第86話 修羅と化せ





「戻って報告だね」


「はい。急ぎましょう」


 アンタンジュさんに従って、わたしたちは38層を離脱した。


 問題なのは、黒門の行き先が何処なのかってことだ。下層なら問題なし。だけど『エルダー・リッチ』が怒っているように見えるっていう、ターンとチャートの言葉が気になる。

 迷宮が生きているなら。モンスターにある程度の意思があるなら。その行動に怒りが反映されるなら。


 奴が地上を目指す可能性は高い。



 ◇◇◇



「サワ嬢ちゃん!」


 各階を探索しながら2日を掛けて5層まで戻ってきた時、『ラビットフット』のリーダーさんが声をかけてきた。


「『黒門』だ。出やがった!」


「どこです!?」


「そこだよ」


「げえっ!」


 なんてことだ。6層から上がってきた階段の目の前にソレはあった。



「間違いありませんね、『黒門』です」


「サモナーデーモンの時と一緒だぜ。どれくらいで定着するんだか」


「まだ薄い紫ですね。前回から考えれば、3日はなんとか」


 そう言えば、サモナーデーモンの時も黒門見つけたのって『ラビットフット』だったね。凄いや。


「ゼルートさん。キャンプはできますか」


「ああ。見張っとけって話だな。了解だよ」


『ラビットフット』のリーダー、ゼルートさんは快諾してくれた。


「わたしたちは、協会に走ります。増援を出してくれると思いますので、それまで辛抱してください」


「5層なら楽勝だ。任せとけ」


 そうして、わたしたちは地上に戻った。



 ターンがダッシュでクランハウスに向かい、事情を伝える。チャートは育成施設だ。多分『世の漆黒』にも伝わるだろう。

 とくかく協会事務所に急ぐ。


「げえっ! 『紫の悪魔』」


 そういうのはいいから。タヌキがキツネになったってか?


「緊急事態です! 空けてください」


「またかよ」


「勘弁してくれや」


 いやいや、今回は本当にマズいんだよ。いいから空けて。


「スニャータさん!」


「分かりました」


 スニャータさんは何も言っていないのに分かってくれたんだろう、そのまま会長執務室へ走っていった。


「クランやパーティリーダー。全員ここに居てくれ! 直ぐに事情は説明する」


 アンタンジュさんが叫んだ。



 ◇◇◇



「迷宮がお怒りかい」


「本当にそんな気がします」


「何にしてもだ。今回の件は迷宮だけの問題じゃない。ヴィットヴェーンの危機と言えるね」


「はい」


 そうなんだ。5層なんていう浅い所、しかも階段の目の前に『エルダー・リッチ』が現れたとしたら。

 迷宮からゾンビが溢れ出す? そういう問題じゃない。幾らでも対処できる。


「ヴィットヴェーンの経済が死ぬ、ということですか」


 ハーティさんが苦しそうに言った。そういうことだ。


「この街は、迷宮産の物資に依存し過ぎているからね。特に食料については8層から15層までかな」


 木材も、石材だってそうだ、木炭にしても。ゾンビがいれば燃料には困らない?

 食えるか、あんなもの。


「黒門がどれくらいで定着するか。それまでに備蓄するしかないねぇ」


「ベルベスタ嬢の言う通りだ。最大3日を見積もって、出せるパーティは全て食料調達に行ってもらおう」


 建築資材とかは後回しだね。今はとにかく食料だ。

 だけどわたしたちは。


「申し訳ないのですが『訳あり令嬢たちの集い』は」


「ああ、分かっているよ。君たちはもちろん免除だ。心置きなく強くなっておくれ」


「感謝いたします」


 そうなんよね。『訳あり』たちはこの場合、強くなることが役割だ。ひと月の予定が合計10日か、多分勝てないだろうなあ。

 一応切り札はあるけど、それもどこまで通じるのやら。何にしてもやるしかないか。



 ◇◇◇



「3日後に備えて、ひと当てを考えています」


「事前に一度戦ってみるってことか」


「はい」


 クランハウスに戻って、今後の行動を説明し始めた。

 みんなを代表して、アンタンジュさんが腕を組みながら返事をする。


「パーティは、わたし、ターン、サーシェスタさん、ベルベスタさん、ハーティさん」


 ここまでは納得してもらえるだろう。現状で『訳あり』最強メンバーだ。

 みんなは最後の一人に誰を指名されるか、黙って聞いている。リッタかイーサさん、もしくはチャートあたりを想像しているんだろう。


「最後の一人は、……シュエルカ」


「……やります」


 役割、伝わっちゃったかな。そうなんだよね。プリーストが出来て現状一番硬い、それがシュエルカなんだ。そして、奇跡担当だ。


「ごめんね」


「いいです。役割貰えて嬉しい」



「駄目だ」


「ええ、駄目ね」


 アンタンジュさんとウィスキィさんだった。


「サワの考えは分かる。分かるから認められない」


「確かに、わたしとサーシェスタさんも奇跡は使えます。ですが」


「レベルが勿体ないな。その通りだ」


「じゃあ」


 すでにレベル50台に入っているわたしとサーシェスタさんが、レベルを2つ喪失する『ラング=パシャ』を使うのは『レベル効率が悪い』。

 ああ、わたしはなんて汚い考え方をするんだろう。やろうとしてるんだろう。言うなれば、シュエルカは生贄だ。


「アンタンジュ、あなたはリーダーよ。指名して」


「ああ、ウィスキィ。レベルは?」


「レベル15の『プリースト』よ」


「じゃあ2日で、死ぬ気でやれ。ソルジャーからだ」


「分かったわ」


 何二人で分かり合ってるんだろう。何を言ってるんだろう。



「わたしは今からソルジャーになるわ。2日後に『エルダー・リッチ』に仕掛ける。それまでに徹底的にレベルを上げる。ターン、手伝ってもらえる?」


「任せろ」


 やっと理解できた。ウィスキィさんはコンプリートを捨てて、奇跡係をやるつもりだ。そしてそのために、少しでも固くなろうとしている。


「そんな……」


「若い子たちにやらせたくないの。『クリムゾンティアーズ』にはプリーストが沢山いるわ。それに、わたしもそろそろ前衛復帰よ」


「……分かりました。ですけど、ちょっと予定を変更しましょう。今から潜ります」


 もう夕方だ。だけどやる。今晩中に上げるだけ上げて、明日からソルジャーになってもらう。いや、シーフだ。それで行こう。



 ◇◇◇



 翌日早朝、ウィスキィさんはプリーストレベル22、つまりコンプリートレベルになってから、シーフになった。

 とにかくターンと二人組になって、ただひたすら敵を倒しまくった結果だ。ゼ=ノゥすら二人で倒してもらった。ターンの力量に頼りきりだけど、今そんなことを言っても始まらない。


「とにかく動くことを覚えてください。全部避けてください。そのためのシーフです」


「分かった、わ」


 バイタルポーション漬けのウィスキィさんが、息も絶え絶えに言った。それでも眼は死んでない。



 さて、またもや38層に戻ってきた。

 ちらりと黒門を確認してみたけど、まだ黒になりきってはいなかった。『エルダー・リッチ』は怒ったように手を振り回し、いつも以上にゾンビを召喚してくれている。バカめが、好都合だよ。


 ここでレベルアップのために、パーティを振り分ける。


 わたしは一人だ。ターンとウィスキィさんで1組、『ホワイトテーブル』3人で1組。ここまでは、ゼ=ノゥが出てもそのまま突撃だ。倒せるんだからやるしかない。

 後は『緑の二人』を入れた『ルナティックグリーン』、一人足りない『クリムゾンティアーズ』、フルメンバーの『ブラウンシュガー』だ。こちらはゼ=ノゥが出たら、他に譲ることになってる。ごめんね。


「行くぞ!」


「わ、分かったわ」


 今もターンとウィスキィさんが、大物、ゼ・ダ=ノゥに飛びかかっていった。とは言えウィスキィさんは避け一択、攻撃は全部ターンにお任せだ。


「『イガ・ニンポー:影槍』」


 ターンの足元から影でできた槍が、ゼ・ダ=ノゥの触手を弾き飛ばした。次の瞬間、ターンはすでに敵の目の前にいた。


「『ハイニンポー:スーパーパワー』『無拍子』『連脚』『裡門頂肘』『鉄山靠』『イガ・ニンポー:影斬撃』」


 そこまでだった。ゼ・ダ=ノゥが消えていき、代わりに宝箱が鎮座していた。ターン、アレを一人で倒すんだ。

 ターンとウィスキィさん、二人が銀に包まれる。


「レベル31」


「レベル……、17よ」


「凄いね、二人とも」


 労うしかないよ。


「わたしは、何も、してないわ」


「そんなことないですよ。よくターンに付いていってます。このまま回避優先で進めてください」


「ちょっと、後悔、してるわ」


 そう言わずに。



「サワ、スクロールだ」


「ええっ!?」


 そのスクロールはわたしのためのモノだった。正体については、また後日だね。どうせ今回は使えないし。



 そして翌日、『エルダー・リッチ』に挑む面々がそこにいた。


 わたし、ケンゴー・レベル60。ターン、イガ・ニンジャ・レベル34。サーシェスタさん、モンク・レベル65。ベルベスタさん、エルダーウィザード・レベル35。ハーティさん、ロード=ヴァイ・レベル31。そしてウィスキィさん、シーフ・レベル25。


 ウィスキィさんを例外とすれば、間違いなくヴィットヴェーン最強のパーティだろう。いつからハーティさんはこっち側になったのやら。


「パーティ名はどうするんだい?」


 サーシェスタさんが面白そうに聞いてきた。『エクストラシルバー』じゃ駄目なの?



「パーティ名は、ヴァイオレット。『ブラッドヴァイオレット』です」


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