第6話 雨の中の黒柴





「この子はウィスキィ、ヒューマンのウォリアーだ。んで、こいつはジェッタ、ドワーフのウォリアーだね。最後が、エルフの……、なんだっけ?」


「フォートライズヴィヨルトフェンサーですわ。仕方がないので、フェンサーで良いですわ。ウィザードですわ」


「だってさ」


 なるほど、前衛3の後衛1か。回復手段はポーション系と。

 ならハマる。もう1枚、後衛にバッファー系かシーフ系が居れば完璧だ。


「分かりました。わたしは明日プリーストになりますので、まずはわたしのレベリングをお願いします」


「おうっ、任せとけ!」


「それでお代はどれくらいでしょう」


「……仲間から金なんて取れないだろう」


 微妙にアンタンジュさんが不機嫌になった。だけど、ここは引けない。



「わたしの我儘なんです、ごめんなさい。パーティには入ります。だけどそれは経験値のためです。一時的なものだと考えてください」


「途中で抜けるって言うのかい?」


「はい、その通りです」


 ここだけは、ハッキリさせとかなきゃいけない。わたしはこのまま最強への道を目指すんだから、ずるずる居続けたら、今後、絶対迷惑をかけてしまう。


「それでも良ければお願いします」


「ははっ、正直だな。分かった。こっちも回復無しだとキツイんだ。そうだなレベリング代は、1日10000ゴルド。ドロップは5人で山分け、それでどうだい?」


「いいんですか?」


 私の感覚だと安すぎる。4人の宿代にしかならないじゃないか。なら私も覚悟を見せる時だ。

 懐から金貨を1枚取り出す。


「とりあえず10日間。よろしくお願いできますか?」


「……ハハハハハ! やっぱり良い覚悟だ。持ち逃げされたらどうするんだい」


「ツェスカさんの紹介したパーティが、そんなことするわけ、ないじゃないですか」


「だってさ、ツェスカさん」


 アンタンジュさんがツェスカさんに突っ込みを入れた。ツェスカさんは苦笑いだ。



「いいよ。じゃあ契約だ。あたしたちが10日間かけてアンタを育ててあげる。音を上げるんじゃないよ」


「はい!」



 ◇◇◇



 こうして、成り行きながらわたしのメンターは決まった。そうなのだが、どうにもツェスカさんに乗せられている気もする。だから聞いたんだ。


「ツェスカさん、どうしてここまでするんですか?」


「言っとくけど他意はないよ。サワがこれから取る行動は、冒険者協会斡旋の割高な新人レベリングだ。そして『クリムゾンティアーズ』はシケっていた。だから組み合わせたらどうなるのかな、って、そう思っただけさ」


「……ありがとうございます」


「礼を言うのは早いよ。ほら、明日は迷宮だろ。連中に用意するモノ聞いてきな」


「はいっ」



「そうだな、インベントリに入らない、背負い袋とちょっとした食料、火付け石とランタン。後はできれば防具だけど、まだ早いな。安物で構わないからメイスくらい持っておくといい」


 アンタンジュさんは、細かく、適切なアドバイスをくれた。ついでに買い出しにウィスキィさんも付けるという。どうも彼女が『クリムゾンティアーズ』の買い出し担当らしかった。


「じゃあウィスキィさん、よろしくです」


「こっちこそよろしくね」


 ウィスキィさんはウォリアーなんだけど、普通な人だった。栗毛の髪の毛を肩まで伸ばし、得物はこん棒という、なんかアンバランスなバイオレンスな人だ。



「おお、これがかの有名なボッタクリ商店!」


「ボータークリス商店よ。怒られるわ」


「ごめんなさい。言ってみたかっただけなんです」


 というわけで、武器防具屋ことボータークリス商店で安物、といっても10000ゴルドの頑丈そうなメイスを購入した。

 わたしは武器を手に入れたぞ。ああ、振り回したい。



 だが、大問題は店を出た直後に起きた。


「ねえ、ウィスキィさん」


「止めておきなさい」


「でも」


「面倒見切れるの?」


「それでも」


「はぁ」



「ねえあなた、お名前は?」


「……ターン」


「ターンって言うの」


 わたしが話しかけたのは、ボータークリス商店の脇道に体育座りしている犬耳少女だった。

 いつの間にか霧雨が降っていて、それが彼女の儚さを演出しているようだ。わたしの鑑定が正しいならば、この子は黒柴系だ。しかもタレ耳柴犬だ。大好物だ。ダメだ。見逃すという手は存在しない。わたしの中の正義が叫んでいた。


「お腹すいてる?」


「うん」


「寂しい?」


「……うん」


「じゃあ付いてきて。ご飯食べさせてあげる」


「いいのか?」


「いいよ」


「じゃあ、付いてく」


 ウィスキィさんが目を覆って天を見上げているが、知ったことか。


 いいか。わたしは犬派なのだ。しかも黒柴派なのだ! 異論は許さない。すなわち、目の前のタレ耳黒柴系犬娘を救うのは、必然なんだ。



 ◇◇◇



「あんた、何やってるんだい。まあ、いいけどさ」


 宿に戻って、ターンに食事を出してもらった後のツェスカさんのセリフだ。しかたないじゃん。黒柴だよ。それだけで救う理由になるじゃないすか。


 そういうターンはガツガツと食事をかっ込んでいる。払いは全部わたしだ。後悔などは微塵も無いんだけど。


「ツェスカさん、ターンと同室だったら、お値段上がります?」


「いいよ、別に。だけどちゃんと面倒みるんだよ。放り出すなり、なんとかするなり、心の責任だけは持っておきな」


「はい。それでツェスカさん、お湯ってあります?」


「風呂を沸かしてやるよ。ただし1000ゴルドだよ」


「入ります!」


「ああ、あたしたちもいいかな。折半で500ずつってことで」


 アンタンジュさんも参加してきてくれた。この人たち、なんだかんだで優しいんだよね。それがとても嬉しいよ。



「んで、どうしてあんな所に?」


 石鹸らしきもので、わしゃわしゃとターンの髪を洗いながら聞いてみた。


「冒険者になろうとして、里から出てきた。そしたら、馬車代で全部なくなった」


「そっかあ」


「冒険者なら馬小屋で泊まれるって言われたけど、冒険者になれなかった」


「カード発行だけで10000ゴルドだもんねぇ」


「どうしよう」


「どうしたいの?」


「冒険者になりたい」


「じゃあ、お風呂に入って考えよう」


「そうか?」


 というわけで、犬耳娘と湯舟に入って考える。わたしはどうしたい? 答えはとうにある。わたしはわたしのやりたいようにやる。



「ターン、冒険者にしてあげる。だけど、お金は貸しだよ10000ゴルド。ちゃんと返してくれるなら、立て替えてあげる」


「ほんとか?」


 すでに夜中、二人で一つのベッドの中での会話である。ビロードみたいでふにゃっとした、ターンの耳が可愛い。これだけで10000ゴルドの価値があるが、ぐっと心を抑え込み、鬼と化すのだ。


「どうする? わたしが悪人で、後で嘘ついて借金まみれにするかもよ?」


「サワはそんなことしない。ターンには分かる」


「そうなの?」


「匂いで分かるぞ」


「そりゃまいった」



 ◇◇◇



 で、次の日、わたしがプリーストになるついでに、ターンのステータスチェックをしてみた。ターンはどうやら13歳だったらしい。問題はその結果だ。



 ==================

  JOB:NULL

  LV :0

  CON:NORMAL


  HP :11


  VIT:14

  STR:10

  AGI:19

  DEX:16

  INT:7

  WIS:9

  MIN:14

  LEA:19

 ==================



「ガチモンの天才じゃん」


「ターンは凄いのか?」


「うん、シーフ系で鍛えたら最強レベルになれると思う」


「最強か!」



 これがわたしと終生のバディになる、ターンとの出会いだった。


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