第56話 剣豪の報告





「閣下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


「良い。面を上げなさい」


 代表してハーティさんが挨拶して、見た目はごく普通のおじさんが返事をした。


 目の前に居るのはこの地の、すなわちヴィットヴェーン領主たる伯爵様、ジャックルール・イトル・フェンベスタ伯だ。ホント勘弁して。

 大体その言葉を真に受けて頭を上げたら、胴体と分かれるかもしれない、なんて想像すらしてしまう。


「大丈夫だよ。叔父上は君たちに感謝しているのだから」


「ははっ!」


 冒険者協会会長、ジェルタード・イーン・カラクゾット男爵令息が太鼓判を押してくれるけど、ちっとも安心できないよ。


 ここは、冒険者協会事務所ですらない。ヴィットヴェーンにある伯爵邸の応接間だ。豪奢で広い。

 参加メンバーは、深層アタックした6パーティのリーダー、何故か私だけ副隊長だ。ターンはいない。さらに各互助会の会長と、救出された『クリムゾンティアーズ』のアンタンジュさんと『紫光』のリーダーさんだ。後、毎度のごとくサーシェスタさんとハーティさんもだね。


「さあ、ヴィットヴェーンの英雄たち。私に名を教えてもらえるかな」


 そんなことをのたまう伯爵様に、各人が自己紹介をしていった。



「クラン『訳あり令嬢たちの集い』、2番隊『ルナティックグリーン』副隊長、サワと申します。ジョブは……」



 ◇◇◇



 さあジョブチェンジだよ。奇跡に頼らないで、レベルを犠牲にしないでだよ。なんて素敵なんだろう。空はなんで青いんだろう。


 やっとこさ地上に戻ってきた翌日、わたしは早速冒険者協会に出向いた。目指すはもちろん『ステータス・ジョブ管理課』だ。やあ、お姉さん、今日も綺麗だね。


「ようこそ。ご活躍だったそうですね」


「それほどでもないですよ」


「それほどでもない」


 ちゃんと横にはターンが居た。シッポブンブンだ。喜んでくれていて、私も嬉しいよ。


「本日はジョブチェンジですね?」


「はいっ!」


 わたしはおもむろにインベントリから『カタナ』を取り出した。銘を『オオタニブレード』。凄まじい二刀流感があるけど、普通にカタナだ。


「では、手を添えてください」



 右手をプレートに添えて、左手の持った『オオタニブレード』が砕け散る。そうして私はサムライの上位ジョブ、『ケンゴー』になったのだ!


 ==================

  JOB:KENGO

  LV :0

  CON:NORMAL


  HP :58


  VIT:32

  STR:40

  AGI:28

  DEX:37

  INT:31

  WIS:19

  MIN:20

  LEA:17

 ==================


 信仰心は薄いけど、強くて器用で頭が良いぞ。うひひ。



「ターン、レベル上げに行くよ! 誰か誘おう」


「ハーティ」


「そうだね。ハーティさん今、エンチャンターのレベル13だっけ」


「うん」


 カウンターで話を聞いていた受付嬢さんの顔が曇ったけど、レベルアップするんだ。何も問題はないよね。



 ◇◇◇



「ああ、えっと『BFW・SOR』『DBW・SOR』。これだけでいいですか?」


「ええ、ばっちりですよ」


「ナイス、ハーティ」


「……ありがとうございます」


 カエルたちがザックザクだ。仲間を呼んだ瞬間に、そいつらがわたしとターンに切り裂かれていく。ターンは毒唾はおろか、返り血まで全部避けている。わたしは相変わらず緑色だ、毒など効かぬぞ。


 そうして6時間、わたしはレベル8、ターンがレベル22、ハーティさんはレベル16になった。



「次は、マーティーズゴーレムだね。ターンに任せるよ」


「おう!」


 さらに第7層で6時間、わたしはレベル13、ターンがレベル23、ハーティさんがレベル18。そろそろハーティさんの目が虚ろになってきた。

 だが、容赦せん! クランハウスには1泊だけしてくるって、伝えてあるのだ。



「あの、ここ、31層ですよね? 私たち3人ですよね?」


「そうですよ。良い狩場です。スタミナポーション飲んでください」


「あのその、はい」


「最初にバフしてください。それとロックリザードを見たら、『ダ=ルマート』。それだけで十分です」



「ハーティさん、次は前衛ジョブにしましょうよ」


「はぁ」


「やっぱり基礎は大切ですし、ソルジャーからなんてどうでしょう」


「はぁ」


「サワ。ハーティ、聞いてないぞ」


 翌日の午前中、クランハウスに戻ったわたしたちは、大変盛り上がっていた。

 わたしがレベル18、ターンがレベル27、ハーティさんはレベル23だ、お見事コンプリート。

 ターンはニンジャの上位ジョブにレベル30が必要なんだよね。


 そこに舞い込んできたのが、伯爵様からの召喚というわけだ。



 ◇◇◇



「ジョブは『ケンゴー』です」


「ほほう、そなたが! 今回の立役者と聞いておる」


「滅相もございません。皆の力あってこそだと考えます」


 ホント、勘弁してくれ。


「顛末を最初から最後まで語れるのは其方だと聞いておる。是非とも聞かせてくれぬか」


 わたしはちらりと、サーシェスタさんとベルベスタさんを見る。二人はこちらを見ていない。売りやがったな!

 ここであっちの二人が適任だって言ったら、わたしが伯爵に異を唱える形になってしまうじゃないか。ちくしょう。


 やってやるよ。



 そうしてわたしは語り始めた。

 最初に層転移の報告を受けたこと、その後の話し合いの様、実際にアタックしてみれば38層で、兎に殺されかけたこと、それでも突き進むためにレベルアップを選択したこと。


「ほうほう。それで」


 途中で伯爵が興奮したように身を乗り出して、合いの手を入れてくる。聞き上手だな。


 なので、わたしもちょっとノってきた。深層アタックからは、戦闘シーンをちょっとオーバーにして語っていく。ちゃんと『木漏れ日』や『ワールドワン』が活躍してくれたこともだ。


「そしてついに、わたしたちは37層に辿り着きました」


「ほう! 凄いものだ」


「ところが、38層に突入したときには『クリムゾンティアーズ』の一人が倒れていたのです。周りはボーパルバニーに取り囲まれていました。つまり、層転移が定着していたのです」


「なんと! しかし死傷者は居なかったと聞いているぞ」


「はい、『ラング=パシャ』すなわち奇跡を用い、魔法効果を向上して完全治療をほどこしました」


「なるほど」


「しかし! それでも彼女の心臓は止まったままだったのです」


「なんということだ……」


「そこで我が『ルナティックグリーン』随一のDEXを誇るターンが、その掌で強制的に心臓を動かしたのです!」


「そんなことが可能なのか!?」


「毎回できるかどうかは分かりません。ですが、冒険者全員が心を一つにした結果だと、とても小さく、ですがとても温かい奇跡だったのではないかと、わたしはそう思います」



 いつしか伯爵は涙を流し、わたしの手を包んでいた。あれ?


「見事、見事であった。その方ら冒険者一人一人が、我がヴィットヴェーンの宝であったのだな。その崇高な精神に心を打たれたぞ」


 伯爵以外の周りの目が、凄く冷たい。どうすんだこれって言ってるのが聞こえてくるようだ。


 あれ? わたしなんかやっちゃいました?



「じつに天晴れであった。この度の騒動に関わった者すべてに、『ヴィットヴェーン特別勲章』を送るものとしよう」


「感謝の極みにございます」


 会長が代表してお礼を言ってくれた。これ以上わたしに口を開かせない気だね。感謝します。


「ところでサワ」


「は、ははっ!」


 だから振るなよ。


「其方の冒険譚は実に見事であった。本家にて書き起こし、ヴィットヴェーンの歴史として後世に残すことを約束しよう」


「望外、にて」


 どうすんだよ。


「それとだ、今回の騒動とはまた別として、其方の話は楽しい内容であった。よって、話その物に褒章を与えたい。望みはあるかね」


 いや、だから。

 ここで遠慮したら、伯爵の面目を潰すことになる。それはできない。かといって俗な望みを言えば、なんかこうさっきまでの良いお話が台無しになる気もする。


 どうする。どうする。



「さすれば、ひとつ」


「聞かせてみよ」


 周りも固唾を飲んでいる。バカなこと言って巻き込むなよって視線も感じる。

 嫌だね。全員巻き込んでやる。



「ヴィットヴェーンの冒険者たちが更に強くなるために、お力添えを」


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