありがとうございます」
「女男爵様があんまり礼を言うのはマズいんじゃないかい?」
「肩書だけですよ」
「まあふんぞり返られるよりは良いけどね」
わたしみたいな色々な意味で平民、いや常識知らずで未熟な人間が、貴族だって言われても困るよ。
「他の皆さんは?」
「『クリムゾンティアーズ』とベルベスタ、ハーティ、リッタとイーサは38層に行ってるよ。レベル上げと『エルダー・リッチ』確認だそうだ」
「なるほど。助かります」
つらつらとオルネさんが教えてくれる。
「『ブラウンシュガー』はズィスラとヘリトゥラを連れて22層らしいね」
食料調達かな。わたしもレベル上げないとなあ。
「おはよ」
「おはよ、ターン。昨日はお疲れ様」
「問題ない」
「チャートとシローネは?」
「まだ寝てるぞ」
ほんと、昨日は付き合わせちゃったなあ。ありがとうね、柴犬ーズ。
「サワ、今日はどうする?」
「とりあえず、ボータークリス商店かな」
サモナーデーモンソードはズィスラにあげちゃったから、今更返せとは言えないし。クランで持ってる装備は大体把握している。
だったら、掘り出し物を探しに行こう。
「ターンも行く」
「おお、ありがとう」
ターンのシッポがブンブンだ。お散歩気分なのかな。
◇◇◇
「こんにちはー」
「たのもう!」
わたしとターンが扉を潜ると、店員さんがびっくりした顔でこっちを見ていた。
「す、すぐに商会長を呼びますので、少々お待ちください」
そう言い残して、店の奥にダッシュして行っちゃった。店番いないよ。
「これはこれは、サワノサキ閣下」
「それ、止めてください」
「分かりました。サワさん、実は伺おうと思っていたんですよ」
「……掘り出し物ですか?」
「大変申し上げ難いのですが、先日在庫整理をしていたらですね、こちらが出てきまして」
カウンターに乗せられたのは、刀と槍だった。
あるじゃねーか! 在庫管理どうなってるんだよ!?
「なにぶん手作業でして」
帳面つけろ!
「言い値で買いましょう」
「お買い上げありがとうございます」
お店から戻ると、チャートとシローネがご飯を食べていた。良かった、元気になったみたいだ。
「サワにお願いがある」
シローネとチャートが深刻そうな顔で言いだした。ああ、ジョブチェンジかな。特にシローネはケンゴーの条件満たしてるし、丁度カタナも手に入ったし。わたしは当面槍で行こうかな。
「あいつをぶっ倒したい」
違ったよ。
「チャートも?」
「うん。できれば、ぼくとシローネ、ターンとサワの4人で」
リベンジってことか、いいねぇ。
「だから今、ジョブチェンジしない」
「ぼくも」
チャートは直ぐにでもハイニンジャになれる。だけど、それからだと多分間に合わない。10日後って高らかに宣言しちゃったもんねぇ。
いや、いつまた黒門が出るか分からないから、早いに越したことはないんだよ。ほんとだよ。
「分かった。夜にでもみんなと相談してみよう」
◇◇◇
「構わないんじゃない」
みんなを代表して、アンタンジュさんがあっさりオーケーを出した。
「負けっぱなしは面白くないさね」
ベルベスタさんも乗ってくれる。
「でも、一番大変なのはサワなんじゃない?」
「大変ですけど、やります」
ウィスキィさんはちょっと心配してくれた。
「サワならやれますわ!」
「フェンサーさん、ありがとうございます」
次々と仲間が励ましてくれる。ああ、温かいなあ。
翌日から『ブラックイレギュラー・サワ』と『ブラックイレギュラー・ターン』そして『テンポラリーアンバー』(チャートとシローネ)のレベル上げが敢行された。
ターンとチャート、シローネは即38層へ、わたしはまず22層からだ。なんせレベル13だからね。そして全員10日間、地上に戻る気は無い。
時々他のメンバーがサポートしてくれることになってるけど、とにかくレベルを上げるんだ。特にわたしとシローネは火力が足りない。
レベルを上げて、威力を上げる。
真っ黒な10日間が始まる。
◇◇◇
10日後、迷宮38層に4つの人影があった。
ひとりは朱色の槍を持ち、刀と脇差しを腰にする、戦国武将かの如くだ。額には『漆黒のハチガネ』が巻かれ、黒髪が靡いている。一人の修羅だ。
わたしなんだけどね。
3匹の柴犬は、3頭の狼と化していた。
ターンは『黒のクナイ』、チャートは『紅のクナイ』を持っている。シローネは『吹雪の短刀』を手にしていた。
どれも38層でゼ=ノゥを倒して手に入れたモノだ。カタナが出ていないのはお察しの通り。
さらにターンとチャートは『ニンジャ頭巾』を被っている。隙間から柴耳がピコピコしているのが可愛い。いや、勇ましい。
チャートはニンジャでレベル53。シローネはシーフのレベル61だ。レベル60台ってヴィットヴェーンにいないんじゃないかな。ああ、サーシェスタさんがいたか。
ターンはイガ・ニンジャのレベル45。そして最後にわたしといえば、ヒキタでレベル32。
これが今回の陣容だ。
「作戦名は『レベルアタック』。それだけだよ」
「小細工は不要」
「ぼくは全部を斬る」
「おれの前に敵は残さない」
なんかガンギマリしてる。ギラギラどころじゃないぞ。
「おらあ、頑張れよぉ」
「チャート、やっちまえ!」
「シローネちゃあん」
『訳あり令嬢たちの集い』がオルネさん達を含めて全員集合しているのはいい。追加で38層に到達できる冒険者たちが集まってきていた。
暑苦しい上に、一部キモい。
そして戦闘が始まった。
◇◇◇
『グギョワアァァ』
30分後、情けない声を出して『エルダー・リッチ』は消えていった。
なんも特殊なことはしていない。開幕でわたしがバフって、ターンとチャートが魔法で、シローネが動き回って取り巻きを倒した。
最後に、単体になった『エルダー・リッチ』に各人がスキルガン乗せで、最強の攻撃を食らわせ続けただけだ。ちゃんと『ノーライフ』を貫いていたね。
柴耳3人娘が速すぎて、わたしは2回くらいしか攻撃できなかった。レベル32だと足りなかったよ。
いいよ、勝ったんだからさ。ついでに全員のレベルがひとつ上がった。
「さて、ドロップドロップ。そして宝箱!」
『エルダー・リッチ』は『大魔導のローブ』をドロップしていた。ついでに宝箱もだ。サービスいいねえ。ゼ=ノゥの分を合わせると、宝箱が5個だ。ゾンビのドロップ? 知らん。
ターン、チャート、シローネが順繰り宝箱を開けていく。
「『皇帝のナックル』」
「おお! これはサーシェスタさんだね」
モンクかカラテカ専用で、ナックル+3相当の武器だ。
それ以外にも『白銀の胸当て』とか『黒骨のスタッフ』なんかが出てきた。どれも良い装備だよ!
「これで最後」
ターンが慎重に『エルダー・リッチ』から出た宝箱を開ける。
「むふう。『死霊のオオダチ』」
「うおおおお!!」
物騒な名前だけど呪いの武器じゃない。オオダチ+3の武器だ。
ターンが誇らしげに、それを手渡してくれた。
「勝った。完全勝利だよ。やったね、みんな!!」
「おう!」
4人で輪になって両手ハイタッチだ。わたしたちは成し遂げたぞ!
「やったねぇ」
「格好良かったですわ!」
「やったな!」
クランの皆が押し寄せて、祝福してくれる。
いつの間にか他の観客まで集まって、大騒ぎになった。
◇◇◇
だけどねえ。わたし、勝ったけどさ、なんかこう、さ。
「『エルダー・リッチ』はもう消えたから仕方ないけど、今日のところはわたしの負けだ!」
叫んだ。
「聞こえてるんだろ? 見てるんだろ? なあ、迷宮。『ヴィットヴェーン』!!」
見てなくても聞いてなくても関係ない。
「いいか、わたしは勝つぞ。次は勝つぞ。どうやってか聞きたいか? 教えてあげるよ」
言ってやる。宣言してやる。
「とことん。とことんレベルアップをしてやる! 迷宮が何をしようと負けないくらいレベルアップしてやる。具体的には4桁だ。どうだ、参ったか!」
ふぅ、言いたいことを叫んだら気が済んだかな。
問題は周りの目だよねえ。
「あはっ、あははは」
ズィスラが笑っていた。珍しいな。
「あはははは」
ヘリトゥラもだ。こんな明るい笑い方してたっけ。
「はははは」
周りのみんなも笑っていた。楽しそうに笑っていた。
病床に縛り付けられていたわたしは、大好きだったゲームみたいなこの世界に来て、健康な身体を手に入れた。身体が動くなら、ゲームみたいな世界なら、やることはひとつだ。
レベルを上げる。
だけど、それだけじゃなかった。相棒ができて、仲間ができて、知り合いも増えた。これからも増え続けるのかな。だったら素敵だな。
そしてこれからも、わたしはとことんレベルアップをするんだ。
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