第57話 教導問答





「ほう。具体的に聞かせてもらえるかね」


「はっ!」


 周りの視線を無視して、わたしは語り始めた。

 わたしは悪くない。わたしを最前線に送り出した連中が悪いんだ。


「以前、冒険者協会会長にもご報告いたしましたが、わたしは冒険者の強さというものを、日々考えておりました」


「ああ、スキル数だったかな。会長から報告は受け取っているね」


 ちっ、しっかり報告していやがったか。会長が胡散臭い笑みを浮かべている。


「レベルが高い、これはそのまま強さに繋がります。わたしもそれは否定するつもりはありません」


 本音だよ。だってわたしは、ここからサムライ系ジョブしか取るつもりないから。


「ですが、スキルの数は長期戦における力ともなります。継戦能力と言えましょう。先ほどの報告の中で、31層から37層までの戦いがまさにそれを表しています」


「なるほど」


「さらに付け加えれば、前衛と後衛のスキルを持つことで、局面ごとにパーティの性質を変化させることが可能となります。わたしはこれを、マルチロールもしくはマルチジョブと呼んでいます」


 伯爵はふむふむと頷いている。なので、わたしは話を続ける。


「一例になりますが、今回の騒動を経て『ルナティックグリーン』は最終的に、タンク2、アタッカー6、ウィザード2、ヒーラー2、エンチャンター1、斥候1という構成になりました」


 ここで言うタンク2とは、ガルヴィさんとターンのことだ。何気にターン、4職やってるんだよね。


「そうか。コンプリートまでレベルを上げ、様々なジョブに就くことで其方の言うマルチロールになり得るということだね」


「ご慧眼にございます」


 持ち上げておいて損はないはずだ。わたしはあっさりと肯定してみせた。


「強いて言えば、前衛と後衛の両方を持っておくのが理想的かと思います。堅固な後衛と、魔法を使うことのできる前衛という、新たな姿です」


「だが、それはこれまで行われていなかった。何故かね?」


「ステータスカードとそれによるジョブシステムの恩恵を受けられるようになって、まだ20年と聞きます。試行錯誤の途上と言えます。さらには、レベルアップによる補助ステータスが強力であるが故と思われます」


「上級ジョブや派生ジョブを除けば、その時の強さを一時でも失うのが惜しい。その気持ちは理解できるね。そしてそれはレベルが上がれば上がるほど、か」


「まさに」



「だが、其方がさらに上のジョブを開示してみせた」


 それも知ってるかあ。まあ報告したなら当然か。


「はい。現在の例えば、パワーウォリアーや、ソードマスター、ロードなどのジョブにはさらに上があります。それ故一度、遠回りになろうとも別のジョブに就き、それをコンプリートした後に目指す上級ジョブに就くという手段を用いることが可能になります」


「まさにそれを体現しようとしているのが」


 伯爵がわたしの横にちらりと視線を送った。


「はい、ウィザード互助会会長が、それを成し遂げんとしております」


「ああそうだ、サワ。あたしゃソードマスターになったんで、もうちょいとかかるよ」


「何やってんですか!」


 わたしが頭を抱える。大体、伯爵との会話に割って入るとか、何考えてんだ。


「ははは。構わん構わん。ハイウィザードとソードマスターなどと、前代未聞ではないか。老いてなお矍鑠たるものだな、ベルベスタよ」


「お褒めに与り光栄」


 本当に褒められているんだかどうだか。

 今度絶対レベル上げに付き合わせてやる。



「さて、話は理解できた。マルチロールを達成するためには、低レベルなうちが良いことも。高レベルであっても一度はしておくべきだということもだね」


「深きご理解に感謝を」


「そこで私の出番ということだね。何を望むのかな?」


「冒険者協会の新部署、教導課への人員配置とご支援をお願いしたく思います」


「そう来るか。言や良し! ここにいる全員が証人である。確約しよう」


「深く、深く感謝いたします」



「だがそれでは足りないね」


「は?」


 何か雲行きが怪しくないか。情報を全部吐けとか言われそうな。


「其方を教導課課長に任命しよう。ああ、安心してくれ。非常勤だよ。ついでに名誉男爵だ、重要部署だからね」


「……ありがたく、拝命いたします」


 ああああああ。

 会長が男爵令息なのに、なんで課長が名誉男爵なのさ。その男爵令息は大笑いしてるし!


「さて、家名に希望はあるかね?」


「さ、サワノサキでお願いいたします」


 もうどうにでもなれ。


「では、今から其方はサワ・サクス・サワノサキ卿だ」


 何故か、すでに用意されていたかのように、羊皮紙が執事さんぽい人から伯爵に手渡されて、サラサラとサインが為されてしまった。

 出来レースだったかあ。おのれぇ。



 ◇◇◇



「これで君は僕より格上だよ。変わらぬ付き合いを期待したいね」


「本当に勘弁してください。胃が壊れます」


「はははっ」


 笑い事じゃないよ。

 場所は変わって、冒険者協会事務所の応接だ。居るのは会長と、サーシェスタさん、ベルベスタさん、ハーティさん。わたしの権限で呼びつけてやった。ざまあみろ。


「まあまあ、以前僕が言った通りだよ。質の悪いのに捕まるより、貴族位を与えて穏便に使う方がまだマシだろう?」


「それは分かりますが」



 正直言えば、自分とターンだけでレベルアップし続けたい。他の人はどうでもいい、なんて思ってたんだよね。だけど今、そんな考えがわたしの中に無いんだよ。どうしてこうなっちゃったんだろう。


 目の前に居るハーティさんとベルベスタさんも育てなきゃって思うし、『ブラウンシュガー』や『クリムゾンティアーズ』も、『村の為に』もそうだ。もっと言えば、これから冒険者になる人たちだって死んでほしくないし、ツェスカさんみたいな街の人たちのレベル上げもしたくなってる。



 ああ、そっか。ベッドの中で閉じこもっていたわたしは、まだまだ知らない感情が沢山あったんだ。

 みんなを助けたい。みんなと一緒に強くなりたい。みんなと楽しい時間を過ごしたい。


 これが、人間関係ってやつなのかな。まだちょっと朧げで、よく分からないや。でもまあ。


「なあにニヤけてんだい」


「サーシェスタさん、わたし笑ってました?」


「ああ、いい顔だねえ」


 そうかあ、笑ってたかぁ。なら間違ってないのかな。


「じゃあ、教導課についてですね。お手本は『ブラウンシュガー』です」


「彼女たちかい?」


 会長さんが真面目な顔になった。


「ええ、教育を施してINTとWISを上げながら、ソルジャーかメイジに就いてもらって、コンプリートを目指します。高レベルの冒険者に依頼して、カエルレベルアップをすれば、マスターレベルまでは簡単です」


「その後は?」


「7層でマーティーズゴーレムか、9層にウィザードを付けてモンスターを焼き尽くします」


「ぶ、物騒だね」


「目標は前衛と後衛を1個ずつコンプリートして、後は自由に選べばいいと思います」


「前衛ができる後衛と、後衛もできる前衛、か」


「その通りです」


「まったく、君は欲張りだね」


 両手に顎を乗せた会長が薄く笑う。


「違いますよ。これからのヴィットヴェーンでは、それが当たり前になるだけです。そうすれば、死ぬ人が少なくなって、迷宮深層の素材も手に入り易くなります。協会にしても街としてもウハウハです」


「まさしくその通りだ」


「スラムや寒村の子供たちだって救えますよ?」


「叔父上にはそう伝えておくよ。冒険者どころか街の大改革だね」


「どこかの本で読みました。街の人たちが職を持ってお金を回せば、街全体が豊かになるって。搾り取るだけが税収じゃないって書いてました」


「君ときたら。うん、肝に銘じることにするよ」



 ◇◇◇



「酷い話ですよ」


「先に言っとくけど、あたしは知らなかったからね」


 クランハウスに戻ったわたしが恨みがましい目をすると、アンタンジュさんが言い訳をしてきた。まあ、それは信じられる。


「ハーティさん?」


「私も知りませんでした。本当ですよ?」


「まあ、いいです。またレベルアップの旅をしましょうね」


「……分かりました」


「ああ、あたしも同行するよぉ。何せソードマスターレベル0だからねぇ」


「ベルベスタさんも勝手に。まあ、個人の行いですから何も言いません。でも、ソードマスターとエルダーウィザード両方って、滅茶苦茶格好良いですね!」


 正直羨ましい。ぐぬぬ。



「ああ、それとさ、祝勝会を開こうって話なんだ。救助してくれた恩もあるし」


 アンタンジュさんの提案は真っ当だ。今回協力してくれた皆さんにはキッチリお礼をしておきたいし。


「良いですね! じゃあ……」



 層転移事件解決祝勝会兼慰労会は1週間後に行われることになった。さあ、それまでわたしはレベルアップだね。


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