第87話 決戦前夜





「撤退! 撤退です! ウィスキィさん、ごめんなさい」


「アレは仕方ないわ。『ラング=パシャ』『確定逃走』!」


 わたしたちは、這う這うの体で逃げ出した。



「なんだいありゃ。どんな再生能力だよ」


 サーシェスタさんが呆れたように言った。


「多分『ノーライフ』、つまり不死属性が常時働いてるんだと思います」


「てことは何かい、一発でソレをぶっ飛ばす攻撃が必要だってことかい」


「『ヤクト=ノル=リィハ』と、物理攻撃スキルを重ねればイケるかもしれないって思ったんですけど、ダメでした」


 いや、この攻撃パターンでイケるはずなんだよ。だけど、タイミングがまだ甘いし、単純に全員の攻撃力が低い。スキルの数が通用するタイプの敵じゃないんだよね。

 こういう時はターン制が楽だったのになあ。これはまいった。


 逆にこっちは、回復魔法が尽きかけてる。かなりゾンビをたたっ切ったけど、経験値はゼロだ。

 厄介なのが『ショートテレポート』だ。ヤバくなったときに使ってきて攻撃を躱した上で、『ノーライフ』と来たもんだ。反則だろ。


「こっちのレベルがもうちょっと上がれば、いい一撃で終わりなんですけどね」


「なんでアンデッドがあんなに速いんだか」


「リッチだけに、なんでもアリですね」


 愚痴を言うサーシェスタさんだけど、わたしも同意だ。


「ターンだと力が足りない。わたしとサーシェスタさんだと速さが足りない、ですね」


「魔法の効きも悪いよ、ありゃなんだい」


「たぶん『レジスト』です。魔法効果軽減スキルですね」


「じゃあ、奇跡でも無理ってわけかい」


 相手のスキルを無効化する奇跡なんて、存在しない。

 ベルベスタさんも落ち込んでる。最強ウィザードのプライドがちょっと揺らいでるかなあ。



「大丈夫です。目途は立ちました。そろそろ転移でしょうし、わたしたちも地上に戻りましょう」


「本当ですか?」


「いざとなったら、ヘルムのツノをぶっ刺してください」


「首が折れますよ」


 ここでダラダラやっているうちに、あのバケモノが5層に行ったら意味が無い。

 ハーティさんと苦し紛れの冗談を言いながら、地上に戻ることにした。不安は満載だけど、できるだけのことはやったと思う。



 ◇◇◇



「申し訳ありません。失敗です」


「……仕方がないさ。時間が無かったのは理解できるよ」


 1週間でアレを倒せって言われてもねえ。


「策はあるのかい?」


「あるにはあります。簡単に言えば、前回の『黒門騒動』の時と同じです」


「まさかこの期に及んでレベルアップをしたいとは、言わないだろうね」


 したいんだけどね。


「前回とは違います。今回は倒すためのレベルアップです。昨日は『訳あり令嬢たちの集い』のほぼ全力で倒しきれませんでした。更なる力が必要です」


「先の戦いでは弱体化したレッサーデーモンだったね。今回はゾンビなんだろう? 君のよく言う『効率』という意味ではどうなんだい」


「良くはありません。ですが数で補填します」


「分かったよ、君に乗ろう。成功の暁には子爵でも用意しておこうかな。叔父上に言っておかなきゃならないね」


「本当に許してください。できれば、借財の証文を焼き払っていただけると助かります」


「平民気質だね」


 バリバリの平民だからね。



「サワさん、要望はそうじゃないでしょう」


 あ、そうだった。


「5層の、特に6層への階段付近のモンスターを掃討していただきたいのです」


「それは確かに請け負おう」


「ただ、かなり時間が掛かると思いますので、周辺警戒も順次、組み替えながらでお願いします」


「かなり時間が掛かる?」


「はい。転移してくるのが『エルダー・リッチ』とゾンビだけなら、かなり掛かると思います。ゼ=ノゥが一緒だと助かるのですが」


 会長が苦笑しているよ。なんでさ。


「いやね、ヴィットヴェーンの上級パーティが全力でなんとか倒せるのが、ゼ=ノゥと聞いているのからさ。それを助かると言うんだね」


「宝箱を落としますし、良いモンスターですよ。増殖するので、暫く放っておきたいくらいです」


「却下だけどね」


「畏まりました」


 ああ、勿体ない。お化けが出そうだ。


「決行は?」


「多分、明日には黒門が開きます。それと同時に」


「分かった。君たちにヴィットヴェーンの未来を託そう」


「全力を尽くします」


 だから、重いって。



 ◇◇◇



「ああ、お帰り」


「戻りました」


 アンタンジュさんを始め、『訳あり令嬢たち』が、わたしとハーティさん、サーシェスタさん、ベルベスタさんを迎えてくれた。

 やっぱり帰る家があるって良いね。


「ウィスキィさんは」


「寝てるよ。流石にねえ」


「ごめんなさい」


「あいつがそんなこと、気にするわけないだろ。報いたいなら、勝て」


「……分かりました」


「なら夕飯だ。食え」


「はい!」



「わたしも食べるわ」


「ウィスキィさん。大丈夫ですか?」


 1時間ほどが過ぎてわたしが食べ終わった頃に、ウィスキィさんが食堂に現れた。


「大丈夫よ。精神以外はね」


「ごめんなさい」


「いいのよ。普段、サワやターンがどんなことをやっているか、実感できた。あなたたちは本当に凄いのね」


 無理をさせちゃったな。申し訳ないと思うけど、強くなれたから良いじゃんって想いもある。だけどそれが押し付けで、良くないってこともやっと分かってきた。

 人には性格や能力で向き不向きがあるって当たり前のことが、やっと理解出来始めたんだと思う。そうだといいな。


「伊達に『狂気の沙汰』なんて言われてませんよ」


「本当ね」


 食堂が軽い笑いに包まれた。半分は乾いた笑いっぽいけどね。



 食事も終わり、年長組はお酒でそれ以外はお茶だ。


「では明日の編成です」


 途端、みんなの目がギラギラと光り出した。やる気満々だね。


「メンバーは、わたしとターン、そしてチャートとシローネ。以上4名です」


「なんだって!?」


 アンタンジュさんを初め、半数以上が立ち上がった。そりゃ驚かれるか。


「理由はこれから話します。パーティ名は変わらず『ブラッドヴァイオレット』」


 心の中では『柴犬ーズ』なんだけどね。


「まあまあ、サワがこの子らに命を懸けさせるわけないさ」


「いえ、普通に命がけです」


 サーシェスタさんが固まった。本当だから仕方がない。


「危なくなったら『確定逃走』を使います」


「なるほど、だからシローネかい」


「それもありますけど、ターン、チャート、シローネの共通点、分かりますよね」


「犬耳だわ!」


「犬耳ね!」


「犬耳」


 リッタ、ズィスラ、ヘリトゥラ、正解。そうじゃなくってさあ。


「まさか!?」


「おっ、テルサー、何か気付いた?」


「『エルダー・リッチ』は犬好きなんですね!」


 それなら、どれだけ平和だったろう。なんか遠い目をしてしまいそうだ。ターンたちを撫でる『エルダー・リッチ』。うん、斬ろう。



「そうじゃなくって、ジョブです、ジョブ」


「ああ、そういうことね」


 ウィスキィさん、それ以外何があるってんだよ。わたしの趣味とかじゃないよ。


「それぞれ、イガ・ニンジャ、ニンジャ、シーフが現行ジョブです。すなわち『訳あり』最速の3人なんですよ」


「それなら、わたしでも」


 食い下がるねえ、ウィスキィさん。でも下地が違うよ。


「シローネはジョブ推移がAGI寄りです。あと、STRとDEXも高い」


「……そうね」


 後衛系でジョブを選んできたウィスキィさんと、前衛速度系ジョブを取ってきたシローネの違いは明白だ。


「速さが大事なの?」


「そうだよチャート。避けまくりの斬りまくりだ。できるよね」


「もちろん!」


「だけど、すっごい長い時間だよ。頑張れる?」


「やる!」


 シローネが宣言して、チャートとターンも頷いた。ううっ、ちょっと胸が痛むかな。


「ヒーラーはわたしとシローネがやるから。ターンとチャートが前ね」


「わかったぞ」


「おう!」



 ◇◇◇



「で? 本当に大丈夫なんだろうねぇ」


 子供たちに甘いベルベスタさんが杯を傾けながら聞いてくる。

 年少組はもう部屋に戻った。


「そちらはまず大丈夫ですよ。あの子たちの前衛ステータスはレベルを超えています」


「だけど相手はレベル65相当なんだろ?」


 心配性だなあ。


「『エルダー・リッチ』は、言わば極端に堅いウィザードです。速さ勝負ならこっちの勝ちです。それより」


「それより? なんなのさ」


「一番危ないのは間違いなくわたしですから」


 珍しいわたしの弱音だ。いや『ヴィットヴェーン』に関しては、だよ。


「サワ。あんたが言うほどなのかい?」


 サーシェスタさんも心配そうにしている。


「大丈夫です。それをひっくるめて勝ちますから。じゃあわたしも休みますね」



 さて、明日かあ。わたしは無事でみんなの下に戻れるかな。いや、戻らなきゃね。


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