第88話 作戦名は『ケルベロス』
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
クランハウスを出たところで朝の挨拶をしてきたのは、会長さん、ジェルタード・イーン・カラクゾット男爵令息だった。
なんでお貴族様が朝早くからここに来るかなあ。お陰でサーシェスタさん以外の全員、膝を突くことになったじゃないか。リッタは別にいいんじゃない?
わたしは小市民なので、当然膝を突いた。
「頭を上げておくれ。街を救おうとする冒険者たちを遠回りさせるのも、と思ってね」
「感謝に堪えません」
お供こそ連れてはいるけど、本当に丸腰だよ。まあ、このメンバーに囲まれて生き残ることができる人間なんて早々いないだろうけどさ。
「さあ、僕は入り口までだけど、迷宮に行こうじゃないか」
「そう言えば、会長のレベルは」
年長組の視線がちょっとキツいけど、仕方ないじゃないか。こういう時は下から話題を振るものなんでしょ。それに貴族様の世間話なんて知らないし。
「ははっ、流石は冒険令嬢。僕はウィザードのレベル5だよ」
『冒険令嬢』ってなんだそりゃ。
「そうだ、今度レベルアップに付き合ってもらえないかな。以前カムリオットが自慢していてね」
カムリオット? 誰だそれ。
「お兄様よ!」
リッタがわたしの耳元で言った。ああ、あのボンボンか。
「失礼ながら、カラクゾット卿」
「なんだい、イーサ嬢」
「サワノサキ閣下のレベルアップ手法は、少々刺激が強いかと」
「ああ、それも聞いているよ。だからこそ興味があるんだ」
ほほう。見所があるじゃあないか。カエルレベルアップに興味を示すとは。
「やらせていいですよ」
反対側の耳元で言ったのは、ハーティさんだ。
よく考えたらウチのクラン、何気に女男爵が二人と貴族令嬢二人なんだよね。他のクランと比較にもならない。0を何倍してもってヤツだね。
「会長、ここまでで結構です。お見送り、ありがとうございます」
『訳あり』たちが一斉に頭を下げた。さすがにサーシェスタさんもだ。
「じゃあ、僕は事務所で吉報を待っているよ」
「はっ。明日にはなんとか」
「明日!?」
おお、会長さんを驚かせたのって、何気に今回が初めてじゃなかろうか。やってやったぜ。
「ゾンビとゼ=ノゥの湧き具合、次第です」
「そ、そうか。それでも待っているよ。では、健闘を祈る」
「ありがとうございます」
そうして会長は引き上げていった。
◇◇◇
「おう、来たか」
「お疲れ様です、ゴットルタァさん」
「なあに、また大役任せちまって、すまねえな」
「いえいえ」
出迎えてくれたのは、各クランの代表者さんたちだった。ついでに『緑の二人』もいる。
「5層の掃討はバッチリだぜ、サワさん」
ダグランさんが誇らしげに、それでも心配そうに言う。
「ハーティも気を付けてな」
「ガルヴィさん、私は行きませんよ」
「はぁ?」
スンとした顔でハーティさんが答えると、周りの皆も唖然としていた。
「どういうことだい、サワさん」
真顔でこっち見んなし。ガルヴィさんはハーティさんが選ばれなくて不満なのか、それともホッとしているか。わたしには分からん。
「勿体ぶらないで、教えてやりな」
アンタンジュさんが急かす。はいはい。
「今回のアタックメンバーは、ターンとチャート、そしてシローネ、わたしです。パーティ名は『ブラッドヴァイオレット』」
「なにいぃぃ!!」
同じことを2回も説明する気にはならないよ。
「えっとですね、理由はちゃんとあるんです。チャートとシローネ、そしてターンはウチのAGI上位3人ですよ。舐めてもらっちゃ困ります」
「困るぞ!」
わたしの横では、ターンが腕を組んで仁王立ちだ。
「ここから先の説明は、他の『訳あり令嬢』から聞いてください。ほら、もう開きますよ」
わたしの視線の向こう側では、満を持したかのように『黒門』が開き始めていた。
最初に出てきたのはゾンビの軍団だった。ウォリアーやファイター、ウィザードなんかがワラワラと扉を潜る。
続けてはゼ=ノゥだ。こちらはズリズリと。
5体か、少ないなあ。ゼ・ダ=ノゥに至っては1体だけだ。
そして最後に『エルダー・リッチ』。はっ、まるで王様気どりだね。
ぶっ飛ばしてやるから、一番後ろで控えてればいいさ。
「サワ嬢ちゃん、露払いは要るかい?」
ゴットルタァさんが聞いてきた。冒険者たちは目をギラギラさせていて、今にも飛び出しそうな勢いだよ。
「ダメですよ。あれは全部わたしたちの獲物ですから、手出ししたら怒りますからね」
そうして『ブラッドヴァイオレット』が一歩前に出る。
「これからわたしたちが、あいつらをぶっちめます。時間が掛かると思いますので、周辺警戒よろしく。手隙のかたは観戦と声援をお願いしますね」
「おうよ!」
「作戦名は『ケルベロス』! 迷宮を彷徨し、三つ首の獣!!」
心の中の作戦名は『ドッグラン』だったりする。
「戦闘開始!」
ヴィットヴェーン第5層にバトルフィールドが展開された。
◇◇◇
「『BF・INT』『BFW・SOR』『BFW・MAG』」
さて、このパーティにはバッファーがわたし一人しかいない。なのでばら撒く。
「『BF・INT』『BF・INT』」
シローネはINT依存が無いので省略。
「さあ、ブチかませ!」
「『マル=ティル=トウェリア』!」
「『ティル=トウェリア』」
チャートとターンがそれぞれの最強魔法を放ち、ゾンビを蒸発させていく。
「『BF・AGI』『BF・AGI』『BF・AGI』『BF・AGI』」
その隙に、前衛系バフだ。どんどん行くよぉ。
「『BF・STR』『BF・STR』『BF・STR』『BF・STR』。『BF・VIT』『BF・VIT』『BF・VIT』『BF・VIT』!」
さあ行け。わたしの愛するワンころたち!!
単体デバフは無しだ。数が多すぎる。精々、ゼ=ノゥくらいかな。後でやっとこう。
どうせ長丁場になる。
「『BFAW・LEA』」
さらにDEX、MINを上げてから、最後にLEAバフで締めくくる。これでバフは終わりだ。
「ターン、チャート、ゼ=ノゥをやって!」
「おう」
「わかった!」
「シローネはわたしと一緒にゾンビ」
「うん!」
大丈夫、今のターンとチャートなら、二人でもゼ=ノゥくらいなら倒せる。ゼ・ダ=ノゥはわたしも加えて3人がかりだね。
「『芳蕗』『ハイニンポー:センス』」
「『ティル=トゥウェリア』」
「『無拍子』『裡門頂肘』『鉄山靠』」
「『無拍子』『鉄山靠』」
それだけで、ゼ=ノゥが1体沈んだ。3秒かよ。
「宝箱、出なかった」
ターンが残念そうに言った。やっぱり戦闘終了判定貰わないとダメかあ。
◇◇◇
1時間後、全てのゼ=ノゥが消え去った。最後のゼ・ダ=ノゥだけはわたしも手伝ったけど、結局チャートとターンに殆どお任せだ。本当に強くなったね。
「さて、ゼ=ノゥが5体。ゾンビが大体250体。まだまだ足りないよ」
「ここからだな」
「そうだよターン。『エルダー・リッチ』の動きをよく見て、躱して。手を出さないで、ゾンビだけを狩るよ。チャートもシローネも!」
「おう!」
「バイタルポーションは、各自で判断していいからね。ヒールはわたしとシローネに任せて」
ここからが本番だ。泥沼の戦いが始まるぞ。
さあ『エルダー・リッチ』と、そして観衆は付いてこれるかな?
◇◇◇
「おう、交代の時間だぞ」
「馬鹿言うな。何が交代だ」
「少しは休めよ」
「アレを見ても言えるのか?」
「……いや」
なに格好良いやり取りしてんのさ。こっちはまだまだノリノリだよ。
「3200くらい。もうちょっとで半分!」
「まだまだやれるぞ」
「ぼくもだ」
「おれも、だ」
MINが低いシローネがちょっとキツそうかな。とは言え、わたし以外の3人は大汗をかいている。キツいだろうな。苦しいだろうなあ。こんなことに付き合わせて、ごめんね。
もう12時間くらいが過ぎている。『エルダー・リッチ』は殆ど直接攻撃をしてこない、ゾンビを呼ぶか、攻撃魔法を使ってくるかだ。
それをわたしたちは時に避け、時に食らって、回復を繰り返す。
「どうして、あそこまでヤレるんだよ」
「わかんねぇ。だけどスゲえ。とんでもねえ」
『訳あり令嬢』たちはどっかりと座り込み、黙ってわたしたちの戦いを見つめ続けている。
多分頭の中で、自分ならどうするか、どういう動きをして、どういうスキルを使うのか、なあんて考えてくれてるのかな。だったらいいな。
「冒険者の皆さんたちもそうですよ。声援を送ってください! 自分たちだったらどう戦うか、考えてください! それがわたしたちの背中を押すんです!!」
「おおおおおお!!」
「やれえ、ターンちゃん」
「負けるな!」
「チャート、いっけえ」
誰だ、今チャートを呼び捨てにしたの。
「シローネちゃーん」
何かそれはそれでイラっとするなあ。
そして作戦開始から約27時間が過ぎた。
「8000とちょっと、マージン見ても大丈夫かな。みんなありがとう。そろそろやるよ!」
「お、う」
ターンでさえ、すでに息絶え絶えだ。本当にありがとう、お疲れ様。
ここからはわたしの仕事だ。さあ、作戦の総仕上げと行こうか!!
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