第89話 今からお前をぶっ飛ばす





「ごめんシローネ、お願い」


「う、ん。『ラング=パシャ』ああぁ」


 最後の力を振り絞って、シローネが叫んだ。発動する効果は『戦闘中のジョブチェンジとレベルアップ』。


 4人の身体を銀の渦が纏った。レベルアップをする皆の中でひとり、わたしはジョブチェンジする。

 左手にスクロールを持ち、新たなジョブを願う。新たなジョブの名は。


『ヒキタ』。サムライ、ケンゴーに続く3次上位ジョブだ。

 同系統に『ミヤモト』『ヤギュウ』なんかがあるけど、ターンが引き当てたスクロールは『ヒキタの免許』だったんだ。


 二刀流を得意とする『ミヤモト』。多彩な技を持つ『ヤギュウ』。

 それに対して『ヒキタ』は刀は勿論だけど、長物も得意にしてる。こっちの世界だと、スピア系だね。まあ、長い槍は迷宮じゃ使えないので、ショートスピアがウォリアーなんかで使われている。


 まあいい。大切なのはソレじゃないから。



 わたしはヒキタのレベル14。ターンはイガ・ニンジャでレベル39、チャートがニンジャのレベル45、そしてシローネがシーフでレベル49だ。

 大体予想通りのレベルだね。安全マージン取っておいて良かった。


「よっし、行くよ。全員バイタルポーション!」


「おう!」


 ダラダラと汗を流しながらも、3人が応えてくれる。本当に凄いよ。薬効チートの自分が恥ずかしくなる。

 だけど今は、目の前のクソ野郎だ。


「全員、溜めて!」


「『活性化』『向上』『芳蕗』『イガ・ニンジャ:超弩級センス』」


「『活性化』『向上』『ニンジャ:センス』」


「『克己』『明鏡止水』『守破離』」


 各々が自己バフを掛けていく。まさに乾坤一擲だ。



「行って、シローネ」


「お、おう! 『居合』『八艘』……っ、『切れぬモノ無し』ぃぃ!!」


 シローネの一撃は『ショートテレポート』で躱された。渾身の一撃を出した彼女をなんだと思ってやがるんだ。

 けれど躱されるのは織り込み済みだ。テレポート先に二つの影が飛び込んだ。黒と茶色の閃光だ。

 悔しいけど、レベル14のわたしは付いていけない。二人に任せるしかない。


「『ニンポー:ニンジャ走り』『烈風』『裡門頂肘』『マル=ティル=トウェリア』ぁぁ!」


「『イガ・ニンポー:影移動』『鉄山靠』。からの『イガ・ニンポー:影槍』」


 転移を終了した瞬間『エルダー・リッチ』に、超至近距離からチャートとターンの打撃と魔法が炸裂した。


 それでもまだ終わらない。『エルダー・リッチ』の『ノーライフ』を破れていないし、ターンの攻撃も最後が残っている。


「『イガ・ニンポー:影の前に光無し』!」


 レベルをひとつ失う代わりに放たれる、イガ・ニンジャ最強の攻撃。物理防御無効、そして必中。



『ゲッ、アアアアー!』


 汚らしい声で『エルダー・リッチ』が叫んだ。急いで発動した『ショートテレポート』の最中に、ターンの必殺技が必中効果をもたらしたんだ。

 互いのスキル効果の狭間だったんだろう。結果としてターンの斬撃スキルは敵の腕一本を持っていくだけで、その効果が終わってしまった。

 即座に『エルダー・リッチ』は自分を復元してしまう。


「残念。勝てないね」


 そう言うわたしに『エルダー・リッチ』が、まるで嘲笑うように顔を向けた。


「『克己』『明鏡止水』『守破離』『神髄』『大地の力』『能うモノ無し』」


 勝てないことは認めるよ。だけど最後まで足掻かせてもらう!


「『虎伯』」


 渾身の一撃は、再びの『ショートテレポート』で躱されてしまった。

 ああ、やっぱり届かないか。諦めるしかないのかな。悔しいなぁ。



 ◇◇◇



「諦めてんじゃねぇ!」


 突然背後から声が掛かった。ダグランさんだ。


「ここまで来たんだ。格好良く決めろ!」


 ガルヴィさんだ。


「ターンちゃん負けるなぁ!」


「チャート、頑張れ!」


「シローネちゃぁん!」


 またチャートを呼び捨てにした馬鹿者がいるようだ。あと、シローネへの呼びかけがなんかキモい。


 まあそこらへんは置いといて、その、なんか観衆が凄い盛り上がってるんだけど。

 ここで格好良く決めないと、大変申し訳ない状況なんだけど。


 逆に『訳あり令嬢たちの集い』は静かなモノだ。だって、彼女たちはオチを知っているんだから。


「えっとですね、盛り上がっているところ、大変申し訳ないんですけど、実は決着は付いているんです」


「は?」


 その声は誰のモノだったんだろう。


「もう、勝ちはありません」


「諦めんのかよ!?」


「諦めるわけ、ないじゃないですか」


「だったら!」



「勝ちは無くても、負けなければいいんです」


「ま、まさか」


 それは多分、ゴットルタァさんの声だった。


「そうです。引き分けます」


 それが『ケルベロス』作戦、最悪の結果だ。悔しいなあ。



 ◇◇◇



「じゃあ終わりにするね。ターン、チャート、ウザいゾンビを一掃して」


「分かった。『ティル=トゥウェリア』」


「『マル=ティル=トゥウェリア』」


 ターンとチャートの放った豪火が、ゾンビどもをチリに変えていく。

 それじゃわたしの番だ。


 効果は分かっている。だから、自己バフも何も必要ない。



「行くよ……。『虚空一閃』」


 わたしの放った技は、それだけだった。

 ただ、上から下に刀を振り下ろしただけ。


 当然『エルダー・リッチ』は『ショートテレポート』を使ってソレを躱した。そりゃそうだ。



 サムライ系3次職最後のスキル。効果は『敵を強制的にぶっ飛ばして戦闘を終了させる』。

 さて現実での見た目と言えば、何と言うかこう、次元の割れ目みたいのが現れて、そこに『エルダー・リッチ』が吸い込まれている。なるほど、こういうエフェクトなんだ。


『ギャワァァア』


 捨て台詞かなんかだろうか、覚えていろおぉ、なんて感じの声色だった。



 ぱきぃぃん!


 そして代償は大きい。レベルをひとつ持っていかれて、そして愛刀『パナウンクル・ブレード』が砕け散った。だからやりたくなかったんだ。


『ウォウアアァァ』


 しかもまだ『エルダー・リッチ』は次元の裂け目でもがいてるし。ウザい。


「いいか、1週間後、いや10日後だ。10日後にお前をぶっ殺す。38層で待っていな」


 イライラしたので、死亡宣告をしてやった。どうせ実現するんだ。ここで言い切ってしまっても問題なかろうさ。


「ターン」


「ん。『ハイニンポー:スーパーパワー』『裡門頂肘』」


『エルダー・リッチ』はターンの肘撃を食らって次元の彼方に消えていった。多分38層に。



「終わったね。なんて言うかホントに終わっちゃったね」


「サワ、元気出せ」


「ごめんねターン、ちょっと無理っぽい」


 だってさ、繰り返しでウザいかもだけど、レベルを1持ってかれた上に、カタナが砕けちゃったんだよ。どうやったって持ち上がらないよ。


「宝箱も出ないしさ」


「無いぞ」


 そうなんだ。『虚空一閃』で強制的にバトルを終わらせた場合、戦闘終了判定がおかしくなって、ドロップが無くなるんだ。いや、一応戦闘中に倒したゾンビのドロップは残ってるけどね。


「ゾンビ肉なんてどうでもいいよ!」


 思わず叫んだ。


 8000個以上になるゾンビ肉と禍々しく呪われた装備だけが、戦場跡に残されていた。どうしろと。



 ◇◇◇



「あ、あのよ、サワさん」


「なんですか、ダグランさん」


「そう気を落とさずにだな、その」


「ありがとうございます。でも、そういうのいいです」


 多分その時、わたしの目は濁り切っていたんだろう。作戦終了を伝えるために、振り返って歩き出したわたしに対して、冒険者の群れが二つに割れて道を作った。

 だけど、とある一団だけが立ちふさがる。


「だから、拗ねるなって!」


 頭にげんこつを落とされた。何するんですか、アンタンジュさん。


「壊れたモンは仕方ないだろう。付き合ってやるよ。何回でも取り戻せ」


「取り戻す、ですか。あはは、そうですね」


 取り返してやればいい。ついでにぶっ飛ばした『エルダー・リッチ』もぶっちめてやる。



 そうなんだよ。これがわたしの恐れていた事態なんだ。

『虚空一閃』を使って、カタナが壊れて、そしてわたしが壊れる。ああ、作戦通りだ。最悪の作戦通りだ。


「あはっ、あははっ。ぶっ殺す。絶対にあの腐れアンデッドをぶっちめる」


「ターンもやるぞ」


 そっか、こんなわたしでもターンは付き合ってくれるんだね。


「おい。後でサワを元に戻すぞ」


 後ろでアンタンジュさんの声が聞こえる。なんでこうなるんだかなぁ。



 後に『女男爵の狂乱』と呼ばれる、戦いの顛末がこれだった。


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