第55話 戦い済んで、レベルアップだ
「ここ、38層だったのかい」
久しぶりに聞いたアンタンジュさんの声に、わたしの心が温かくなる。
良かった。助けられて本当に良かった。
「いやあ助かったよ。3時間くらい前からいきなり敵が変わって大変だったんだ」
通算4回も奇跡を使ってレベルを8個も消費したけど、良かった。ソードマスターコンプじゃなくなっちゃったけど、良かった。未練たらたらだな、わたし。
「ダグランとガルヴィも助かったよ。まさかあんたらがなあ」
「いやあ、サワさんとターン嬢ちゃんには世話になっていたからな」
「あんたらなんかしたのか?」
「焼肉定食を奢ったぞ」
「柴友ですね」
「どういう関係だか、全然分からん」
まあまあ、そういうドライなのと、熱血が混じるから格好良いんですよ。
「じゃあ、そろそろ戻ろうかい」
ベルベスタさんがそう言うけど、わたしは微妙だ。
端的に言ってレベルアップしたい。せっかくここまで降りてきたわけだし。
「そういう顔をしたら、すぐに考えがばれるよ。だけど上層の連中が心配して、突撃してくるかもしれないねえ」
「確かに、そうですね」
ああ、何か通信手段はないものか。
「で、でも『クリムゾンティアーズ』を鍛えないと危険ですよ? 34層にゲートキーパーいますし」
抵抗を試みる。
「そうだねえ、じゃあパーティを組みなおして、鍛えながら戻るかね。そもそも『クリムゾンティアーズ』は昇降機に乗れないだろうさ」
ボーパルバニーとゲートキーパーを避けるわけか。確かにそれはその通りだね。
「ああ、そうですね。考えてませんでした。じゃあまずパーティの組み直しですね」
さて、どんな編成にするかな。
「では発表です。『クリムゾンティアーズ』は、アンタンジュさん、ウィスキィさん、サーシェスタさん、ベルベスタさん、ガルヴィさん、そしてポロッコさんです」
タンク1、アタッカー2、ウィザード1、安全を考慮してプリースト2だ。
「残りは『ルナティックグリーン』ですね」
こっちはわたしとターン、ダグランさん、ジェッタさん、フェンサーさんとドールアッシャさん。
タンク1、アタッカー2、ウィザード2、エンチャンター2、プリースト1だ。8人いるように聞こえるけど、気のせいだ。
やっぱりエンチャンターやウィザードは、前衛ジョブを持たないと危ないね。それが今回の教訓だ。
「19層にアーティファクトが来ていますから、ジョブチェンジはそこでですね」
「そんな大事になってたのかい!?」
もう奇跡でジョブチェンジは懲り懲りだよ。
◇◇◇
「やっぱりダメかい」
「帰りは徒歩とは、とほほ」
「一応昇降機の前に書置き残しておこうかねぇ」
「そうですね。って、23から27層の昇降機もダメってことじゃあ」
「そうなるねえ」
サーシェスタさんもみんなもため息を吐いた。20層に戻るまでどれくらいかかるやら。
ならいっそ、この機会にレベルアップに勤しもう。そうしよう。
後から来るかもしれない『木漏れ日』と『ワールドワン』に手紙を残して、わたしたちは上層への階段を目指した。
「おおっ! 無事だったか!」
半日後、35層でばったり出くわしたのは『木漏れ日』と『ワールドワン』だった。
なんでもゲートキーパーに苦戦して、結局歩いて降りてきてくれたとか。
「いやあ、助かります。一緒に31層までキャリーお願いできますか」
「ああ、任せとけ。と言いたいとこだが、休憩させてくれ。強行軍でスキルがカツカツだ」
「迷惑をかけたね」
アンタンジュさんがいつになく殊勝だ。
「なあに、お互い様だ。俺たちがヤバい時は頼むぜ?」
「約束するよ」
こういう時は美味しいご飯だ。さて、レアドロの兎肉があるよ。
取り出した肉に塩と香草を塗して、炭火でジワリと焼くのだよ。イケるはず。
「そう言えば何故みなさんマフラーなんですか?」
ドールアッシャさんの問いかけに、思わずみんなが笑ってしまった。『クリムゾンティアーズ』に渡してなかったなあ。
インベントリから兎の皮を取り出して渡してあげた。ほれほれ、お揃いですよ。
翌日、31層に到達したわたしたちは、そこでレベル上げを開始した。『ワールドワン』と『木漏れ日』は19階層に戻っていった。今回の顛末と、わたしたちが数日戻らないっていう報告だ。
水場もあるし、本当ならじっくりとレベルアップしたかったんだけど、周りに止められて2日だけってことになってしまったよ。会長さんに呼び出されるだろうから、だって。やだなあ。
さて、リザルトだ。
まずは『クリムゾンティアーズ』から。
アンタンジュさん、ファイターレベル27、ウィスキィさん、ウォリアーレベル26、ジェッタさんもウォリアーレベル26。フェンサーさんはウィザードレベル27、ポロッコさんプリースト、レベル24、最後にドールアッシャさんがエンチャンターのレベル23だ。
全員がコンプリートを終えているね。ただ残念なのは、例の6大パーティに比べるとアベレージで2くらい落ちるってとこかな。だけどそれは、ここからの頑張り次第だ。
そして『ルナティックグリーン』。
サーシェスタさんがモンクレベル38、ベルベスタさんはファイターレベル25。ダグランさん、ソードマスターレベル34、ガルヴィさんナイトレベル35。ターンがニンジャレベル21、そしてわたしがソードマスターレベル23だ。
「このメンバーなら、普通に40層まで行けそう。ヴィットヴェーンの記録更新ですよ」
「サワさん落ち着け。俺たちは臨時メンバーだ」
なんでさ、ガルヴィさん。仲間でしょ。
この12人の内、サーシェスタさんとベルベスタさん以外は、全員ジョブチェンジする気マンマンだ。いや、ベルベスタさんも乗り気なんだけどね。どうしたものか。
そうして徒歩で21層を目指す。20層が元通りなら、水場のある21層に前線基地があるはずだ。
「人が来る。沢山」
「誰か来たのかな?」
鋭くターンが嗅ぎつけた。
「サワ! ターン!」
「チャート! シローネ! こんなとこまで」
ここはまだ24層だ。彼女たちだと危ないよ。あ、『ブラウンシュガー』の全員と『村の為に』までいる。
「まあまあ、こいつら全員、心配してたんだぜ」
「ごめんなさい」
しょんぼりするチャートとシローネを、シンタントさん、『ワールドワン』のリーダーで『リングワールド』のクランリーダーが彼女たちを擁護した。てか。
「なんで全員なんですか!」
そう、『ワールドワン』だけじゃない、先日戻ったばかりの『木漏れ日』もいる。『赤光』『暗闇の閃光』『ラビットフット』までいる。オールスターじゃないか。
◇◇◇
チャートはウォリアーのレベル14、シローネはプリーストのレベル13になっていた。頑張ったんだね。
リィスタ、ジャリットがメイジでレベル10。テルサーはウィザードのレベル6、シュエルカはプリーストのままで19だ。みんなも良くやってる。
前にも言った通り、将来『ブラウンシュガー』が最強の一角になるのは間違いなさそうだ。一番は『ルナティックグリーン』だけどね。
21層に戻ったわたしたちは、大歓声に包まれていた。今回の層転移事件で、誰も死ななかったし、行方不明者も再起不能者もいない。
結果としてわたしたちはレベルを上げることに成功した。したよねえ。だけどお貴族様への報告は面倒だなあ。わたしも行かなきゃダメかな。
まあ、今くらいは大成功を祝おうじゃないか。
「心配しましたよ!」
ハーティさんがわたしたちに抱き着いてきた。そう言えば彼女もお貴族、いや、止めておこう。ハーティさんも立派な『訳あり令嬢』なんだから。
「伝令は出しておきました。今日はここで一泊して、明日には凱旋ですよ」
「サワさん、お疲れ様です」
おおう、査定担当者さんもお疲れ様です。
「兎肉やトカゲ肉もあります。お酒は出せませんが、今日はゆっくり休みましょう」
ハーティさんの言葉に、場が一斉に盛り上がる。冒険者は宴会してナンボってか?
「じゃあ『ルナティックグリーン』からも振る舞いです。なんと、グランドロックリザードのお肉ですよ!」
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