第85話 静かで熱い時間





「中に入るんじゃないよ」


 意気揚々とクランハウスに戻ってきたわたしに投げかけられたのは、オルネさんの無体な言葉だった。


「なんでですか!」


「汚くて臭いからだよ」


 返す言葉もない。そう言えば帰り道で、クランメンバーが遠巻きにしていたような気がする。鼻の良い、ターン、チャート、シローネが特に。


「お湯なだけ有難く思いな」


 5回ほどお湯をぶっかけられて、ようやく入室許可が出た。

 中に入ったら、お風呂上がりのみんながすでに夕食を食べていた。酷すぎる。


「サワ。ご飯美味しいぞ」


「それは良かったね、ターン」


「うむ。サワも食べよう」


 サムライの魂と引き換えに、何かを無くしたような気がするよ。



 ◇◇◇



「37層に溢れていたのかい」


 そして翌日、例によって会長の執務室だ。メンバーもいつもと一緒。


「掃討だけなら『訳あり令嬢たちの集い』で受け持ちます」


「そうだろうね。だけど」


 会長が視線で先を促した。


「はい。同時に『エルダー・リッチ』の観察も行う予定です」


「助かるよ。他のクランはマルチロールに慣れるまで、時間が掛かりそうだからね」


「『世の漆黒』は対応できそうですけど」


「あそこは『緑の二人』が特別なだけだよ」


 会長さんが苦笑しているよ。なんなんだ、あの二人は。


「それに『漆黒』は孤児や新人冒険者の教育を担ってくれているからね。サワノサキ教導課課長?」


「今回の騒動が収まったらやりますので、長い目で見ていただけると助かります」



「お兄様、あまりサワさんを虐めないでください」


 ハーティさんがインターセプトしてくれた。


「ああ、ハーティの件も礼を言っておかないとね。まさかウチの家から新しい上級ジョブが出るとはね」


「繰り返しになりますが、そう易々と礼を言われても困ります」


「ここは僕たち関係者だけじゃないか。大丈夫だよ」


 わたしとしては、ため息をかみ殺すしかないんだよね。


「まだ『エルダー・リッチ』倒せるだけの力は、ありません」


「そうか」


 逆に、会長は堂々とため息を吐いた。この差は何なんだろう。


「どれくらい掛かるのかな」


「なんとも言い難いですが、ひと月あれば」


「そこでひと月と言うのが凄いよ。サワ嬢、君の時計の針はどうなっているのかな」


 ふと会長が壁に掛けてある時計を見た。この世界、時計あるんだよね。


「最善を尽くすのみです。そして『訳あり令嬢たちの集い』には、それを成し遂げる意志があります」


「期待しているよ」



 ◇◇◇



 何でわたしと会長の会談は、悪の秘密組織の幹部と首領みたいな会話劇になるんだろう。謎だ。


「ああいう会話って、サワ嬢ちゃん楽しそうだねぇ」


「えええ?」


「サワはなんて言うかさ、あんな感じの演劇っぽいのが楽しいんじゃないかい?」


 ベルベスタさんとサーシェスタさん、年長二人組のツッコミだ。

 まあ、確かにノリノリな部分はあるけどね。仕方ないからやってるんだからねっ。



「で、結局やることは一緒なんだね」


「まあ、そうですね」


 その日の夜、クランハウスで食事しながらの会話だ。アンタンジュさんたちも納得してくれてるのかな。


 とにかくターンのレベルを上げる。ハーティさんもだ。

 イーサさんがレベルを上げて『ホーリーナイト』なってくれれば心強いんだけど、それは無理かな。時間がちょっと。

 後は『大魔導師の杖』を見つけて、リッタがエルダーウィザードになるか。いやいや、それは妄想だ。


 そうじゃないね、全員だ。全員がレベルを上げて各々の方向性が決まれば、おのずと強者が現れる。それは間違いない。

 すでに全員に種がまかれた状況だ。さあ、誰がどんな芽を出すのかな。



「うおらぁぁ!」


 次の日も、37層に溢れたゾンビを倒していく。わたしは敢えて、近接戦闘に没頭している。

 それはターンも一緒だ。『ブラックイレギュラー』を組んで、わたしとターンだけで、ひたすら戦闘を繰り返しているんだ。


「カタナに慣れろ。スキルをなぞれ!」


「ターンもやるぞ!」


 そうなんだ。ターンもわたしの真似をして、スキルを自力で再現、というか疑似スキルを生み出そうとしている。先日の背後の取り合いっこも、それのひとつだ。

 力も速度も補正は入らないけど、身体の動きは再現できる。それがプレイヤースキルのひとつだ。


「いい、ターン」


「なんだ?」


「スキルを再現するだけじゃ足りない」


「なんでだ?」


 ターンが首を傾げる。


「速さでも力でもスキルには敵わない。だけど、スキルじゃないからできることもあると思うんだ」


「カエルのか」


「それじゃポイズントードみたいだよ。だけど正解だと思う。軌道を変えたり、一連の動きの中にスキルっぽい技を混ぜるんだよ」


「うむ!」



「魔法もそうです。ただ漫然と撃つんじゃなくって、自分のINTを把握して効果範囲を予想して、それでいて相手を倒すのに必要な魔法を選択するんです」


「難しいこと言ってくれるねぇ。あたしゃ豪快に撃つのが好きなんだけど」


「そこは究極のウィザードを目指してください。的確に適切な魔法を撃つんです」


 これだけの台詞で、ベルベスタさんには分かってもらえるだろう。


 さあ、みんなで強くなろうぜ。



 ◇◇◇



 それから1週間は、とにかく37層と38層の探索に充てた。毎日だ。

 みんなのレベルがずんどこ上がって、一部を除いて随時ジョブチェンジをしていく。


 リッタがプリースト、ズィスラはグラップラー、ヘリトゥラはプリーストだ。


 アンタンジュさんはプリースト、ウィスキィさんもプリースト、ジェッタさんはソルジャー、フェンサーさんもプリースト、ポロッコさんは初心に帰ってメイジ、ドールアッシャさんもメイジだ。

『クリムゾンティアーズ』は半分以上が、元の前衛後衛に戻ってきている。


『ブラウンシュガー』はシローネがサムライを終えてシーフに、リィスタはビショップ、シュエルカがグラップラー、ジャリットがハイウィザード、テルサーさんはカラテカだ。

 チャートはニンジャのまんま。ここからニンジャ道を突っ走るらしい。


 おまけで、ダグランさんとガルヴィさんだけど、二人ともソルジャーになりやがった。本当に最強目指し始めたよ。


「微妙にプリーストが多くって、メイス不足ですね」


「プリーストに何を求めてるんだい」


「え、殴りプリーストですけど」


 アンタンジュさんが肩を落とした。5人もプリーストがいるんだから、殴ってナンボでしょうに。ゾンビを殴る僧侶って、滅茶苦茶基本だと思うんだけどな。

 一応、メイス+2相当の『ヘヴィーボーンメイス』は在庫がある。みんなに配っておこう。



「『ダークポーンヘルム』」


「おおう!」


 本日1体目のゼ=ノゥから出たのは、マットブラックで額に角が生えた、禍々しいヘルムだ。


「ハーティさん、おめでとうございます」


「なんで私が被るの前提なんでしょう」


「賛成の人、挙手」


 ハーティさん以外の全員が手を挙げた。イーサさんなんか、わたしのコールの前から手を挙げてたし。


「お揃いですね」


「イーサさん……」


 あんまり接点ないけど、結構キャラ被りしてるんだよね。イーサさんとハーティさん、白黒コンビで頑張ってね。



 こんな感じでレベルを上げつつ、ちょっとずつ装備を整えていく。ベースになっているレッサーデーモン・スライム複合の革鎧とウサマフラーが優秀なので、手足と頭、武器なんかがメインだけどね。



 わたしの『パナウンクル・ブレード』も絶好調だ。今日も血に飢えているね。いいよ、存分に吸わせてあげよう。


 すっかりわたしとターンは、二人パーティの時間が長くなった。

 全員に言ってはいるけど、とにかく最高の実戦経験なんだ。プレイヤースキルを上げる。スキルを再現する。魔法の効率化を図る。


 そんな風にこの1週間を過ごしてきた。間違いなくみんなは強くなった。

 あと、クランハウスの横に露天風呂まがいの洗浄施設も出来上がった。ドワーフのおっちゃん、ありがとう。お陰でみんなと一緒にご飯を食べられるようになったよ。



 ◇◇◇



 わたしはレベル58に、ターンは27まで来た。行ける。

 少なくともこの騒動が終わるまでは、仮にスクロールが出てもわたしはジョブチェンジをしない予定だ。イーサさんにはどうしてもらおう。レベル31なんだよね。ジョブチェンジは無謀かなあ。


「サワ。いつもと違う」


「ほんと?」


「なんか、怒ってるっぽい」


「うん。ぼくもそう思う」


 ターンの言葉にチャートが賛同した。ニンジャ二人が言うんだ。そういうことなのかな。


 誰が怒っているかと言えば、そりゃもう『エルダー・リッチ』さんだよ。確かに手の振り回しかたが、いつもより雑になっている気がする。怒ってる、かあ。


「あ!」


 

 そんな『エルダー・リッチ』のすぐ背後に、黒い扉が現れ始めた。まだ朧気だけど。あれって『黒門』じゃないか!


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